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エウフェシアは物心ついてからずっと姉のことが自慢だった。純粋に心から自慢に思っていた期間は長いとは言えなかったかも知れないが、それでも自慢に思っている部分が消えることは長い間なかった。

両親も、姉のようになれと昔はよくエウフェシアに言っていた。それが何を言おうとも現実的に無理だとわかってからはそう言うことは殆どなくなった。

それこそ、両親も言うばかりで、どちらも大したことができるような人たちではなかった。必死に頑張っているエウフェシアよりも、そんな頑張りすら2人はしたことがないままできないようだが、それをひた隠しにして末娘だけができが悪いかのように見せていた。

いや、完璧に隠し通せていると思っているのは両親だけに近かったかも知れない。


「全く、誰に似たんだか」
「本当よね。アルテミシアはあれだけできるのに。普通どまりだなんて、あり得ないわ」


そんなことを両親は話していたが、この2人のことをよく知る者は、こう思っていた。普通どまりでも、2人の子供としてはどちらも優秀な方だと。特にアルテミシアの方は、どちらにも似ていないようだとまで思っていたが、そんなことを面と向かって両親に言う者がいなかったのは、アルテミシアがそれだけ優れているからに他ならなかった。

姉妹の両親を色々言えば、完璧な令嬢と言われるアルテミシアによって、どんな仕返しがあるかを恐れていたのもいたようだ。

エウフェシアは姉が誰にもバレずに暗躍することにも長けているなんて知りもしなかった。そんなことにまで、完璧なところがあることを知る者は極々僅かだった。それこそ、両親のように妹のことでも裏の顔を見せていれば、出来損ないの令嬢だとみんなに馬鹿にされることはなかったのだ。

でも、それをあえてアルテミシアがしているとは思っていなかったエウフェシアは純粋にこう思っていた。

選ばれた者は、永久の幸せを掴む。そんな人物がいるとしたら、その人は……。


(お姉様に決まってる。それ以外の人がいるわけがない)


エウフェシアでなくとも、誰も彼もがそう思うほどにアルテミシアはできすぎた令嬢だと思っていた。それに値する相応しい令嬢は、アルテミシアだと言葉にしなくとも思っていた。

仕返しをされて散々な目に合ったことがある者は、アルテミシアが関わっていたかはわからずとも、周りにあわせて、口裏をあわせて二度と逆らうことはしなかった。そんな恐ろしい目に合うのは、一度で十分だった。


「アルテミシア様だわ」
「今日も、素敵ね」
「……本当にそうよね」


どこどこで見かけた。何を着ていた。身につけていたアクセサリー、靴。読んでいた本や髪型、好みの香水。

1日の話題の中で、アルテミシアの名前が出ないことはなかった。次々に新しい話題が生み出され、貴族も平民も、みんな彼女こそ王太子の婚約者に相応しいと思うようになるのも、すぐだった。アルテミシアと張り合って、婚約者の座を争う者など誰もいなかった。

いや、居たはずだが次々に辞退して、いつの間にかアルテミシアだけになっていた。みんな、アルテミシアと争っても敵わないと思ったのか。エウフェシアが気づいた時には、姉しか候補者はいないことになっていた。

それでも婚約者と決まるまで、少し時間がかかっていたようだが、その理由を深く追求する者はいなかった。裏では動いていた者がいたのかも知れないが、それが表に出回ることになることはなかった。

そんなことがあったことなど何も知らないエウフェシアは、姉のアルテミシアが王太子の婚約者になったのは必然だと思っていた。妹だけでなく、例外なく、姉が婚約者に選ばれて当然だと思っていた人の方が多かった。

そんな中で、他の誰よりも先にこれだけは言いたいと姉のところにエウフェシアは赴いていた。譲れないものがあるとしたら、それくらいしかなかった。


(明日になれば、誰も彼もがお姉様に祝福を述べる。でも、この祝福だけは妹の私が一番乗りでいたい。これから先も、そうでありたい。お姉様の妹であることに変わりはないのだもの)


それが、唯一の特権のように思えた。もうそれしか残されていないように縋りたかったのかも知れない。


「お姉様。おめでとうございます」
「ありがとう。明日になれば、たくさんの人が言ってくれるだろうけど、エウフェシアにそう言ってもらえるのが、何より嬉しいわ」
「っ、」


(よかった。やっぱり、お姉様は、お姉様だわ)


その時の姉は、他の人たちに見せる笑顔ではなかった。本当に嬉しそうに笑ったのを見て、エウフェシアは自分がアルテミシアのたった1人の妹なのだと思えて胸が暖かくなった。そこに姉妹の絆を感じて嬉しく思った。間違いなくアルテミシアの妹は自分だけで、妹として大事にされているのはエウフェシアだけなのだと思っていた。

誰に何を言われようとも、アルテミシアが味方でいてくれる限り何の問題もないとすら思っていた。


(王太子と婚約しても、お姉様が変わるはずがないもの。それと同じくらい、ううん。それ以上に姉妹であるのは絶対に覆らないのだもの)


どんなに姿形が似ていなくとも、心の底では繋がっているのだと思えた。どんなに完璧な姉だろうとも、そういうところはこれから先、何があっても何が起こっても、絶対に変わらないとエウフェシアは思っていたし、それだけは自信があった。姉も、自分も、変わりようがないと本当に心の底から思っていた。その絆を壊せる者などいないと疑うこともなかった。

それを姉が怖そうとすることも、自分が怖そうとすることは訪れることはないと思っていた。


(私は、お姉様の唯一の妹。それは、誰にも変えられない事実だもの。みんな、それを羨んでる。でも、それを誰も口にしたことはない。言うのは、私を蔑む言葉ばかり。お姉様に非の打ち所がないから、私を標的にしているのもあるのよね。きっと、それだけしかないほどなのよね。私という妹が、唯一のお姉様の汚点だなんて、最悪すぎるわ)


やっかみが大半なのだろう。アルテミシアを悪く言えば、そんなことを言えるのかと馬鹿にされるのが目に見えている。だから、アルテミシアの代わりにエウフェシアをこけ下ろすのに誰も彼もが躍起になっているのだ。

そう思うと何とも言えない感情もあったが、変な話ちょっとした優越感もあった。本当におかしな話だが、それで姉を少しだけでも守れている気さえした。ほんの少しでも守れているようで、多大な迷惑をかけていることに変わりはないのだが、そんなことでも、自分にできることがあると思いたかっただけかも知れないが。

そこに関してエウフェシアは複雑な思いが常にあった。


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