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第3章
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しおりを挟む「刺繍ですか? ぜひ、私にも教えてください」
フィオレンティーナはハンカチではなく、もっと大きなものに刺繍をしようと思った。前世の祖母が手掛けていた庭だ。子爵家の庭は、考えると未だに悲しくなってしまうため、眠っている間に見た風景を忘れる前に刺繍で残したかった。
材料などの話をクラリスにすると教えてほしいと言われたので、フィオレンティーナは頷いた。
そのうち、リディアーヌや他の夫人たちも話を聞いて自分たちも教えてほしいと言うので、知っている人たちばかりなら、そこには親方と庭師の妻たちもいても大丈夫だろうと声をかけたのは、フィオレンティーナだ。
すると噂を聞きつけて、他の貴族の夫人たちも自分たちも、ぜひ!というので、フィオレンティーナは……。
(ここに来れる人たちなら、大丈夫かな)
そんな風に思って頷いた。それがまずかったようだ。
庭師たちの妻たちは、フィオレンティーナに教わるのは慣れたことのようにしていたが、それでも他の貴族がいるというので緊張していた。
そんな平民がいることに微妙な顔をする夫人がいたのだ。あからさまに嫌がる者はいなかったが、それでもわかりやすいところがあった。
物凄く嫌がって抵抗する者たちは、フィオレンティーナの側どころか。養父母となった公爵家にすら近づけなかったようだが。
妖精たちは、そわそわしながら邪魔にならないようにしていた。もっとも、公爵家の庭は、フィオレンティーナが住むようになって、フォントネル国で一番賑やかになっているが、フィオレンティーナにはそれが全く見えないままだった。
「フィオレンティーナ様。婚約者の方々に何かお作りになっては?」
「え?」
「あら、それはいいわね」
親方の妻に言われて、クラリスは目を輝かせた。リディアーヌやペトロニーユも賛同した。
フィオレンティーナは、全く別の大作を作る気でいたため、驚いてしまった。
あの花の刺繍のハンカチをもらった者たちは、素晴らしい案だとしたが、それを全く知らない他の夫人たちは……。
「ご自分で持つ程度の刺繍では?」
「え?」
花の守り手と言っても、所詮は人間の娘。大した事などないと思われているようだ。そんな態度と声音だった。フィオレンティーナの気のせいではないはずだ。
つまるところフィオレンティーナに教わるというより、花の守り手とお近づきになりたくて、ここに来ているだけのようだ。
「私たち、フィオレンティーナ様に習って、この程度ですが、フィオレンティーナ様はもっと素晴らしい刺繍をなさいますよ」
そう言って庭師の妻たちは、この程度と言ったのを見せた。先程の言葉にカチンときたようだ。
「っ、!?」
「まぁ、皆さん、フィオレンティーナ様に随分前から習っているのよね? なんて、素晴らしいのかしら」
「本当に。……私にも、できるかしら?」
馬鹿にしたように言った夫人は、刺繍を見て黙ってしまったが、クラリスたちは身分など気にせずに先に習っていた方々として、和気藹々としていた。
フィオレンティーナは、蔦を見ていた。周りに人がいるから大人しめにしているが、一喜一憂していることがよくわかった。
(婚約者に贈るって、してみたかったけど。ここでの普通は、どこまでなんだろう……?)
奇想天外なことをして、婚約者に恥をかかせるわけにはいかない。ただですら、目立つことになっているはずだ。そう考えると楽しそうだと思っていた気持ちも複雑なものに変わってしまった。
ただ、懐かしい風景を覚えているうちに刺繍したかっただけなのだが、ピリピリした雰囲気に和やかに刺繍をする気持ちは、どこかに消えてしまっていた。
(みんながいるところでは、この刺繍をするのはやめよう。大事な思い出が、台無しになりそうだし。益々、おばあちゃんに会いたくなる)
帰れるものなら、あそこに帰りたくなっていた。
そんなことをあれこれ考えていることに気づいているのは、蔦のみだった。
言葉にしていれば、妖精たちもそれで騒いでいただろうが、それをしていなかったことでフィオレンティーナが沈んだ気持ちになっていることだけが、よく伝わっているのは婚約者たちのみだった。
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