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16遠乗り
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「明日2人だけで遠乗りに行こう」
いつもの様に唐突に現れて、私を抱きすくめながらシグルドが耳元で囁いた。
私が不思議そうに見上げると、シグルドはにっと口の端を吊り上げた。
「久々に時間が取れそうなんだ。遠乗りといってもうちの領内だがな」
「まあ!嬉しいわシグルド」
私は伸び上がって頬に口付けた。
シグルドとの婚姻を3ヶ月後に控え、様々な打ち合わせに時間を取られることが多くなっていた。
ゆっくり2人の時間を取れない日々が続き、私の中でジワジワと寂しさが降り積もっていた。
シグルドは私の心が読めるのだろうか。本当にいつも欲しいタイミングで欲しいものをくれる。私はシグルドの背に腕を回しながら、喜びに心を沸き立たせていた。
翌日は早くに目覚めてしまった。私は厨房へ行き、料理長に食材を分けてもらってサンドウィッチを作った。
そういえばリーティアとなってから料理をするのは初めてだ。前世の私は早くから一人だったので、実は料理が得意だった。
ただあまり本気を出すのも変に思われそうだし……一先ず色々な具材のサンドウィッチを多めに作ってバスケットに詰め込んだ。
「まあ!」
私の目の前には、穏やかに凪いだ美しい湖面が広がっていた。その畔には彩りも鮮やかな花々が咲き乱れている。
「なんて綺麗なの……」
馬を湖に近い木に括り、私を抱き降ろしながらシグルドが満足げに笑った。
「気に入ったか?」
「ええ、とても!」
「昔から一人になりたい時は良くここに来るんだ」
「シグルドが一人に?」
「まあ、俺にもそんな時はある」
ふっと遠くを見詰めるシグルドに、私の胸がざわついた。
私がシグルドに話せないでいる事があるように、シグルドにもまた私の知らない何かがあるのだ。
私は彼のことを理解しているつもりだったけれど、実はほんの一端でしかないのかもしれない。一抹の寂しさを覚えた。そしてふと思う。いつかこの人に全てを打ち明けたい、と。
シグルドは大きな木の根元に敷物を敷くと胡座をかいて座り、その上に私を座らせ後ろから抱き締めた。
「ティア、俺がいつもどれだけ君に会いたいか……君は知らないだろ?」
耳朶を食みながらシグルドが囁く。腰を抱いていた筈の掌は、不埒に私の胸元を弄る。
「ん……まってシグルド」
私は顔だけ振り返ってシグルドの額に額を合わせた。
「お腹、空かない?」
「ああ、ティアが欲しい」
パクリと唇を食まれた。抗議のため開きかけた唇に厚い舌が捩じ込まれる。口内をねっとりと執拗に貪られ、いつしか私はくたりとシグルドに体を預けた。
「可愛いなティア」
私が熱く潤んだ瞳で睨むと、シグルドは情欲の灯った目を細めて、私の頬を優しく撫でた。
「そんな顔も堪らないな」
「本当に……あなた私に甘すぎるわ」
私がため息混じりに苦笑すると、シグルドは私をすっぽりと抱き込んだ。
「ずっと君だけが欲しかったんだティア」
「ずっと?」
シグルドが私の耳元で笑う気配がした。
「全く……我ながら狂ってるとしか思えないな」
「シグルド?」
「ああ、すまない」
こんなシグルドは珍しい。彼の顔を下から覗き込むと、シグルドの瞳は切なげに揺れていた。
「ここはいつも自分と向き合う場所だったんだ。だからかな、妙なこと口走ってるよな」
ふっと自嘲の笑みを零すシグルドに、何故か胸が締め付けられた。私は振り返って膝立ちになると、シグルドの頭をそっと胸に抱いた。
「ねえ……いつか教えて、あなたのこと」
シグルドは私の背に腕を回した。
「……ああ、覚悟しろよティア。逃げたいと言っても逃してやらないからな」
服の上から膨らみに口付けながら、シグルドがくくっと笑った。私は指先をサラサラと擽る赤毛を撫で梳く。
「仮に逃げても、地の果てまでも追ってくるのでしょう?」
「当然だろ?君は俺のものだ、絶対逃がさない」
私はこの狂気めいた独占欲が堪らなく好きだ。彼が一度私を抱いたのは情欲のためだけでなく、確実に退路を断つためなのだろう。
もし私がシグルドを愛することまでもが織り込み済みなのだとしたら?
捕らわれた、逃げられない。私はいつでもシグルドの掌の上――背筋がゾクリと粟立つ。
恐怖ではない、むしろこれは歓喜だ。
つくづく思う。私達はどこか歪で壊れている。そして歪んだ形のまま完璧に噛み合う悪魔のような唯一無二。
本当に堪らない。こんな男と出会えるなんて――私は改めて運命に感謝した。
私はシグルドの頬に手を当て顔を上向かせた。そして澄んだスカイブルーの瞳を捕らえて、蕩けるように笑んだ。
「私もあなたを逃がさないわシグルド。あなた以外愛せる男はいないもの」
シグルドが食い入るように私を見詰める。私は慈しむように親指の腹でシグルドの下唇をゆっくりとなぞる。
「ねえ、言ったでしょう?あなたがくれるものは何でも嬉しいって。例えそれが狂気だとしても……」
視界が反転する。私は敷物の上に横たえられ、圧し掛かるシグルドを見上げた。ギラギラと情欲を滾らせた捕食者の瞳が、射殺さんばかりに私を見下ろしていた。
ああ、本当に堪らない。私がうっとりと夢心地に微笑むと、甘い仕置のように嵐のような口付けが降ってきた。
「まさかこれ、ティアが作ったのか?」
私はぐったりと敷物の上に横たわったまま、ゆっくりと頷いた。体中弄られ、何度も高みを味わった倦怠感で暫く起き上がれそうもなかった。本当にシグルドは容赦がない。
「口に合うといいのだけれど……」
「美味い……!」
多めに作った筈が、シグルドはあっという間に平らげた。
「ティアが料理できるなんて知らなかったな」
「え、ええ。貴族の娘はあまりしないものね」
まさかここで前世の記憶があるから、などと言える筈もない。
「機会があったら、また作るわ。あなたのために」
「ティア……」
シグルドは嬉しそうに目を細めると、頬に、瞼に、唇に優しく口付けた。そして私の傍らに身を横たえると、そっと抱き寄せた。
「あと3ヶ月か」
「ええ、もうすぐね」
「……長いな」
「あっという間よ」
私が笑うと、シグルドはふっと目を伏せた。
「そうだったな、たったの3ヶ月だ」
たったの3ヶ月――この言葉に込められたシグルドの本当の思い。それを私が知るのはこれより少し先のことだった。
いつもの様に唐突に現れて、私を抱きすくめながらシグルドが耳元で囁いた。
私が不思議そうに見上げると、シグルドはにっと口の端を吊り上げた。
「久々に時間が取れそうなんだ。遠乗りといってもうちの領内だがな」
「まあ!嬉しいわシグルド」
私は伸び上がって頬に口付けた。
シグルドとの婚姻を3ヶ月後に控え、様々な打ち合わせに時間を取られることが多くなっていた。
ゆっくり2人の時間を取れない日々が続き、私の中でジワジワと寂しさが降り積もっていた。
シグルドは私の心が読めるのだろうか。本当にいつも欲しいタイミングで欲しいものをくれる。私はシグルドの背に腕を回しながら、喜びに心を沸き立たせていた。
翌日は早くに目覚めてしまった。私は厨房へ行き、料理長に食材を分けてもらってサンドウィッチを作った。
そういえばリーティアとなってから料理をするのは初めてだ。前世の私は早くから一人だったので、実は料理が得意だった。
ただあまり本気を出すのも変に思われそうだし……一先ず色々な具材のサンドウィッチを多めに作ってバスケットに詰め込んだ。
「まあ!」
私の目の前には、穏やかに凪いだ美しい湖面が広がっていた。その畔には彩りも鮮やかな花々が咲き乱れている。
「なんて綺麗なの……」
馬を湖に近い木に括り、私を抱き降ろしながらシグルドが満足げに笑った。
「気に入ったか?」
「ええ、とても!」
「昔から一人になりたい時は良くここに来るんだ」
「シグルドが一人に?」
「まあ、俺にもそんな時はある」
ふっと遠くを見詰めるシグルドに、私の胸がざわついた。
私がシグルドに話せないでいる事があるように、シグルドにもまた私の知らない何かがあるのだ。
私は彼のことを理解しているつもりだったけれど、実はほんの一端でしかないのかもしれない。一抹の寂しさを覚えた。そしてふと思う。いつかこの人に全てを打ち明けたい、と。
シグルドは大きな木の根元に敷物を敷くと胡座をかいて座り、その上に私を座らせ後ろから抱き締めた。
「ティア、俺がいつもどれだけ君に会いたいか……君は知らないだろ?」
耳朶を食みながらシグルドが囁く。腰を抱いていた筈の掌は、不埒に私の胸元を弄る。
「ん……まってシグルド」
私は顔だけ振り返ってシグルドの額に額を合わせた。
「お腹、空かない?」
「ああ、ティアが欲しい」
パクリと唇を食まれた。抗議のため開きかけた唇に厚い舌が捩じ込まれる。口内をねっとりと執拗に貪られ、いつしか私はくたりとシグルドに体を預けた。
「可愛いなティア」
私が熱く潤んだ瞳で睨むと、シグルドは情欲の灯った目を細めて、私の頬を優しく撫でた。
「そんな顔も堪らないな」
「本当に……あなた私に甘すぎるわ」
私がため息混じりに苦笑すると、シグルドは私をすっぽりと抱き込んだ。
「ずっと君だけが欲しかったんだティア」
「ずっと?」
シグルドが私の耳元で笑う気配がした。
「全く……我ながら狂ってるとしか思えないな」
「シグルド?」
「ああ、すまない」
こんなシグルドは珍しい。彼の顔を下から覗き込むと、シグルドの瞳は切なげに揺れていた。
「ここはいつも自分と向き合う場所だったんだ。だからかな、妙なこと口走ってるよな」
ふっと自嘲の笑みを零すシグルドに、何故か胸が締め付けられた。私は振り返って膝立ちになると、シグルドの頭をそっと胸に抱いた。
「ねえ……いつか教えて、あなたのこと」
シグルドは私の背に腕を回した。
「……ああ、覚悟しろよティア。逃げたいと言っても逃してやらないからな」
服の上から膨らみに口付けながら、シグルドがくくっと笑った。私は指先をサラサラと擽る赤毛を撫で梳く。
「仮に逃げても、地の果てまでも追ってくるのでしょう?」
「当然だろ?君は俺のものだ、絶対逃がさない」
私はこの狂気めいた独占欲が堪らなく好きだ。彼が一度私を抱いたのは情欲のためだけでなく、確実に退路を断つためなのだろう。
もし私がシグルドを愛することまでもが織り込み済みなのだとしたら?
捕らわれた、逃げられない。私はいつでもシグルドの掌の上――背筋がゾクリと粟立つ。
恐怖ではない、むしろこれは歓喜だ。
つくづく思う。私達はどこか歪で壊れている。そして歪んだ形のまま完璧に噛み合う悪魔のような唯一無二。
本当に堪らない。こんな男と出会えるなんて――私は改めて運命に感謝した。
私はシグルドの頬に手を当て顔を上向かせた。そして澄んだスカイブルーの瞳を捕らえて、蕩けるように笑んだ。
「私もあなたを逃がさないわシグルド。あなた以外愛せる男はいないもの」
シグルドが食い入るように私を見詰める。私は慈しむように親指の腹でシグルドの下唇をゆっくりとなぞる。
「ねえ、言ったでしょう?あなたがくれるものは何でも嬉しいって。例えそれが狂気だとしても……」
視界が反転する。私は敷物の上に横たえられ、圧し掛かるシグルドを見上げた。ギラギラと情欲を滾らせた捕食者の瞳が、射殺さんばかりに私を見下ろしていた。
ああ、本当に堪らない。私がうっとりと夢心地に微笑むと、甘い仕置のように嵐のような口付けが降ってきた。
「まさかこれ、ティアが作ったのか?」
私はぐったりと敷物の上に横たわったまま、ゆっくりと頷いた。体中弄られ、何度も高みを味わった倦怠感で暫く起き上がれそうもなかった。本当にシグルドは容赦がない。
「口に合うといいのだけれど……」
「美味い……!」
多めに作った筈が、シグルドはあっという間に平らげた。
「ティアが料理できるなんて知らなかったな」
「え、ええ。貴族の娘はあまりしないものね」
まさかここで前世の記憶があるから、などと言える筈もない。
「機会があったら、また作るわ。あなたのために」
「ティア……」
シグルドは嬉しそうに目を細めると、頬に、瞼に、唇に優しく口付けた。そして私の傍らに身を横たえると、そっと抱き寄せた。
「あと3ヶ月か」
「ええ、もうすぐね」
「……長いな」
「あっという間よ」
私が笑うと、シグルドはふっと目を伏せた。
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