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「やだ。何、それ」
「気持ち悪い。なんて、醜いの」
「正気とは思えないわ」
「元々、正気だったかも怪しいけれど」


長期休暇を終えてから、エウフェシアはこっそりと雛を連れて学園に来ていた。

念をおして雛に静かにしているように伝えていたが、エウフェシアが怪我をしてからは無茶な要求をすることなく、人間の言葉を理解しているかのように大人しくしていた。わがままもなければ、無駄に鳴くこともなかった。

ただ、新鮮な花を食べていれば、腹は満たされているようだ。

そんな雛を他の令嬢に見られることになって、エウフェシアの話題だからと騒がれることになった。これが、エウフェシアではなくて他の人なら、そこまでにはならなかったのだろうが、いつもの通りにあざ笑う声しか聞こえて来なかった。


(どうして私のことになるとこうも放っといてくれないのかしらね)


瞬く間にエウフェシアが醜い雛を連れて歩いていると噂されて広まることになった。面白おかしく脚色され、それをネタにしてネチネチと言って来る面々は実に楽しそうにしていた。

それこそ、エウフェシアのことならいくらでも我慢できた。それで利用されて死ぬことに何度なろうとも、恨み辛みをその人たちに怒鳴りつけることもしなかった。


「気持ち悪い。そんなの育てて、どうするつもり?」
「自分が出来損ないだから、それに同情でもしているの?」
「そんな醜い雛なんて、さっさと殺したら? どうせ、そのまま成長するだけよ。それこそ、その方が可哀想だとは思わないの?」
「っ、」


殺せと言い出す令嬢たち。それから逃れたと思えば、今度は姉やヘシュキオスに遭遇して、同じようにイカれているかのようにエウフェシアは言われた。


「何を考えてるのよ! そんな気味の悪いのを育てるなんて、正気なの!?」
「なんて醜いんだ。さっさと捨てろ! そんなの育ててるのが、私の婚約者の妹だなんて恥ずかしすぎる!」
「殿下に恥をかかせるようなことしないで! あなたのやることなすことで、どれだけ迷惑していると思っているのよ!! いい加減にして」
「っ、」


(何で、ここまで言われるのは、いつも私だけなの?)


王太子の婚約者にエウフェシアがなったというのに王太子妃となる勉強も、エウフェシアはもはや完璧にこなせている。教えることなど何もないとまでなっていても、それでも出来損ないと言われるのだ。王太子妃の勉強もろくにしない令嬢だと馬鹿にされていた。

そうではないと王太子も、教えてくれていた先生たちもエウフェシアの味方をしてくれることを言ってくれたことはなかった。事実とは違うことが広まっていても、何もしてくれはしない人たちばかりだった。

それに比べて、姉やヘシュキオスは婚約しているというのに他の浮気相手と過ごしてばかりいる。それをみんな見て見ぬふりをしているというのにエウフェシアにそんなことを言うのだ。


(どうして、私ばかり、私だけがこんなことを言われなきゃならないの。私が、何をしたって言うのよ!)


好き勝手にしている人たちにギャーギャーと騒がれることに我慢ならなくなったのは、全て自分のことではなくて、雛のことを悪く言う姉とヘシュキオスに何とも言えない顔をして見ていた。


(殺せと言われるより、マシなのだろうけど。捨てて来いだなんて、信じられない。それに正気を失ってるのは、どっちよ。どう考えても、おかしくなっているのは、この人たちの方じゃない。みんな、変よ。まともな人は、どこに行ってしまったの?)


エウフェシアは、悲しくなってきていた。まともな人など、はじめからいなかった気すらした。


「聞いてるの? さっさと捨てるか。そうよ。殺しなさい。あなたみたいなのは、そのくらいしかできないんだから。育てるより、うんと簡単だわ。ほら、さっさと殺して、捨てなさい」
「っ、」


姉の言葉にゾワッとした。

殺して捨てて来いと言う姉に自分の耳をエウフェシアは疑った。それが紛れもなく姉から発せられたことを目の前で見聞きしていたのに怒りがこみ上げて来るまで、少し時差のようなものがあった。


(こんな人だったなんて、完璧なはずのお姉様は、もうどこにもいない。元々いたかも怪しい。こんな最低最悪な女が、完璧な令嬢と呼ばれていて、今でもそうたまに言われているのが、不思議でならないわ。こんな女が、完璧なんて、絶対におかしい)


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