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「ふう、良い夜じゃなぁ」
庭に吊るしたハンモックに寝そべりながら、セリシティアンは報酬のワインを味わっていた。夜空には満天の星、少し冷たさを孕んだ夜風が気持ちいい。
いつもなら美酒に気持ちよく酔っているところなのだが、何やら心がモヤモヤと晴れない。
「変じゃのう、体調は悪くないのに」
何だか胸の奥が妙に切ない。
目を閉じると、「セリ、好きだ」と刷り込むように何度も囁かれた愛の言葉が頭を過る。仕事を後に引きずったことなんてただの一度だってなかったのに。
「参ったのう……」
50年もののヴィンテージをゴクっと飲み干す。相当お高いらしいがそんなことは気にしない。そうしてハンモックに揺られながら、うつらうつらと夢現を漂う。
――アウリス、不思議な子じゃったな。
あんなに真っ直ぐに好きだとぶつけられたことはなかった。
あなたを思うと苦しい、とこぼされた涙は本当に美しかった。
素直で優しく高潔な魂を持つ青年。
溢れるような神聖力は紛れもない王族の証だ。
きっとこれからますますいい男になるであろうな。
それを見届けられないのはちょっと……否かなり残念だな、とセリシティアンは思った。
「こんなところで寝ては風邪を引いてしまうよ」
空耳だろうか。
ここは弟子以外は立ち入れない結界が張り巡らされている筈なのだが。
「ん? リシュー?」
ちょっと声が違うような気がするけれど、妙に瞼が重くて起き上がれない。
「寝ぼけて他の男の名を呼ぶなんて……妬けるな」
不穏な空気を感じて一気に頭が覚醒する。そしてガバっと起き上がって更に我が目を疑う。
「なんで、じゃ? そなた、どうして……」
一週間前に別れたばかりの依頼主――アウリスが苦笑しながら佇んでいた。
「言っただろう? どんな形でもあなたを手に入れるって」
「なにをバカな……そなた王太子じゃろう? こんなところにフラフラ出歩いて良い身分じゃなかろうに」
「もう王太子じゃないよ」
「なんじゃと!?」
「僕の代わりなんていくらでもいる。でも、あなたはたった一人だ」
アウリスはすっと跪いてセリシティアンの手を取った。
「僕をあなたの弟子にして下さい。誠心誠意お仕え致します」
「……は!?」
「もう僕の気持ちを錯覚なんて言わせませんよ。今日からこちらに住みますので、よろしくご指導くださいね、師匠」
ちゅっと手の甲に口付けて、アウリスはニッコリ微笑んだ。
一週間前とは別人の様な精悍さと男らしい色香まで湛えたその様に、セリシティアンは一瞬目を奪われてしまった。そんな彼女の頬を愛おし気に撫でて、アウリスは掠めるように唇を奪った。
「この一週間、本当に長かった。会いたくて堪らなかったよ、セリ」
今度は切実でひたむきな眼差しに囚われる。
ああ、そうだったのか、とセリシティアンはようやく理解した。
自分はとっくにこの青年に心を奪われていたのだ。
初めて肌を許したのも、唇を許したのも、そういうことだったのか。
「妾も、やっと分かった。ずっとそなたに会いたかったようじゃ」
「セリ……本当に?」
「うむ。今やっと分かったんじゃ、気付くのが遅れてすまぬの」
困ったように小首を傾げるセリシティアンを、アウリスはガバっと抱きすくめた。
「うっ……く、苦しいぞアウリス」
「ごめん、でも嬉しくて……本当に嬉しいセリ……あなたと共に生きることを許して欲しい」
セリシティアンはアウリスの頭を優しく撫でた。
「後悔せぬか?」
「今あなたを失えば一生後悔するだろうな」
「全く仕方のない子じゃ。好きにするが良い」
「セリ!!!」
「ぐううっ! だから苦しいと言っておろうが!!」
離せ! 離さない! の攻防を繰り広げながらも、セリシティアンの心は嘘のようにすっきりと晴れ渡り、これまで感じたこともない喜びと幸せを感じていたのだった。
庭に吊るしたハンモックに寝そべりながら、セリシティアンは報酬のワインを味わっていた。夜空には満天の星、少し冷たさを孕んだ夜風が気持ちいい。
いつもなら美酒に気持ちよく酔っているところなのだが、何やら心がモヤモヤと晴れない。
「変じゃのう、体調は悪くないのに」
何だか胸の奥が妙に切ない。
目を閉じると、「セリ、好きだ」と刷り込むように何度も囁かれた愛の言葉が頭を過る。仕事を後に引きずったことなんてただの一度だってなかったのに。
「参ったのう……」
50年もののヴィンテージをゴクっと飲み干す。相当お高いらしいがそんなことは気にしない。そうしてハンモックに揺られながら、うつらうつらと夢現を漂う。
――アウリス、不思議な子じゃったな。
あんなに真っ直ぐに好きだとぶつけられたことはなかった。
あなたを思うと苦しい、とこぼされた涙は本当に美しかった。
素直で優しく高潔な魂を持つ青年。
溢れるような神聖力は紛れもない王族の証だ。
きっとこれからますますいい男になるであろうな。
それを見届けられないのはちょっと……否かなり残念だな、とセリシティアンは思った。
「こんなところで寝ては風邪を引いてしまうよ」
空耳だろうか。
ここは弟子以外は立ち入れない結界が張り巡らされている筈なのだが。
「ん? リシュー?」
ちょっと声が違うような気がするけれど、妙に瞼が重くて起き上がれない。
「寝ぼけて他の男の名を呼ぶなんて……妬けるな」
不穏な空気を感じて一気に頭が覚醒する。そしてガバっと起き上がって更に我が目を疑う。
「なんで、じゃ? そなた、どうして……」
一週間前に別れたばかりの依頼主――アウリスが苦笑しながら佇んでいた。
「言っただろう? どんな形でもあなたを手に入れるって」
「なにをバカな……そなた王太子じゃろう? こんなところにフラフラ出歩いて良い身分じゃなかろうに」
「もう王太子じゃないよ」
「なんじゃと!?」
「僕の代わりなんていくらでもいる。でも、あなたはたった一人だ」
アウリスはすっと跪いてセリシティアンの手を取った。
「僕をあなたの弟子にして下さい。誠心誠意お仕え致します」
「……は!?」
「もう僕の気持ちを錯覚なんて言わせませんよ。今日からこちらに住みますので、よろしくご指導くださいね、師匠」
ちゅっと手の甲に口付けて、アウリスはニッコリ微笑んだ。
一週間前とは別人の様な精悍さと男らしい色香まで湛えたその様に、セリシティアンは一瞬目を奪われてしまった。そんな彼女の頬を愛おし気に撫でて、アウリスは掠めるように唇を奪った。
「この一週間、本当に長かった。会いたくて堪らなかったよ、セリ」
今度は切実でひたむきな眼差しに囚われる。
ああ、そうだったのか、とセリシティアンはようやく理解した。
自分はとっくにこの青年に心を奪われていたのだ。
初めて肌を許したのも、唇を許したのも、そういうことだったのか。
「妾も、やっと分かった。ずっとそなたに会いたかったようじゃ」
「セリ……本当に?」
「うむ。今やっと分かったんじゃ、気付くのが遅れてすまぬの」
困ったように小首を傾げるセリシティアンを、アウリスはガバっと抱きすくめた。
「うっ……く、苦しいぞアウリス」
「ごめん、でも嬉しくて……本当に嬉しいセリ……あなたと共に生きることを許して欲しい」
セリシティアンはアウリスの頭を優しく撫でた。
「後悔せぬか?」
「今あなたを失えば一生後悔するだろうな」
「全く仕方のない子じゃ。好きにするが良い」
「セリ!!!」
「ぐううっ! だから苦しいと言っておろうが!!」
離せ! 離さない! の攻防を繰り広げながらも、セリシティアンの心は嘘のようにすっきりと晴れ渡り、これまで感じたこともない喜びと幸せを感じていたのだった。
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ピュアで一途なイケメンに溺愛なんて最高ですよね🤣
一応こちらで完結になりますが、気が向いたら続きの二人のエピソードなど追加するかも知れません😊
ⓡⓔⓘ様に素敵なクリスマスが訪れますように…💝
別のお話からこちらへお邪魔しました(。ᵕᴗᵕ。)
R18の「治療」のお話なのに、キュンキュンしてしまいました(⸝⸝⸝ᵒ̴̶̷̥́ ᴗ ᵒ̴̶̷̣̥̀⸝⸝⸝)
拝読させて頂きありがとうございました(୨୧•͈ᴗ•͈)◞ᵗʱᵃᵑᵏઽ*♡
かみつれパン様
見付けて下さってありがとうございます😆
しかもキュンキュンして頂けたなんて!嬉しすぎて鼻血出そうであります(˶‾᷄ །། ‾᷅˵)
こちらこそ嬉しい感想頂きありがとうございました☺️
退会済ユーザのコメントです
りー様
わわ!待っていて下さったなんて嬉しすぎます!ありがとうございます!😭
もう無茶苦茶趣味に走ったもので恐縮ですが🙇♀️少しでも楽しんで頂けたら嬉しいであります😂