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【2】かぐや姫の抹茶ロールケーキ
第8話 スイーツ審査会に向けて
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「ありがとな、ましろ。おかげで助かった」
アリス君は《りんごの木》に着くと、ましろにお礼を言った。
「アリス君て、旅館のお坊ちゃんだったんだね」
「その言い方やめろ。ナメられる」
誰がナメるんだろうと思ったが、ましろは口に出すのをやめた。アリス君が、落ちこんだ顔をしていたからだ。
そして、バックヤードで赤いエプロンを付けながら、アリス君は少しずつアリスパパの話をしてくれた。
「父さんは、オレを思い通りにしたいんだよ。あぁしろ、こうしろってうるさい。オレは、父さんの人形じゃない」
「パパさん、ほんとにそうなのかなぁ……」
「そうなんだよ。オレが、自分の思う跡継ぎにならないのが気に食わねぇんだ」
アリス君の言うことは、アリスママが言っていたこととちょっと違う気がする。
多分、アリスパパは旅館を継ぐと言ったアリス君のために、できること全部を勉強させてあげようとしたんだと思う。
でも、アリス君は新しくやりたいことを見つけてしまって、アリスパパの期待に応えられなくなってしまった。
「ちゃんとお話しないから、気持ちがすれ違っちゃうんじゃない?」
アリス君がお店でデザートを作っていることも、専門学校やフランスで勉強したいと思っていることも、アリスパパは知らない。だから、アリス君の本気は伝わらない。
「あんなバカ親父、話してもムダだ」
「そんなことないよ。アリス君だって、ほんとは分かってもらいたいから、悲しそうなんでしょ? だったらお話してみようよ!」
「いいって。意味ねぇって」
アリス君は、なかなか頑固だ。
煮え切らないアリス君に、ましろはだんだんムッとしてきてしまう。ずるいと思ったのだ。
「アリス君は、お父さんとお母さんといつでも話せるんだから、話さないとダメだよ……!」
言うつもりのなかった言葉が、気づくと勝手に口から飛び出していた。
「なんだよ、その言い方。……お前、もしかして……」
アリス君はハッとした様子で、口をつぐんだ。
そしてその代わりに、ましろが口を開く。
「お父さんは、わたしが小さいころに離婚してていない。お母さんは、少し前に事故で亡くなっちゃった」
言いながら、悲しくなってくる。
お母さんとは、もう話すことができない。顔を見ることもできない。
「だから、ずるいよ。アリス君は」
「ごめん、ましろ」
「うぅん……。わたしに謝らなくていいから、アリスパパとちゃんとお話してほしいな。アリス君のパパさんだもん。きっと大丈夫だよ。ね?」
ましろはアリス君にツカツカと近寄り、その顔を上目遣いでじぃっと見つめた。無言の圧力というやつだ。
「わ、分かったって!」
ましろの言葉が響いたのか、それとも単純に圧に耐えられなくなったのか、アリス君は困り顔で渋々うなずいた。
「でも、いまさらどうやって話せばいいのか分かんねぇ」
「それに関しては、僕から」
絶妙なタイミングでバックヤードのドアが開き、外から入って来たのはりんごおじさんだ。
「あれ⁈ りんごおじさん、お店にいたんじゃないの⁈」
「ランチの片付けは恩田さんに任せて、用事を済ませて来ました。ご近所さんから、誰かさんたちが《かがみ屋》さんに誘拐されたという情報をいただきまして」
ひぇっ! りんごおじさん怖い。笑ってるけど目が笑ってない。
「りんごおじさん、ごめんね! 心配かけちゃった」
「すんません! オレが巻き込みました!」
二人そろって一生懸命に謝ると、「恩田さんにお礼を言うように」と、りんごおじさんは鋭く言った。すると、ひとまず怒りの色は消え、りんごおじさんはいつもの眠たそうな目に戻る。
「僕は、ましろさんとアリス君を解放してもらうべく、カップケーキを手土産に《かがみ屋》さんに行ったわけです」
「は⁈ 店長、うちに来てたんすか⁈ カップケーキ持って?」
「手ぶらで伺うわけにも行きませんよ。ちょうど君がたくさんストックを作っていてくれたのが、幸いでした。まぁ、君たちとは行き違いになっていましたが」
りんごおじさんはさも当たり前かのように話したが、アリス君は大慌てだ。サラサラのチョコレート色の髪の毛を、手でわしゃわしゃにして、「マジかよーっ」と叫んでいる。
「君のご両親は、君がお店に下宿していることを心配されていましたが、大丈夫ですと伝えました。そして、カップケーキを召し上がっていただきました」
問題はそこだ。
ましろはドキドキしながら息を飲む。
「たいへんおいしいと、驚かれていました」
りんごおじさんの言葉に、ましろとアリス君はホッと全身の力が抜けた。けれど、それでご両親に認めてもらって、めでたしめでたしとはいかなかったらしい。
「パティシエになりたいのなら、正式に審査会をして、アリス君の本気を確かめたい、と。というわけで、土曜日のティータイムに《りんごの木》で、アリス君の新作スイーツ審査会を開催します!」
「へ⁈」
アリス君の目は、今までで一番まん丸だ。
「意味が分からないっす」
「ご両親を、君のスイーツで納得させてくだい」
「土曜日って、早すぎじゃないっすか」
「君の本気を見せましょう」
「店長、手伝ってくれるんですよね?」
「とんでもない。君のための会ですよ。ちなみに、不合格ならアルバイトを辞めるということになりました」
「えー! ひどっ! 店長ひどっいっす!」
テンポのいい会話に、ましろは二人をキョロキョロと見比べた。
アリス君はとっても困っているけれど、多分、りんごおじさんはアリス君のために動いたのだ。そのことだけは分かる。
ちゃんとお話しして、仲直りするチャンスだもんね!
「アリス君、がんばろう! わたし、こっそり手伝うから!」
「お前、こっそりの意味、分かってないだろ」
大丈夫。りんごおじさんは、耳をふさいでるから。
***
そして、木曜日の《りんごの木》の定休日を飛ばして、金曜日。
ましろは、学校で吉備野桃奈から《かがみ屋》の話を聞いた。
桃奈によると、《かがみ屋》は、おとぎ町の中でもかなり歴史のある人気旅館らしい。えらい政治家や有名な芸能人も泊まりに来るような旅館なのだ。
けれど、支配人のアリスパパは、一般のお客さんや地元の人たちも大切にしている。格安で泊まれる感謝デーや、旅館主催のコンサートなんかもあるそうだ。
「《かがみ屋》さんのおじさん、息子が継いでくれるから安心だ~って、町内会の会議で話してたらしいよ」
桃奈は、ましろにそう話してくれた。
アリスパパのことを思うと、ましろはちょっと複雑な気持ちになってしまう。けれど、アリス君に協力すると決めたからには、アリスパパに理解してもらえるようにがんばらなければならない。
ましろが学校帰りにお店をのぞくと、バックヤードの奥の階段から、アリス君が現れた。
「二階って、そこから行くんだ」
「風呂は商店街の銭湯に行くけど、それ以外は全部そろってんだ。快適だぞ」
有栖川家の方が広くてきれいなんじゃないかと思うけれど、多分避難場所みたいな感じなんだろうな、とましろは思った。
ましろだって、お母さんとケンカして家にいたくないと思った時は、お友達の家に逃げこんだ経験がある。そして、お母さんと仲直りしたら家に戻った。
アリス君も早くお家に帰れるといいね。
ましろがそんなことを考えていると、アリス君は、明日アリスパパたちに食べてもらうスイーツの話をし始めた。
「一応できたんだ。スイーツ」
「すごいね! もう完成⁈」
「いつか作りたいと思ってたケーキなんだよ。でも、なんか物足りなくてさ。試食してくれるか?」
「試食、するする!」
ましろはバックヤードのソファにぽふんっと座った。食い意地が張っているわけじゃない。アリス君に協力しているのだ。
そして、アリス君が冷蔵庫から取り出して来たのは、緑色の生地でたっぷりのクリームを巻いたロールケーキだ。
「うわぁぁ~! おいしそう!」
一切れお皿に切り分けてもらうと、ましろはクンクンとにおいをかいだ。
「抹茶のいい香り」
「おとぎ商店街のお茶屋さんイチオシの抹茶。カップケーキの時よりも多めに入れてる」
「クリーム、ちょっとピンク色だね」
「小豆クリームだからな。上品な和菓子の甘さと洋菓子のなめらかさを合わせてみた」
「いいとこ取りのコラボだね!」
ましろは、アリス君の解説にうなずきながら、ロールケーキをフォークでひと口ぱくりと食べた。
「おいしいー! すっごくおいしい!」
ケーキの部分はふわふわで、クリームはスッととろける。そして抹茶と小豆の風味はちゃんと口の中に残っている。
これは大人も子どもも関係なく、好きな味だろう。
「おいしいおいしいだけじゃなくて、なんか他にないのかよ。ホラ、おかわりやるから」
アリス君はましろの感想を求めて、新しい一切れを用意しようとしてくれた。けれど、ましろは「うーん」とおかわりをためらってしまう。
「もう、おなかが満足かな」
「はっ⁈ お前、こないだのカップケーキはペロッと食ってたのに?」
アリス君は驚いて目を丸くしていたが、実はましろ自身も驚いていた。
別に、ロールケーキは甘すぎるわけでも、濃厚すぎるわけでもない。量も普通だし、おなかの空き具合もそれほど変わらない。
けれど、アリス君のカップケーキや、りんごおじさんの料理のように、もっと食べたい! という気持ちが、いまひとつ弾けない。
ましろは頭をひねって考え、ひとつひらめいた。
「カップケーキも、りんごおじさんのご飯も、わくわくした!」
「わくわくぅ?」
アリス君は、目付きの悪い目をぱちくりした。
「アリス君! このロールケーキの名前は⁈」
「えっと……。【抹茶ロールケーキ】?」
「ほらほら! つまんないよ。りんごおじさんは、料理の名前は子どもたちが喜んでくれて、家族の話題になるように考えるって言ってたよ。そういうのがないんだよ」
「んなこと言われても……」
そう言いながらも、アリス君は真剣な顔になっていた。
「たしかに、地味だよな。華もないし、味も短調だ」
「あっ! じゃあ、和風の飾りなんてどう?」
ましろの頭にパッと浮かんだのは、お正月の門松だ。最近のものは、カラフルなお花や水引きが使われていて、竹の緑色にとっても映えて華やかだ。年中飾っておきたいと思ったこともある。
「抹茶の色って、竹の緑色みたいだし」
「なるほどなぁ。たしかに《かがみ屋》の門松もきれいだったな……」
そこまで言って、今度はアリス君がひらめいた。
「あー! これ、面白いかも。わくわくかも」
「えっ⁈ なになに? どんなの?」
「接客のテストに合格したら、教えてやるよ」
アリス君は「わくわくしてきた」と、ニヤッといたずらっぽく笑った。
アリス君は《りんごの木》に着くと、ましろにお礼を言った。
「アリス君て、旅館のお坊ちゃんだったんだね」
「その言い方やめろ。ナメられる」
誰がナメるんだろうと思ったが、ましろは口に出すのをやめた。アリス君が、落ちこんだ顔をしていたからだ。
そして、バックヤードで赤いエプロンを付けながら、アリス君は少しずつアリスパパの話をしてくれた。
「父さんは、オレを思い通りにしたいんだよ。あぁしろ、こうしろってうるさい。オレは、父さんの人形じゃない」
「パパさん、ほんとにそうなのかなぁ……」
「そうなんだよ。オレが、自分の思う跡継ぎにならないのが気に食わねぇんだ」
アリス君の言うことは、アリスママが言っていたこととちょっと違う気がする。
多分、アリスパパは旅館を継ぐと言ったアリス君のために、できること全部を勉強させてあげようとしたんだと思う。
でも、アリス君は新しくやりたいことを見つけてしまって、アリスパパの期待に応えられなくなってしまった。
「ちゃんとお話しないから、気持ちがすれ違っちゃうんじゃない?」
アリス君がお店でデザートを作っていることも、専門学校やフランスで勉強したいと思っていることも、アリスパパは知らない。だから、アリス君の本気は伝わらない。
「あんなバカ親父、話してもムダだ」
「そんなことないよ。アリス君だって、ほんとは分かってもらいたいから、悲しそうなんでしょ? だったらお話してみようよ!」
「いいって。意味ねぇって」
アリス君は、なかなか頑固だ。
煮え切らないアリス君に、ましろはだんだんムッとしてきてしまう。ずるいと思ったのだ。
「アリス君は、お父さんとお母さんといつでも話せるんだから、話さないとダメだよ……!」
言うつもりのなかった言葉が、気づくと勝手に口から飛び出していた。
「なんだよ、その言い方。……お前、もしかして……」
アリス君はハッとした様子で、口をつぐんだ。
そしてその代わりに、ましろが口を開く。
「お父さんは、わたしが小さいころに離婚してていない。お母さんは、少し前に事故で亡くなっちゃった」
言いながら、悲しくなってくる。
お母さんとは、もう話すことができない。顔を見ることもできない。
「だから、ずるいよ。アリス君は」
「ごめん、ましろ」
「うぅん……。わたしに謝らなくていいから、アリスパパとちゃんとお話してほしいな。アリス君のパパさんだもん。きっと大丈夫だよ。ね?」
ましろはアリス君にツカツカと近寄り、その顔を上目遣いでじぃっと見つめた。無言の圧力というやつだ。
「わ、分かったって!」
ましろの言葉が響いたのか、それとも単純に圧に耐えられなくなったのか、アリス君は困り顔で渋々うなずいた。
「でも、いまさらどうやって話せばいいのか分かんねぇ」
「それに関しては、僕から」
絶妙なタイミングでバックヤードのドアが開き、外から入って来たのはりんごおじさんだ。
「あれ⁈ りんごおじさん、お店にいたんじゃないの⁈」
「ランチの片付けは恩田さんに任せて、用事を済ませて来ました。ご近所さんから、誰かさんたちが《かがみ屋》さんに誘拐されたという情報をいただきまして」
ひぇっ! りんごおじさん怖い。笑ってるけど目が笑ってない。
「りんごおじさん、ごめんね! 心配かけちゃった」
「すんません! オレが巻き込みました!」
二人そろって一生懸命に謝ると、「恩田さんにお礼を言うように」と、りんごおじさんは鋭く言った。すると、ひとまず怒りの色は消え、りんごおじさんはいつもの眠たそうな目に戻る。
「僕は、ましろさんとアリス君を解放してもらうべく、カップケーキを手土産に《かがみ屋》さんに行ったわけです」
「は⁈ 店長、うちに来てたんすか⁈ カップケーキ持って?」
「手ぶらで伺うわけにも行きませんよ。ちょうど君がたくさんストックを作っていてくれたのが、幸いでした。まぁ、君たちとは行き違いになっていましたが」
りんごおじさんはさも当たり前かのように話したが、アリス君は大慌てだ。サラサラのチョコレート色の髪の毛を、手でわしゃわしゃにして、「マジかよーっ」と叫んでいる。
「君のご両親は、君がお店に下宿していることを心配されていましたが、大丈夫ですと伝えました。そして、カップケーキを召し上がっていただきました」
問題はそこだ。
ましろはドキドキしながら息を飲む。
「たいへんおいしいと、驚かれていました」
りんごおじさんの言葉に、ましろとアリス君はホッと全身の力が抜けた。けれど、それでご両親に認めてもらって、めでたしめでたしとはいかなかったらしい。
「パティシエになりたいのなら、正式に審査会をして、アリス君の本気を確かめたい、と。というわけで、土曜日のティータイムに《りんごの木》で、アリス君の新作スイーツ審査会を開催します!」
「へ⁈」
アリス君の目は、今までで一番まん丸だ。
「意味が分からないっす」
「ご両親を、君のスイーツで納得させてくだい」
「土曜日って、早すぎじゃないっすか」
「君の本気を見せましょう」
「店長、手伝ってくれるんですよね?」
「とんでもない。君のための会ですよ。ちなみに、不合格ならアルバイトを辞めるということになりました」
「えー! ひどっ! 店長ひどっいっす!」
テンポのいい会話に、ましろは二人をキョロキョロと見比べた。
アリス君はとっても困っているけれど、多分、りんごおじさんはアリス君のために動いたのだ。そのことだけは分かる。
ちゃんとお話しして、仲直りするチャンスだもんね!
「アリス君、がんばろう! わたし、こっそり手伝うから!」
「お前、こっそりの意味、分かってないだろ」
大丈夫。りんごおじさんは、耳をふさいでるから。
***
そして、木曜日の《りんごの木》の定休日を飛ばして、金曜日。
ましろは、学校で吉備野桃奈から《かがみ屋》の話を聞いた。
桃奈によると、《かがみ屋》は、おとぎ町の中でもかなり歴史のある人気旅館らしい。えらい政治家や有名な芸能人も泊まりに来るような旅館なのだ。
けれど、支配人のアリスパパは、一般のお客さんや地元の人たちも大切にしている。格安で泊まれる感謝デーや、旅館主催のコンサートなんかもあるそうだ。
「《かがみ屋》さんのおじさん、息子が継いでくれるから安心だ~って、町内会の会議で話してたらしいよ」
桃奈は、ましろにそう話してくれた。
アリスパパのことを思うと、ましろはちょっと複雑な気持ちになってしまう。けれど、アリス君に協力すると決めたからには、アリスパパに理解してもらえるようにがんばらなければならない。
ましろが学校帰りにお店をのぞくと、バックヤードの奥の階段から、アリス君が現れた。
「二階って、そこから行くんだ」
「風呂は商店街の銭湯に行くけど、それ以外は全部そろってんだ。快適だぞ」
有栖川家の方が広くてきれいなんじゃないかと思うけれど、多分避難場所みたいな感じなんだろうな、とましろは思った。
ましろだって、お母さんとケンカして家にいたくないと思った時は、お友達の家に逃げこんだ経験がある。そして、お母さんと仲直りしたら家に戻った。
アリス君も早くお家に帰れるといいね。
ましろがそんなことを考えていると、アリス君は、明日アリスパパたちに食べてもらうスイーツの話をし始めた。
「一応できたんだ。スイーツ」
「すごいね! もう完成⁈」
「いつか作りたいと思ってたケーキなんだよ。でも、なんか物足りなくてさ。試食してくれるか?」
「試食、するする!」
ましろはバックヤードのソファにぽふんっと座った。食い意地が張っているわけじゃない。アリス君に協力しているのだ。
そして、アリス君が冷蔵庫から取り出して来たのは、緑色の生地でたっぷりのクリームを巻いたロールケーキだ。
「うわぁぁ~! おいしそう!」
一切れお皿に切り分けてもらうと、ましろはクンクンとにおいをかいだ。
「抹茶のいい香り」
「おとぎ商店街のお茶屋さんイチオシの抹茶。カップケーキの時よりも多めに入れてる」
「クリーム、ちょっとピンク色だね」
「小豆クリームだからな。上品な和菓子の甘さと洋菓子のなめらかさを合わせてみた」
「いいとこ取りのコラボだね!」
ましろは、アリス君の解説にうなずきながら、ロールケーキをフォークでひと口ぱくりと食べた。
「おいしいー! すっごくおいしい!」
ケーキの部分はふわふわで、クリームはスッととろける。そして抹茶と小豆の風味はちゃんと口の中に残っている。
これは大人も子どもも関係なく、好きな味だろう。
「おいしいおいしいだけじゃなくて、なんか他にないのかよ。ホラ、おかわりやるから」
アリス君はましろの感想を求めて、新しい一切れを用意しようとしてくれた。けれど、ましろは「うーん」とおかわりをためらってしまう。
「もう、おなかが満足かな」
「はっ⁈ お前、こないだのカップケーキはペロッと食ってたのに?」
アリス君は驚いて目を丸くしていたが、実はましろ自身も驚いていた。
別に、ロールケーキは甘すぎるわけでも、濃厚すぎるわけでもない。量も普通だし、おなかの空き具合もそれほど変わらない。
けれど、アリス君のカップケーキや、りんごおじさんの料理のように、もっと食べたい! という気持ちが、いまひとつ弾けない。
ましろは頭をひねって考え、ひとつひらめいた。
「カップケーキも、りんごおじさんのご飯も、わくわくした!」
「わくわくぅ?」
アリス君は、目付きの悪い目をぱちくりした。
「アリス君! このロールケーキの名前は⁈」
「えっと……。【抹茶ロールケーキ】?」
「ほらほら! つまんないよ。りんごおじさんは、料理の名前は子どもたちが喜んでくれて、家族の話題になるように考えるって言ってたよ。そういうのがないんだよ」
「んなこと言われても……」
そう言いながらも、アリス君は真剣な顔になっていた。
「たしかに、地味だよな。華もないし、味も短調だ」
「あっ! じゃあ、和風の飾りなんてどう?」
ましろの頭にパッと浮かんだのは、お正月の門松だ。最近のものは、カラフルなお花や水引きが使われていて、竹の緑色にとっても映えて華やかだ。年中飾っておきたいと思ったこともある。
「抹茶の色って、竹の緑色みたいだし」
「なるほどなぁ。たしかに《かがみ屋》の門松もきれいだったな……」
そこまで言って、今度はアリス君がひらめいた。
「あー! これ、面白いかも。わくわくかも」
「えっ⁈ なになに? どんなの?」
「接客のテストに合格したら、教えてやるよ」
アリス君は「わくわくしてきた」と、ニヤッといたずらっぽく笑った。
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