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【3】大きなかぶの肉詰め

第10話 波乱の参観日

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「いらっしゃいませ!」

 ある日曜日のお昼どき。
 ましろはファミリーレストラン《りんごの木》の客席を、ミネラルウォーターの入ったワインボトルを持って回っていた。

 まだ完璧とはほど遠いけれど、少しずつ接客にも慣れてきている。

「ましろちゃん、なかなか堂々としてきたわね」

 今日はお客さんとして来てくれたパートの恩田さんは、嬉しそうにましろに声をかけてくれた。

「ありがとう、恩田さん!」
「オレが教えてるんで、当然っすよ」

 アリス君がちょっと意地悪な顔をしながら、デザートを持って現れた。今日のデザートは、メニューに仲間入りしたばかりの【かぐや姫の抹茶ロール】だ。

「アリス君、後輩は、たくさんほめて育てないとダメよ」

 恩田さんはロールケーキの写真をパシャリと撮りながら、アリス君に物申してくれた。

 それに乗っかって、ましろが「そーだそーだ!」と小声で言うけれど、アリス君は「甘やかしたらダメっすよ」と厳しい態度のままだ。

「調子に乗ると、すぐ注文聞き間違えたり、テーブル間違えるから」
「うわー! アリス君、言わないでよ!」
「ふふふ。仲良しねぇ」

 恩田さんは、ましろを娘みたいにかわいがってくれるから大好きだ。

 先日も、リボンの付いたヘアゴムをいくつか手作りして来てくれて、ましろはその日から、毎日違う物を選ぶのが楽しくてたまらない。ただし、ましろはポニーテールしかできないし、りんごおじさんは戦力外だから、髪型は毎日同じだ。

「恩田さんが作ってくれたヘアゴムね、今度授業参観の日に付けるよ! とっておきの赤色のやつ」
「あら、うれしいわ。参観日は特別だものね」
「参観日って、もしかして明後日っすか?」

 アリス君が、納得したようにお店の壁の張り紙見て言った。

 そこには、『木曜日 お休みします』と書かれている。

「うん! りんごおじさんが来てくれるんだ!」

 ましろは、りんごおじさんはお昼はレストランにいるから、授業参観には来てくれないだろうと思っていた。けれど、お知らせのプリントを見たりんごおじさんは、「行くに決まってますよ」と、悩む様子さえなかった。

 そのことが、ましろはとてもうれしかった。

「ま、せいぜい店長にいいとこ見せろよ」

 アリス君に言われなくても、がんばるもん!




 ***
 授業参観の日──。
 ましろのいる五年二組には、たくさんの親たちが訪れていた。

「うわっ。うちのお母さん、お店のエプロン付けたまんまだ! やめてよーっ!」

 ましろの隣の席で、吉備野桃奈は恥ずかしそうに叫んでいた。

 教室の後ろを見ると、《くだものMOMO》とプリントされたオレンジ色のエプロンをした桃奈ママが手を振っていた。よく目立っている。

「ふふっ。桃奈ちゃんのとこのお店の宣伝になるね」
「ましろ、ひと事だと思って!」

 ましろと桃奈は仲良くなり、お互いのことを名前で呼ぶようになっていた。学校ではよくいっしょに遊ぶし、ましろが果物屋さんにお使いに行くと、桃奈がこっそりオマケしてくれることもある。

「あっ! 白雪店長みっけ!」

 桃奈が指を差した先には、りんごおじさんがいた。周りのお母さんたちにあいさつをしながら、教室に入って来ているところだった。知り合いが多い様子なのは、お客さんや商店街仲間の人がいるからだろうか。

「こっちこっちー!」

 ましろが呼ぶと、りんごおじさんは「ましろさん、来ましたよ」とにっこり笑ってくれた。

 ましろはちょっと照れくさいような、はしゃぎたいような、むずむずした気持ちになる。

「白雪店長って、優しそうだし、かっこいいし、すごくモテるんじゃない?」

 桃奈の言葉に、ましろは驚いた。りんごおじさんがモテるかどうかなんて、今まで考えたことがなかったからだ。

「えー! でも、いっつも眠たそうな目してるし、怒ると怖いよ。家もすっごく散らかすし」
「ましろは家族目線で見てるからだって。で、どうなの? 店長さんて、彼女いるの?」
「いないと思うよ。そんな話聞いたことないもん」

 ましろの中のりんごおじさんは、いつも料理のことを考えている。

《りんごの木》を出ても、家では新メニューの案をノートに書いて、本屋さんでは料理の本を買いこんで、グルメ番組を見て「作りたいですねぇ」とメモを取る。

 恋愛の二文字が入りこむスキなんて、まるでない。ましろを引き取ってくれたことが、不思議なくらいだ。

「料理脳なんだよ。でも、見てて面白いんだ」

 ましろは、そんなりんごおじさんを気に入っているので、少しくらい放って置かれてもかまわない。その代わり、ましろがりんごおじさんを観察しているのだが。



 そんなおしゃべりをしていると、普段あまり話さないクラスメイト、金崎琥太郎金崎琥太郎かねざきこたろうがましろの側にやって来た。

「白雪の家、父ちゃんが来てんの?」

 琥太郎君は、短い髪の毛がハリネズミみたいにツンツンしている、空手がとても得意な男の子だ。クラスのみんなから「コタロー」と呼ばれていて、転校生のましろでも、すぐに覚えたくらいだ。

「あのメガネの人、父ちゃんだろ?」
「ちょっと、コタロー! ましろの家は……!」

 事情を話してある桃奈は、琥太郎君を止めようとしたが、ましろは「大丈夫」と隠さずに答えることにした。

「お父さんは、離婚したからいないよ。あの人は、亡くなったお母さんの弟。わたしのおじさん。りんごおじさんって言うんだよ」

 堂々とするましろに、琥太郎君は戸惑った様子を見せたけれど、「良い人そうじゃん」と言葉を続けた。

「男の家族が参観日に来るのって、ちょっとめずらしいなと思ってさ。うちは父ちゃんが来るから、仲良くしてくれって、おじさんに言っといてくれ!」

 そう言うと、琥太郎君はバタバタと自分の席に戻って行った。

 多分、お父さんのことが大好きなんだなぁ。

 ましろは桃奈と顔を見合わして、クスッと笑った。




 けれど、いくら経っても琥太郎君のお父さんは現れなかった。教室の後ろにいる男の人は、りんごおじさんの他には、ましろ近所に住んでいる子のお父さんしかいない。

 なんでだろう。授業、終わっちゃうよ。

 ましろは国語の教科書に隠れて、こっそりとのぞくと、琥太郎君は暗い顔をしてうつむいていた。

 そしてとうとう、授業参観は終わってしまった──、その時、教室の後ろのドアがガラガラッと勢いよく開いた。

「おっ、遅れてごめん! コタ!」

 スーツ姿のおじさんが、息を切らせて教室に入って来たのだ。

 コタ?……琥太郎だ!

「うるせーっ! もう終わったっつーの!」

 琥太郎君は終わりのチャイムと共に、大声で怒鳴った。

「いまさら何だよ! バカ父ちゃん!」
「コタ、ほんとごめん! 急な仕事で……!」

 琥太郎君のお父さんは必死に謝るけれど、琥太郎君はものすごく怒っている。

「もう、言い訳は聞き飽きたっ!」
「コタ、許してくれ! ほんっとうにごめん!」
「何回目だよ! そんなんだから母ちゃんだって……!」

 ましろは、琥太郎君のトゲトゲしい言葉に、琥太郎君のお父さんが一瞬泣きそうな顔になったこと、そして琥太郎君も同じく泣きそうな顔をしていることに気がついた。

 琥太郎君も琥太郎君のお父さんも、悲しそう。

 けれど、ましろはどうしたらいいか分からず、助けを求めてりんごおじさんを探した。

 そして、教室のすみっこにいたりんごおじさんと目が合うと、りんごおじさんはコックリとうなずいて笑った。

「はい! そこまでにしましょう!」

 りんごおじさんは、教室中に聞こえる大きな声で言った。

「お父さんは遅刻しちゃいましたけど、きっと事情があるんですよね? きちんと話して、仲直りするのに、ぴったりな場所がありますよ!」

 キラリとメガネが光った。

 とつぜん話出したりんごおじさんに、金崎親子も先生もクラスメイトも、授業参観に来ていたお母さんたちも、大注目していた。

 そして、「もしかして……」というましろの予想は大当たりした。

「ファミリーレストラン《りんごの木》で、おいしいものでも食べながら、お話しするのはいかがですか?」



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