上 下
15 / 34
【5】千夜一夜のカレーパン

第15話 あじさいモンブランのけんか

しおりを挟む
「『子ども料理教室』ですか。僕なんかでよければ、ぜひ」
「本当ですか⁈ いやぁ、ありがとうございます」


 とある日曜日、《りんごの木》の営業時間の少し前に、アリスパパはやって来た。
 なんでも、次の日曜日に《かがみ屋》で「子ども料理教室」という地域のイベントを行うそうで、りんごおじさんにその料理教室の先生をしてほしい、というお願いをしに来たのだ。

「うちの板前で……、というのも考えたのですが、やはり子どもが喜ぶ料理といえば、《りんごの木》さんだと思いましてな」
「買い被りすぎですよ、有栖川さん」

 りんごおじさんは遠慮がちに首を横に振っているけれど、その様子を見ていたましろは、おおいに納得していた。

 子どもに喜んでもらうメニューは、りんごおじさんがとても大切にしていることだ。それに、りんごおじさん本人も子どもが大好きだから、料理教室の先生にぴったりだと思ったのだ。

「りんごおじさん、がんばってね!」
「ましろちゃん。当日、待っているぞ。友達とおいで」 

 アリスパパに肩を力強く叩かれ、ましろは「えっ」と固まってしまった。

「わたし、参加するの?」
「待っているぞ」

 今度は、力強くうなずくアリスパパ。

 圧がすごい。

 これは、イヤでも行かなきゃいけないかんじ?

 チラリとりんごおじさんに助けを求めたけれど、「楽しみですね」とあっさり巻き込まれてしまった。

 まぁ、りんごおじさんの顔も立ててあげないといけないし、行ってあげるか。




 ***
 その週の木曜日。あいにくの雨だが、小学校の創立記念日と《りんごの木》の定休日が重なってくれたおかげで、ましろはりんごおじさんと電車で隣の隣町にある公園に来ていた。

 そこは、あじさい公園と呼ばれる、その名の通りたくさんの紫陽花が咲き誇る公園で、地元の人や観光客に人気なスポットだった。紫やピンク、赤や白など、色とりどりの紫陽花を見ることはもちろんだが、ましろのお目当ては別にあった。

「あじさいモンブラン……。あじさいモンブランは⁈」

 有名な老舗和菓子屋さんが梅雨時期限定で販売するあじさいモンブランこそ、ましろの旅の目的だった。
 美しい紫陽花色のクリームを花弁のようにデコレーション、サクサクのメレンゲの土台に乗った、バターたっぷりのスポンジケーキ……。それは、テレビで見て以来、ましろの心をがっつりと鷲掴みにしていて離さなかったのだ。

 そして、それを見たりんごおじさんが「では食べに行きましょうか」と、ましろをここまで連れて来てくれた――けれど、なんと不運なことか。

 和菓子屋さんは定休日だったのだ!

「お休み……。あじさいモンブラン、ない……」

 お店の入り口にある定休日の張り紙を見て、ましろは立ち尽くしていた。あまりのショックで、言葉がスムーズに出て来ない。

「ましろさん、すみませんでした……」
「モンブラン…………」
「せっかく足を伸ばしましたし、あじさい公園を散策してから、他のお店に入りますか? 駅にカレーパンのおいしいパン屋さんがあるみたいですよ」
「モンブラン…………!」

 始めは謝っていたけれど、すぐに観光雑誌をめくって代わりの案を出して来たりんごおじさんに、ましろは声を荒げた。ましろは、とても怒っていた。

「わたしの口は、モンブランなの! モンブラン以外食べたくないよ!」

 むかむかと怒ったのは久しぶりで、もう、ましろは止まらない。

「桃奈ちゃんに、あじさい金平糖をお土産にするねって言っちゃったじゃん! アリス君にも写真送るねって約束したのに! なんで、ちゃんと調べてくれなかったの? こんな嵐みたいな大雨で、あじさい見たって楽しくないよ!」

 恐ろしいくらい激しい横殴りの雨にかき消されないように、ましろは大声で叫んだ。もはや嵐だ。

「りんごおじさんは、あじさいモンブラン食べたくなかったんだ! わたしはこんなに楽しみにしてたのに!」

 ましろはぷいっとそっぽを向くと、傘を差して駅へと歩き出した。傘を差しても意味がないくらい、雨粒の勢いがよくて困る。

「ましろさん、待ってください!」

 その後は、りんごおじさんが話しかけて来ても無視。雨のせいで電車が遅れていて、待ち時間が暇すぎても無視。テイクアウトしてきたパンを差し出されても無視した。

 りんごおじさんのバカバカ!

 悔しくて悲しくて、ましろはりんごおじさんの顔も見なかった──、けれど、電車の中でしょんぼりしながらカレーパンを食べるおじさんの様子が、強烈に気になってしまった。いい匂いに加えて、サクサクといい音までしてくる。

 う……。おいしそう。

「ましろさんも食べませんか? 美味しいですよ」

 ましろの視線に気がついたのか、りんごおじさんはビニール袋からましろの分のカレーパンを出そうとした。けれど、ましろは「モンブランの口」だと言ってしまった手前、絶対にカレーパンを食べるわけにはいかない。 

「いらない! いらないったら!」

 大きく横に首を振り、ましろはカレーパンとりんごおじさんを拒絶したのだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

【完結済】処刑された元王太子妃は、二度目の人生で運命を変える

鳴宮野々花
恋愛
 貴族学園に入学した公爵令嬢ステファニー・カニンガムは、ランチェスター公爵家の次男マルセルとの婚約の話が進みつつあった。しかしすでに婚約者のいるラフィム王太子から熱烈なアプローチを受け続け、戸惑い悩む。ほどなくしてラフィム王太子は自分の婚約を強引に破棄し、ステファニーを妻に迎える。  運命を受け入れ王太子妃として妃教育に邁進し、ラフィム王太子のことを愛そうと努力するステファニー。だがその後ラフィム王太子は伯爵令嬢タニヤ・アルドリッジと恋仲になり、邪魔になったステファニーを排除しようと王太子殺害未遂の冤罪を被せる。  なすすべもなく処刑される寸前、ステファニーは激しく後悔した。ラフィム王太子の妻とならなければ、こんな人生ではなかったはずなのに………………  ふとステファニーが気が付くと、貴族学園に入学する直前まで時間が巻き戻っていた。混乱の中、ステファニーは決意する。今度は絶対に王太子妃にはならない、と───── (※※この物語の設定は史実に一切基づきません。作者独自の架空の世界のものです。) ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

血桜と契約者

雨音
ホラー
@@

愛人の子を寵愛する旦那様へ、多分その子貴方の子どもじゃありません。

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵家の令嬢だったシアには結婚して七年目になる夫がいる。 夫との間には娘が一人おり、傍から見れば幸せな家庭のように思えた。 が、しかし。 実際には彼女の夫である公爵は元メイドである愛人宅から帰らずシアを蔑ろにしていた。 彼女が頼れるのは実家と公爵邸にいる優しい使用人たちだけ。 ずっと耐えてきたシアだったが、ある日夫に娘の悪口を言われたことでとうとう堪忍袋の緒が切れて……! ついに虐げられたお飾りの妻による復讐が始まる―― 夫に報復をするために動く最中、愛人のまさかの事実が次々と判明して…!?

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

悪役令嬢に転生してストーリー無視で商才が開花しましたが、恋に奥手はなおりません。

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】乙女ゲームの悪役令嬢である公爵令嬢カロリーナ・シュタールに転生した主人公。 だけど、元はといえば都会が苦手な港町生まれの田舎娘。しかも、まったくの生まれたての赤ん坊に転生してしまったため、公爵令嬢としての記憶も経験もなく、アイデンティティは完全に日本の田舎娘。 高慢で横暴で他を圧倒する美貌で学園に君臨する悪役令嬢……に、育つ訳もなく当たり障りのない〈ふつうの令嬢〉として、乙女ゲームの舞台であった王立学園へと進学。 ゲームでカロリーナが強引に婚約者にしていた第2王子とも「ちょっといい感じ」程度で特に進展はなし。当然、断罪イベントもなく、都会が苦手なので亡き母の遺してくれた辺境の領地に移住する日を夢見て過ごし、無事卒業。 ところが母の愛したミカン畑が、安く買い叩かれて廃業の危機!? 途方にくれたけど、目のまえには海。それも、天然の良港! 一念発起して、港湾開発と海上交易へと乗り出してゆく!! 乙女ゲームの世界を舞台に、原作ストーリー無視で商才を開花させるけど、恋はちょっと苦手。 なのに、グイグイくる軽薄男爵との軽い会話なら逆にいける! という不器用な主人公がおりなす、読み味軽快なサクセス&異世界恋愛ファンタジー! *女性向けHOTランキング1位に掲載していただきました!(2024.9.1-2)たくさんの方にお読みいただき、ありがとうございます!

夫が離縁に応じてくれません

cyaru
恋愛
玉突き式で婚約をすることになったアーシャ(妻)とオランド(夫) 玉突き式と言うのは1人の令嬢に多くの子息が傾倒した挙句、婚約破棄となる組が続出。貴族の結婚なんて恋愛感情は後からついてくるものだからいいだろうと瑕疵のない側の子息や令嬢に家格の見合うものを当てがった結果である。 アーシャとオランドの結婚もその中の1組に過ぎなかった。 結婚式の時からずっと仏頂面でにこりともしないオランド。 誓いのキスすらヴェールをあげてキスをした風でアーシャに触れようともしない。 15年以上婚約をしていた元婚約者を愛してるんだろうな~と慮るアーシャ。 初夜オランドは言った。「君を妻とすることに気持ちが全然整理できていない」 気持ちが落ち着くのは何時になるか判らないが、それまで書面上の夫婦として振舞って欲しいと図々しいお願いをするオランドにアーシャは切り出した。 この結婚は不可避だったが離縁してはいけないとは言われていない。 「オランド様、離縁してください」 「無理だ。今日は初夜なんだ。出来るはずがない」 アーシャはあの手この手でオランドに離縁をしてもらおうとするのだが何故かオランドは離縁に応じてくれない。 離縁したいアーシャ。応じないオランドの攻防戦が始まった。 ★↑例の如く恐ろしく省略してますがコメディのようなものです。 ★読んでいる方は解っているけれど、キャラは知らない事実があります。 ★9月21日投稿開始、完結は9月23日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

追放された薬師は騎士と王子に溺愛される 薬を作るしか能がないのに、騎士団の皆さんが離してくれません!

沙寺絃
ファンタジー
唯一の肉親の母と死に別れ、田舎から王都にやってきて2年半。これまで薬師としてパーティーに尽くしてきた16歳の少女リゼットは、ある日突然追放を言い渡される。 「リゼット、お前はクビだ。お前がいるせいで俺たちはSランクパーティーになれないんだ。明日から俺たちに近付くんじゃないぞ、このお荷物が!」 Sランクパーティーを目指す仲間から、薬作りしかできないリゼットは疫病神扱いされ追放されてしまう。 さらにタイミングの悪いことに、下宿先の宿代が値上がりする。節約の為ダンジョンへ採取に出ると、魔物討伐任務中の王国騎士団と出くわした。 毒を受けた騎士団はリゼットの作る解毒薬に助けられる。そして最新の解析装置によると、リゼットは冒険者としてはFランクだが【調合師】としてはSSSランクだったと判明。騎士団はリゼットに感謝して、専属薬師として雇うことに決める。 騎士団で認められ、才能を開花させていくリゼット。一方でリゼットを追放したパーティーでは、クエストが失敗続き。連携も取りにくくなり、雲行きが怪しくなり始めていた――。

処理中です...