上 下
22 / 34
【7】美女と野獣のバラぎょうざ

第22話 恩田つる子のダイエット大作戦

しおりを挟む
 そして、恩田さんプロデュースのダイエット作戦がスタートした。まずは、朝の六時から白鷺川沿いをウォーキング。

「眠たいよ。もうちょっと寝させて」
「ましろさん、いきなり欠席はよくないですよ。さぁ、バナナジュースを作りましたから、飲んで出発です」

 そんなやり取りをした後、ましろはりんごおじさんに布団を引きはがされ、白鷺川に送りこまれた。

「おはよう! ましろちゃん、大地君。ジャージがよく似合ってるわね」
「恩田さん! ご指導よろしくお願いします!」

 恩田さんと大地君は、朝からとても元気がいい。むにゃむにゃしているのは、一番若いましろだ。眠くて眠くてたまらない。

「ふわぁぁ~……。こんな朝からしなくても……」
「何言ってるの、ましろちゃん! 朝はさわやかで気持ちいいわ! 何より、一日のエンジンをかけるのにぴったりよ!」

 ましろは、恩田さんに引きずられるような形で歩き出した。ただし、めちゃくちゃ速い。

「歩く時の姿勢が大切よ! 大地君、背筋伸ばして! ましろちゃん、足はかかとから地面に着けるのよ!」
「まっ、待って! おんださ……。ひぇーーっ!」



 ***
 小学校から家に帰ると、バランスボールのお出ましだ。
 ましろはボールをイスの代わりにしながら、宿題をしたり、テレビを見たりしていた。ただし、油断するとボールから転がり落ちてしまう。

「なんで、わたしまでダイエットメニューをやらなきゃいけないのかなぁ」

 ましろは、テレビを見ながらボヨンボヨンと弾んでいた。気持ちではない。体だけだ。

「せっかくおもてなしするんですから、大地君の想いを知っておいてもいいんじゃないでしょうか。いっしょに頑張れば、見えてくることもあると思いますよ」

 りんごおじさんは、キッチンからこちらをのぞいて笑っていた。

《りんごの木》は、木曜日が定休日で、りんごおじさんは張り切ってキッチンにこもる。カウンターの上に、きれいに形が作られた焼く前のぎょうざが並んでいるので、どうやら大地君と愛華さんのための料理を試作中らしい。

「大地君の想いぃ?」
「ましろさんは、誰かに恋をしたことはありますか?」

 ピンと来ていなかったましろに、りんごおじさんは問いかけた。料理をする手は止まっている。

「こういうことは、姪っ子に聞くものではないのかもしれませんが……」
「別にいいよ。わたし、好きな人はいないんだ。恋って、なんか、よく分からない。隣のクラスには、カップルがいるけど」

 ましろが澄ました態度で答えると、りんごおじさんは少し面をくらったようだった。まさか、小学生が付き合っているとは思っていなかったらしい。

「隣のクラスに……。ほう……。なかなかませていますね」
「そう言うりんごおじさんは?」
「僕は35歳ですから、さすがに恋をしたことはありますよ」

 りんごおじさんは、懐かしそうに遠くを見つめる。

「大切な人のために何かをするのって、とても楽しいんです。相手の喜ぶ顔を想像するだけで、心が踊って、あたたかくなりますよ」
「ふぅん。そうなんだ。なんかいいね、そういうの」

 ましろは恋するりんごおじさんを想像して、つい笑ってしまった。そして、その拍子にゴテンッとバランスボールから落っこちた。

「いたたっ! りんごおじさんのせいで落ちちゃったよ!」
「困ったいいがかりですね」



 ***
   そして土曜日には、恩田さん行きつけのヨガ教室へ。

「小学生も男子も大歓迎よ! さ、がんばりましょ!」

 恩田さんはそう言うけれど、教室はマダムばっかりで、ましろと大地君は明らかに浮いている。それだけでも恥ずかしいのに、見やすい所へどうぞと、一番前に行かされてしまった。

「大地君、イヤじゃないの?」

 ましろがこっそりと聞くと、大地君は「そんなことないよ」と首を横に振った。

「今までにない体験ができて、面白いよ。それに、俺がスマートになって、愛華さんが喜んでくれるのが楽しみだから、頑張れるよ」
「えらい……! 愛の力ってやつ⁈」
「ははは。そうかもねぇ」

 照れくさそうに笑う大地君が、ましろはちょっと羨ましくなった。

 大地君なら、りんごおじさんの言っていた言葉が理解できるに違いない。好きな人の喜ぶ顔を想像するだけで、心が踊って、あたたかくなる──。

 まだ、わたしにはよく分からないけど、きっとすっごく嬉しいことなんだろうな。

「ねぇねぇ、プロポーズの言葉とか考えてるの?」
「えっ? えぇっとね、やっぱりストレートに……」
「はい、そこの二人! おしゃべりはそこまでにして、ネコのバランスボールのポーズして!」

 ましろと大地君のひそひそ話は見事に見つかってしまい、ヨガの先生の注意が飛んで来た。「ごめんなさい!」、「すみません!」と大慌てだ。

 けれど、四つん這いの体勢から、右手と左足を浮かす動作に体がぷるぷるしてしまう。すでに倒れてしまいそうだ。

 うわっ! 想像よりキツいよ!

「五秒キープしてくださいね!」

 ええっ⁈ 五秒も⁈

 ヨガの先生の言葉を聞いて、ましろはコテンッと横に転がってしまった。




 ***
 大地君は、ましろが取り組んでいるダイエットメニューに加えて、自宅での筋トレと食事内容の見直しをしているらしい。

 ちなみに食事のレシピは、りんごおじさんがアドバイスしていて、無理せずおいしく食べながら、痩せてきているそうだ。

「成果が出ているようで、嬉しいですね」

《りんごの木》のバックヤードで夜ご飯を食べていたましろとりんごおじさんは、大地君の話をしていた。

 メニューはぎょうざだ。最近、りんごおじさんは、どんな「プロポーズぎょうざ」を作るか悩んでいるようで、いろんなぎょうざが食卓に並んでいる。

 パリッとしたお肉たっぷりの焼きぎょうざ。小さくてかわいいひと口ぎょうざ。もちもちした水ぎょうざ。ぷりぷりのエビが入ったエビぎょうざ……。どれもおいしくて、ついつい食べ過ぎてしまう。

「わたし、りんごおじさんのせいで痩せないんじゃないかな。ヘンゼルとグレーテルの魔女みたいに、わたしを太らす気なんじゃない?」
「ましろさんは、やせる必要なんてないんですよ。体力がつけば、それでいいと思いますよ」

 りんごおじさんは微笑みながらも、軽く首をかしげていた。

「なかなかピンと来ませんね。プロポーズにふさわしいぎょうざ」

 やっぱり、ぎょうざのことで悩んでるんだ!

 その時ましろは、「あっ!」と思い出した。アリス君が言っていた、「お皿は花かご」という話だ。

「ぎょうざをお花みたいにできないかな」

 皮が白いぎょうざは、どうしても並べると地味になってしまう。もちろん、ぎょうざらしくて美味しそうだけれど、どうせなら料理だって華やかなプレゼントになってほしい。

「なるほど。やってみましょう!」

 りんごおじさんは、いいアイディアがひらめいたらしく、笑顔でましろの取り皿にぎょうざをポンポンと放りこんできた。

「だから、食べさせ過ぎだってば!」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

【完結済】処刑された元王太子妃は、二度目の人生で運命を変える

鳴宮野々花
恋愛
 貴族学園に入学した公爵令嬢ステファニー・カニンガムは、ランチェスター公爵家の次男マルセルとの婚約の話が進みつつあった。しかしすでに婚約者のいるラフィム王太子から熱烈なアプローチを受け続け、戸惑い悩む。ほどなくしてラフィム王太子は自分の婚約を強引に破棄し、ステファニーを妻に迎える。  運命を受け入れ王太子妃として妃教育に邁進し、ラフィム王太子のことを愛そうと努力するステファニー。だがその後ラフィム王太子は伯爵令嬢タニヤ・アルドリッジと恋仲になり、邪魔になったステファニーを排除しようと王太子殺害未遂の冤罪を被せる。  なすすべもなく処刑される寸前、ステファニーは激しく後悔した。ラフィム王太子の妻とならなければ、こんな人生ではなかったはずなのに………………  ふとステファニーが気が付くと、貴族学園に入学する直前まで時間が巻き戻っていた。混乱の中、ステファニーは決意する。今度は絶対に王太子妃にはならない、と───── (※※この物語の設定は史実に一切基づきません。作者独自の架空の世界のものです。) ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

血桜と契約者

雨音
ホラー
@@

愛人の子を寵愛する旦那様へ、多分その子貴方の子どもじゃありません。

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵家の令嬢だったシアには結婚して七年目になる夫がいる。 夫との間には娘が一人おり、傍から見れば幸せな家庭のように思えた。 が、しかし。 実際には彼女の夫である公爵は元メイドである愛人宅から帰らずシアを蔑ろにしていた。 彼女が頼れるのは実家と公爵邸にいる優しい使用人たちだけ。 ずっと耐えてきたシアだったが、ある日夫に娘の悪口を言われたことでとうとう堪忍袋の緒が切れて……! ついに虐げられたお飾りの妻による復讐が始まる―― 夫に報復をするために動く最中、愛人のまさかの事実が次々と判明して…!?

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

悪役令嬢に転生してストーリー無視で商才が開花しましたが、恋に奥手はなおりません。

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】乙女ゲームの悪役令嬢である公爵令嬢カロリーナ・シュタールに転生した主人公。 だけど、元はといえば都会が苦手な港町生まれの田舎娘。しかも、まったくの生まれたての赤ん坊に転生してしまったため、公爵令嬢としての記憶も経験もなく、アイデンティティは完全に日本の田舎娘。 高慢で横暴で他を圧倒する美貌で学園に君臨する悪役令嬢……に、育つ訳もなく当たり障りのない〈ふつうの令嬢〉として、乙女ゲームの舞台であった王立学園へと進学。 ゲームでカロリーナが強引に婚約者にしていた第2王子とも「ちょっといい感じ」程度で特に進展はなし。当然、断罪イベントもなく、都会が苦手なので亡き母の遺してくれた辺境の領地に移住する日を夢見て過ごし、無事卒業。 ところが母の愛したミカン畑が、安く買い叩かれて廃業の危機!? 途方にくれたけど、目のまえには海。それも、天然の良港! 一念発起して、港湾開発と海上交易へと乗り出してゆく!! 乙女ゲームの世界を舞台に、原作ストーリー無視で商才を開花させるけど、恋はちょっと苦手。 なのに、グイグイくる軽薄男爵との軽い会話なら逆にいける! という不器用な主人公がおりなす、読み味軽快なサクセス&異世界恋愛ファンタジー! *女性向けHOTランキング1位に掲載していただきました!(2024.9.1-2)たくさんの方にお読みいただき、ありがとうございます!

夫が離縁に応じてくれません

cyaru
恋愛
玉突き式で婚約をすることになったアーシャ(妻)とオランド(夫) 玉突き式と言うのは1人の令嬢に多くの子息が傾倒した挙句、婚約破棄となる組が続出。貴族の結婚なんて恋愛感情は後からついてくるものだからいいだろうと瑕疵のない側の子息や令嬢に家格の見合うものを当てがった結果である。 アーシャとオランドの結婚もその中の1組に過ぎなかった。 結婚式の時からずっと仏頂面でにこりともしないオランド。 誓いのキスすらヴェールをあげてキスをした風でアーシャに触れようともしない。 15年以上婚約をしていた元婚約者を愛してるんだろうな~と慮るアーシャ。 初夜オランドは言った。「君を妻とすることに気持ちが全然整理できていない」 気持ちが落ち着くのは何時になるか判らないが、それまで書面上の夫婦として振舞って欲しいと図々しいお願いをするオランドにアーシャは切り出した。 この結婚は不可避だったが離縁してはいけないとは言われていない。 「オランド様、離縁してください」 「無理だ。今日は初夜なんだ。出来るはずがない」 アーシャはあの手この手でオランドに離縁をしてもらおうとするのだが何故かオランドは離縁に応じてくれない。 離縁したいアーシャ。応じないオランドの攻防戦が始まった。 ★↑例の如く恐ろしく省略してますがコメディのようなものです。 ★読んでいる方は解っているけれど、キャラは知らない事実があります。 ★9月21日投稿開始、完結は9月23日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

追放された薬師は騎士と王子に溺愛される 薬を作るしか能がないのに、騎士団の皆さんが離してくれません!

沙寺絃
ファンタジー
唯一の肉親の母と死に別れ、田舎から王都にやってきて2年半。これまで薬師としてパーティーに尽くしてきた16歳の少女リゼットは、ある日突然追放を言い渡される。 「リゼット、お前はクビだ。お前がいるせいで俺たちはSランクパーティーになれないんだ。明日から俺たちに近付くんじゃないぞ、このお荷物が!」 Sランクパーティーを目指す仲間から、薬作りしかできないリゼットは疫病神扱いされ追放されてしまう。 さらにタイミングの悪いことに、下宿先の宿代が値上がりする。節約の為ダンジョンへ採取に出ると、魔物討伐任務中の王国騎士団と出くわした。 毒を受けた騎士団はリゼットの作る解毒薬に助けられる。そして最新の解析装置によると、リゼットは冒険者としてはFランクだが【調合師】としてはSSSランクだったと判明。騎士団はリゼットに感謝して、専属薬師として雇うことに決める。 騎士団で認められ、才能を開花させていくリゼット。一方でリゼットを追放したパーティーでは、クエストが失敗続き。連携も取りにくくなり、雲行きが怪しくなり始めていた――。

処理中です...