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しおりを挟むこの時のエウフェシアは、知らないことが多すぎた。この世界で暮らしていたことも、どこか遠いところに置き去りにしてしまっているような感覚がしていた。
あまりにも長い間、試練を受けていてそこから抜け出せずに戻って来れなかったせいで、エウフェシアの中で現実味というか。まだ実感がわかないところが大きかった。
ただ、あそこが本当の世界ではなくて、作り上げた試練の場だからこそ、誰かに助けてくれと言わなかったようだとまでは、何となくわかってはきた。無意識のうちに自分の試練だと思っていたから頼らなかったのかも知れない。
それとわけがわからなくなっていても、戻って来たくないところもあったのかも知れない。前のエウフェシアは、現実の世界があまり好きではなかったような気がしていた。
だからこそ、試練の世界で責め立てられるままに放置して居座っていたとするとエウフェシアも、変わっている。
そんな話を誰かにしたことはない。それよりも、目の前の雛のことだ。
(名前、名前、何がいいかな。どうせなら、素敵な名前にしてあげたい)
そう思って、雛が好む花のことやらを思い出していた。それは、どれもエウフェシアにとっては懐かしい記憶だった。そらこそ、成長したはずなのにまた雛になっていることを不思議に思うことはなかった。それを不思議に思ってもいいところだが、変に納得してしまっていた。
そのうち、一つの名前を思いついた。
「えっと、花鶏」
「ぴぃ!」
一際大きく鳴いたかと思えば、雛が光り輝いて成長を遂げた。美しい鳥となった姿にエウフェシアは、益々笑顔となった。
あの試練を受けていた時に見たが、こんな間近では見られなかった。
「なんて、綺麗なの」
「ぴいー!」
「こら、成鳥になってから甘える時は気をつけろ。彼女が怪我をすることになる」
「っ、」
青年、もとい王太子と呼ばれた彼が、じゃれつこうとする鳥に釘をさした。
すると青年の腕にとまってから、エウフェシアに首を伸ばして甘えたのだ。それに気づいて、エウフェシアはにこにこと笑いながら、撫でてやった。大きくなっても雛の頃と全く変わらない。
「あまり甘やかすな」
「可愛くて」
「そういえば、名乗っていなかったな。私は、マカリオス国の王太子、クリストフォロス」
「エウフェシアと申します」
「エウフェシア。私と結婚してくれ」
「……え?」
「いや、もう、結婚するしかなくなっていると言う方が正しいかも知れない」
「……えっと、どういうことでしょうか?」
(婚約者を選ぶって話だったわよね?)
エウフェシアは、クリストフォロスの言葉に目をパチクリとさせた。そして、エウフェシアは自分が何をするためにここにいたのかを思い出して、周りに人が大勢いたことをようやく思い出して顔色を悪くした。
「我が国の国鳥に名前をつけられるのは、王族と婚姻関係を結ぶ時だ」
「は? え? だって、殿下が……」
「クリストフォロス」
「王太子様が……」
「クリストフォロス」
「……クリストフォロス様が、つけてもいいとおっしゃいましたよね?」
「言ったな。だから、結婚するしかない」
「……」
(は? え?? そんなことあるの!?)
それを聞いてエウフェシアは頭を抱えたくなった。この人は何を言っているんだとお付きの人たちに尋ねたくなった。
それこそ、候補者がクリストフォロスに挨拶する前にエウフェシアが婚約者と決まってしまい、とんでもないことになったことを知ったが、あれよあれよという間にエウフェシアは、各国から集められていた学園の寮からマカリオス国に帰る王太子と一緒に行くことに決まったのは、すぐだった。
その間に祝福の言葉を色んな人にかけられたりしたが、それが本心とはエウフェシアはどうしても思えなかった。
特に姉とその親友の令嬢は、エウフェシアが選ばれたことに不満が大きかったようで、エウフェシアが居ないところで色々と言っていたようだが、エウフェシアはそんなこと気にならなかった。
両親は、浮かれきっていたし、これまで以上に取り入ろうとする面々に取り囲まれそうになるのを助けてくれたのも、クリストフォロスだった。
そのため、さっさとマカリオス国に行くことになって、エウフェシアはホッとできると思っていた。
でも、すぐに動くのは無理があった。色々と準備があって、今日明日なんかで出発できるような状態ではなかった。
「ぴぃ」
「何? お腹空いたの?」
「エウフェシア。甘やかすな。成鳥になったんだ。雛の時のようにすることはない」
「あ、そう、ですよね」
甘えるような声を出す花鶏にエウフェシアは、つい雛の頃のように対応してしまっていて、クリストフォロスに注意されることもしばしばあった。
そのたび、花鶏がムッとしたようにクリストフォロスを突っついていた。
「こら、やめろ」
不満だと言わんばかり突っつかなくなったかと思えば髪を咥えて引っ張ったりした。それでも、クリストフォロスは注意しても手をあげるようなこともなければ、声を荒げて追いやることもなかった。
(なんだかんだ言って、仲がいいのよね)
エウフェシアは微笑ましそうにそれを見ていた。
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