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【5】千夜一夜のカレーパン
第15話 あじさいモンブランのけんか
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「『子ども料理教室』ですか。僕なんかでよければ、ぜひ」
「本当ですか⁈ いやぁ、ありがとうございます」
とある日曜日、《りんごの木》の営業時間の少し前に、アリスパパはやって来た。
なんでも、次の日曜日に《かがみ屋》で「子ども料理教室」という地域のイベントを行うそうで、りんごおじさんにその料理教室の先生をしてほしい、というお願いをしに来たのだ。
「うちの板前で……、というのも考えたのですが、やはり子どもが喜ぶ料理といえば、《りんごの木》さんだと思いましてな」
「買い被りすぎですよ、有栖川さん」
りんごおじさんは遠慮がちに首を横に振っているけれど、その様子を見ていたましろは、おおいに納得していた。
子どもに喜んでもらうメニューは、りんごおじさんがとても大切にしていることだ。それに、りんごおじさん本人も子どもが大好きだから、料理教室の先生にぴったりだと思ったのだ。
「りんごおじさん、がんばってね!」
「ましろちゃん。当日、待っているぞ。友達とおいで」
アリスパパに肩を力強く叩かれ、ましろは「えっ」と固まってしまった。
「わたし、参加するの?」
「待っているぞ」
今度は、力強くうなずくアリスパパ。
圧がすごい。
これは、イヤでも行かなきゃいけないかんじ?
チラリとりんごおじさんに助けを求めたけれど、「楽しみですね」とあっさり巻き込まれてしまった。
まぁ、りんごおじさんの顔も立ててあげないといけないし、行ってあげるか。
***
その週の木曜日。あいにくの雨だが、小学校の創立記念日と《りんごの木》の定休日が重なってくれたおかげで、ましろはりんごおじさんと電車で隣の隣町にある公園に来ていた。
そこは、あじさい公園と呼ばれる、その名の通りたくさんの紫陽花が咲き誇る公園で、地元の人や観光客に人気なスポットだった。紫やピンク、赤や白など、色とりどりの紫陽花を見ることはもちろんだが、ましろのお目当ては別にあった。
「あじさいモンブラン……。あじさいモンブランは⁈」
有名な老舗和菓子屋さんが梅雨時期限定で販売するあじさいモンブランこそ、ましろの旅の目的だった。
美しい紫陽花色のクリームを花弁のようにデコレーション、サクサクのメレンゲの土台に乗った、バターたっぷりのスポンジケーキ……。それは、テレビで見て以来、ましろの心をがっつりと鷲掴みにしていて離さなかったのだ。
そして、それを見たりんごおじさんが「では食べに行きましょうか」と、ましろをここまで連れて来てくれた――けれど、なんと不運なことか。
和菓子屋さんは定休日だったのだ!
「お休み……。あじさいモンブラン、ない……」
お店の入り口にある定休日の張り紙を見て、ましろは立ち尽くしていた。あまりのショックで、言葉がスムーズに出て来ない。
「ましろさん、すみませんでした……」
「モンブラン…………」
「せっかく足を伸ばしましたし、あじさい公園を散策してから、他のお店に入りますか? 駅にカレーパンのおいしいパン屋さんがあるみたいですよ」
「モンブラン…………!」
始めは謝っていたけれど、すぐに観光雑誌をめくって代わりの案を出して来たりんごおじさんに、ましろは声を荒げた。ましろは、とても怒っていた。
「わたしの口は、モンブランなの! モンブラン以外食べたくないよ!」
むかむかと怒ったのは久しぶりで、もう、ましろは止まらない。
「桃奈ちゃんに、あじさい金平糖をお土産にするねって言っちゃったじゃん! アリス君にも写真送るねって約束したのに! なんで、ちゃんと調べてくれなかったの? こんな嵐みたいな大雨で、あじさい見たって楽しくないよ!」
恐ろしいくらい激しい横殴りの雨にかき消されないように、ましろは大声で叫んだ。もはや嵐だ。
「りんごおじさんは、あじさいモンブラン食べたくなかったんだ! わたしはこんなに楽しみにしてたのに!」
ましろはぷいっとそっぽを向くと、傘を差して駅へと歩き出した。傘を差しても意味がないくらい、雨粒の勢いがよくて困る。
「ましろさん、待ってください!」
その後は、りんごおじさんが話しかけて来ても無視。雨のせいで電車が遅れていて、待ち時間が暇すぎても無視。テイクアウトしてきたパンを差し出されても無視した。
りんごおじさんのバカバカ!
悔しくて悲しくて、ましろはりんごおじさんの顔も見なかった──、けれど、電車の中でしょんぼりしながらカレーパンを食べるおじさんの様子が、強烈に気になってしまった。いい匂いに加えて、サクサクといい音までしてくる。
う……。おいしそう。
「ましろさんも食べませんか? 美味しいですよ」
ましろの視線に気がついたのか、りんごおじさんはビニール袋からましろの分のカレーパンを出そうとした。けれど、ましろは「モンブランの口」だと言ってしまった手前、絶対にカレーパンを食べるわけにはいかない。
「いらない! いらないったら!」
大きく横に首を振り、ましろはカレーパンとりんごおじさんを拒絶したのだった。
「本当ですか⁈ いやぁ、ありがとうございます」
とある日曜日、《りんごの木》の営業時間の少し前に、アリスパパはやって来た。
なんでも、次の日曜日に《かがみ屋》で「子ども料理教室」という地域のイベントを行うそうで、りんごおじさんにその料理教室の先生をしてほしい、というお願いをしに来たのだ。
「うちの板前で……、というのも考えたのですが、やはり子どもが喜ぶ料理といえば、《りんごの木》さんだと思いましてな」
「買い被りすぎですよ、有栖川さん」
りんごおじさんは遠慮がちに首を横に振っているけれど、その様子を見ていたましろは、おおいに納得していた。
子どもに喜んでもらうメニューは、りんごおじさんがとても大切にしていることだ。それに、りんごおじさん本人も子どもが大好きだから、料理教室の先生にぴったりだと思ったのだ。
「りんごおじさん、がんばってね!」
「ましろちゃん。当日、待っているぞ。友達とおいで」
アリスパパに肩を力強く叩かれ、ましろは「えっ」と固まってしまった。
「わたし、参加するの?」
「待っているぞ」
今度は、力強くうなずくアリスパパ。
圧がすごい。
これは、イヤでも行かなきゃいけないかんじ?
チラリとりんごおじさんに助けを求めたけれど、「楽しみですね」とあっさり巻き込まれてしまった。
まぁ、りんごおじさんの顔も立ててあげないといけないし、行ってあげるか。
***
その週の木曜日。あいにくの雨だが、小学校の創立記念日と《りんごの木》の定休日が重なってくれたおかげで、ましろはりんごおじさんと電車で隣の隣町にある公園に来ていた。
そこは、あじさい公園と呼ばれる、その名の通りたくさんの紫陽花が咲き誇る公園で、地元の人や観光客に人気なスポットだった。紫やピンク、赤や白など、色とりどりの紫陽花を見ることはもちろんだが、ましろのお目当ては別にあった。
「あじさいモンブラン……。あじさいモンブランは⁈」
有名な老舗和菓子屋さんが梅雨時期限定で販売するあじさいモンブランこそ、ましろの旅の目的だった。
美しい紫陽花色のクリームを花弁のようにデコレーション、サクサクのメレンゲの土台に乗った、バターたっぷりのスポンジケーキ……。それは、テレビで見て以来、ましろの心をがっつりと鷲掴みにしていて離さなかったのだ。
そして、それを見たりんごおじさんが「では食べに行きましょうか」と、ましろをここまで連れて来てくれた――けれど、なんと不運なことか。
和菓子屋さんは定休日だったのだ!
「お休み……。あじさいモンブラン、ない……」
お店の入り口にある定休日の張り紙を見て、ましろは立ち尽くしていた。あまりのショックで、言葉がスムーズに出て来ない。
「ましろさん、すみませんでした……」
「モンブラン…………」
「せっかく足を伸ばしましたし、あじさい公園を散策してから、他のお店に入りますか? 駅にカレーパンのおいしいパン屋さんがあるみたいですよ」
「モンブラン…………!」
始めは謝っていたけれど、すぐに観光雑誌をめくって代わりの案を出して来たりんごおじさんに、ましろは声を荒げた。ましろは、とても怒っていた。
「わたしの口は、モンブランなの! モンブラン以外食べたくないよ!」
むかむかと怒ったのは久しぶりで、もう、ましろは止まらない。
「桃奈ちゃんに、あじさい金平糖をお土産にするねって言っちゃったじゃん! アリス君にも写真送るねって約束したのに! なんで、ちゃんと調べてくれなかったの? こんな嵐みたいな大雨で、あじさい見たって楽しくないよ!」
恐ろしいくらい激しい横殴りの雨にかき消されないように、ましろは大声で叫んだ。もはや嵐だ。
「りんごおじさんは、あじさいモンブラン食べたくなかったんだ! わたしはこんなに楽しみにしてたのに!」
ましろはぷいっとそっぽを向くと、傘を差して駅へと歩き出した。傘を差しても意味がないくらい、雨粒の勢いがよくて困る。
「ましろさん、待ってください!」
その後は、りんごおじさんが話しかけて来ても無視。雨のせいで電車が遅れていて、待ち時間が暇すぎても無視。テイクアウトしてきたパンを差し出されても無視した。
りんごおじさんのバカバカ!
悔しくて悲しくて、ましろはりんごおじさんの顔も見なかった──、けれど、電車の中でしょんぼりしながらカレーパンを食べるおじさんの様子が、強烈に気になってしまった。いい匂いに加えて、サクサクといい音までしてくる。
う……。おいしそう。
「ましろさんも食べませんか? 美味しいですよ」
ましろの視線に気がついたのか、りんごおじさんはビニール袋からましろの分のカレーパンを出そうとした。けれど、ましろは「モンブランの口」だと言ってしまった手前、絶対にカレーパンを食べるわけにはいかない。
「いらない! いらないったら!」
大きく横に首を振り、ましろはカレーパンとりんごおじさんを拒絶したのだった。
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