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しおりを挟むそんなことがあって、アデライードは母が亡くなる前の頃に戻った。
それにジェルメーヌが何より嬉しそうにしていたが、バスティアンは絶好調になった姉に名前を覚えるようにとあれこれ言われていた。
「もう、勘弁してかださい」
「名前を覚えるのは、無理そうね」
「……」
前から、無理だと言っているだろうとバスティアンは言わなかった。
「不思議ね。国の名前は、スラスラ出て来るのに」
「形は変わりませんから」
「形? もしかして、顔の喜怒哀楽とかでわからないの?」
「そうかもしれません」
「なら、耳よ」
「耳??」
「耳なら、形が早々変わらないでしょ?」
「確かに」
バスティアンは王太子となって勉強よりも苦戦していたのは、人の顔と名前だった。
それをアデライードが、どうにかしようとして耳だと言い出してから、バスティアンの顔を覚えるのが苦手なことは解消されることになった。
たまに耳が隠れていると言葉につまることはあったが、それはバスティアンと婚約した令嬢がフォローをしたり、側近がフォローすることで、困ることはなかった。
「私、顔と名前と絵を描くことくらいしか取り柄がないのですけど」
「それで十分だ。それが、私はできないから、フォローしてほしい」
「……本気ですか?」
「本気だ」
バスティアンが選んだ婚約者は、それしかできないと言っていたが、絵は正確無比で、描いたものは忘れはしなかった。記憶力に問題はなかったのだ。
それに気づいたのも、アデライードだった。王太子妃となるのに勉強を教える方が、こんなんじゃ駄目だと匙を投げていくのを見かねて、あの手この手を考えるうちに記憶力がいいことに気づいて、そこに落ち着いた。
「姉上。ありがとうございます」
「いいのよ。でも、頼りすぎたら駄目よ」
「わかってます」
バスティアンは、王太子妃となる教育で教える先生方が相手にあわせて教えることができないことで婚約者の令嬢が壊れそうになってしまったのを気にしていた。
それで十分だと言ったが、王太子妃が何もできないままでは困ると良かれと思った取り巻きが必死になってしまったのだ。
それを見かねて手を貸したアデライードは、弟が見初めただけはあると思っていたことを伝えることはなかった。
「流石は、アデライード様ですね」
ジェルメーヌは、王太子の婚約者のことで色々あったのも何も話していなくとも知っていた。
「どうかされましたか?」
「……ここは、変わらないわね」
お茶をしながら、街で笑顔溢れる人たちをジェルメーヌと一緒にアデライードは眺めていた。
「そうですね」
「私、この国が大好きだわ」
「えぇ、私もです」
そんなことを話して微笑んでいると……。
「あ、おうじょさまがいる!」
「こら、やめなさい。すみません」
3歳くらいの女の子が、話しかけて来た。祖母だろうか。必死になってたしなめようとしていたが、アデライードはその子の前にしゃがみこんだ。
「いいのよ。こんにちは」
「こんにちは! おうじょさま、げんきになったんでしょう?」
「えぇ」
「よかったね!」
「ありがとう」
優しい子だ。待ちゆく人たちは、遠巻きにしてアデライードを見ていたが、この子だけが素直に話しかけて来た。
その子が、元王妃の産んだ子供だと気づくことはなかったが、アデライードに輝かんばかりの笑顔を見せてくれた。
それに応えるようにアデライードは、国王の寵妃と呼ばれた母と同じく、誰もが見惚れるような笑顔を見せた。その笑顔に心奪われた人物がいたことにこの時のアデライードは気づくことはなかった。
ただ、目の前の幼子の純粋さに応える姿に街の人たちも嬉しそうにした。
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