前世魔性の女と呼ばれた私

アマイ

文字の大きさ
上 下
4 / 32

4 ユージンと私

しおりを挟む
「……っく……ティア……ティア……」

幼いユージンが泣いている。ああ、これは夢だ、と浅い微睡の中で悟る。

ユージンは本当に泣き虫だった。転んだ、叱られた、雷が怖い、勉強が嫌――事あるごとに良く泣いた。

年上なのに頼りなくて、男の子なのに臆病で泣き虫。幼心にも私がしっかりしなきゃ!と妙な義務感に駆られたものだ。

私にとってユージンは弟の様で、大切に守りたい存在だった。
そんな頼りなくて優柔不断なユージンが初めてきっぱり示した意思表示――それが婚約破棄だった。

これまで共に過ごした年月全てが否定されたように感じた。私が受けた衝撃は、過去の記憶を呼び覚ますほどに強烈だった。
私なりに大切に思っていたのに、彼は違ったのだ。その悲しみは今も胸に残っている。





「どうして私とユージンを婚約させたの?」

私の問いに母──アリアドネがいつになく困った顔をした。婚約破棄したばかりの私を気遣っているのだろう。

「ユーちゃんはあの通り頼りないでしょ?レイにお願いされたの。しっかり者のティアちゃんを是非ユーちゃんにって」

レイ様――シグルドとユージンのお母様であるフレイヤ公爵夫人。母とは学園の同級生で親友の仲だ。ユージンの容貌はレイ様によく似ていた。その為かユージンは線が細くやや中性的だった。

「ティアちゃん、今回のことはあなたを傷付けてしまったわね、本当にごめんなさい。ユーちゃんのしたことはティアちゃんの母としては絶対に赦せない。でも、ずっと小さなころから見守ってきた身としては、一つの成長を見届けた気持ちもあるの」

母は泣き笑いの様な複雑な笑みを浮かべた。

「もちろん私にはティアちゃんが一番だけど、ユーちゃんも息子のように可愛い。いつか二人が別の形で笑い合える日が来るといい…なんて流石におめでたいわね、ごめんなさい」

「……そんな日が……くるかしら……」

ポツリと零れた言葉に、母は何も答えずただ優しく微笑んだ。





人生とは何があるか分からない。ユージンとの婚約破棄からそう日を置かずして、私はシグルドと婚約した。そして初めて恋というものを知った。今も戸惑うことが多いけれど、胸の昂ぶりや会えない時間がもたらす切なさは、ユージンとの間には育めなかった感情だ。

こんな気持ちを知ってしまっては、ユージンもとても私と結婚などと思えなかっただろう。そのために彼が払った代償は小さくはなかったけれど。
私は徐々に彼の心情を理解できるようになっていた。



そんなある日――
その日私は母と共にロジーヌ邸を訪れていた。レイ様からティータイムに呼ばれていたのだ。

「私はね、娘が欲しかったんだ。だから可愛いティアが嫁に来てくれるのが本当に嬉しい。バカ息子ユージンのことはいつでもティアの気の済むようにしてくれ」

柳眉を顰めると、レイ様は優雅な仕草ですいっとカップを傾けた。レイ様は女性にしてはやや凛々しい外見に似合う、男性のような物言いをする。彼女に会うたび私は「宝塚」という言葉が頭に浮かぶのだ。

「ユージンのことが吹き飛ぶほどに、シグルドが良くしてくれてますから」

私がにっこり微笑むと、レイ様は嬉しそうに目を細めた。

「いいな、美人の笑顔というものは。私はリアが心底羨ましかった」

「私は男の子も欲しかったのよ~お互いないものねだりね」

「違いないな」

そういってふふっと笑い合う二人は、とても無邪気な少女のようだった。




少し風に当たりたい、と私は二人を残して庭に出た。頬を撫でる風が心地いい。日の眩しさにふっと目を細めた時――

「……ティア……」

振り替えるとユージンが佇んでいた。なんとも情けないバツの悪そうなその顔を見て、私は何だか笑ってしまった。

「久しぶりねユージン」

私が笑ったのでユージンはあからさまにホッと表情を緩めた。

「ティア、僕ずっと謝りたかったんだ。君には本当に酷いことを……」

「言ったでしょ、私あなたに感謝してるって」

「うん……それでも……ティアを傷付けてしまったことが、ずっと苦しかった」

「私を傷付けてでも、欲しいものがあったんでしょ?」

今の私なら、本当の意味でユージンの気持ちが理解できた。ユージンはきゅっと顔を引き締めると、力強く頷いた。

「僕はずっとティアに守られていたけど、初めて自分が守りたいって思えた人なんだ。だから、どうしても気持ちを偽れなくて……」

ユージンが私の知らない男の顔で恋心を訴える。もうあの頃の私達ではない、無邪気に笑い合っていたあの頃の私達では――

寂しさを感じた。それでもユージンのその気持ちを尊重したいと素直に思えた。私はやっぱりユージンに甘い。

「ユージン、私達はそれぞれ別の運命に出会ったのよ。道は分かれてしまったけれど、あなたが大事な人であることに変わりはないわ」

本心だった。会ってしまったら、やはりユージンは私にとって大事な人だと思い知らされる。ユージンは瞳を潤ませたまま私を見詰めた。

「ティア……ティアも僕にとって大事な人だ。傷つけて本当にごめん……これからも君のことはずっとずっと大切だよ」

ユージンの頬を涙が伝った。泣いているのに一生懸命笑おうと顔を変に歪めるので、私は吹き出してしまった。

「ありがとうユージン。あなたって本当昔から憎めないわ」

私はすっと右手を差し出した。ユージンは躊躇いがちにその手を握った。そうして目を合わせ微笑み合った。

「弟のように思っていたけど、まさか本当に義弟になる日が来るなんてね」

私が悪女のように唇を吊り上げると、ユージンは少し嫌そうな顔をした。

「ティアをお義姉様なんて呼べないよ……」

「仕方のない義弟ね」

「ティアは意地悪だな」

頬を膨らませるユージンが昔の面影に重なって、私は心の底から笑うことが出来た。






帰りの馬車内で、私を見ながら母が満面の笑みを浮かべた。

「ティアちゃん、ユーちゃんと仲直りできた?」

「まさか……仕組まれてたの?」

「ユーちゃんには機会を与えただけ。どうするかはユーちゃん次第だったのよ」

やはり……道理で都合よくユージンが現れたと思ったのだ。でも、私は母たちの計らいに感謝した。

「もう私たちは大丈夫よ。お母様ありがとう」

母はそれはそれは嬉しそうに顔を綻ばせると、私を優しく抱き締めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

女王陛下、誤解です〜ヤリチン王子が一穴主義になったのはアタシのせいじゃありません!!〜

アムロナオ
恋愛
夢だった女王陛下の近衛隊に入ったダニエルは、休暇先でいい男を見つけた。 顔良し、身体よし、ほどよく遊び人のサニーとお互い遊びと割り切り一夜をすごすが、実は彼はダニエルの雲の上の上司でおまけにヤリチン王子だった!! もう会うことはないと思っていたが、サニーは王子の立場を利用してダニエルを外堀から囲い、とうとう近衛隊を辞めて愛妾になれと迫ってくる。 女王陛下の情にすがり、なんとかクビだけは回避したものの、ダニエルはサニーの護衛に任命され、内偵調査のため西へ向かうのだった。 (※詳細は『女王陛下、クビだけはご勘弁を〜』をお読みください) 内偵調査に同行したダニエルは、護衛とは名ばかりで毎晩ベッドにひきずりこまれる現状にモヤモヤしつつ、与えらる快感に籠絡されていた。 サニーはいつも夢をみさせてくれる……愛されてると勘違いするほどに。 しかし、いずれは捨てられる運命。 身体だけの関係ならば、彼を利用して少しでも己の地位を高めよう。 そう冷めた気持ちで抱かれていたーーのだが!? 「女王陛下から”王子をよろしく”との言伝です」 「え”っ!!なんで!?」 「なんでって……貴女、殿下の唯一の公妾でしょう」 「いやいやいや、女王陛下、誤解です!!」 ヤリチン王子が一穴主義になったのは、あたしのせいじゃありません。 ◆『女王陛下、首だけはご勘弁を〜』→『ユージン・クラインの憂鬱』の続編です。先にお読みくださいませ ◆えちシーンは予告なく入ります ◆異世界/異国設定、ご都合主義 ◆感想/お気に入り、もらえると嬉しいです ◇番外編『ポーラ・マッキニーの華麗なる借金返済』の内容も少し出てきます

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

愛が重いなんて聞いてない

音羽 藍
恋愛
レベルカンストする程大好きだった乙女ゲーム『誰が為のセレナーデ』の二人いる主人公の一人姉のシアに転生した主人公。 ひたすらマウントしてくるもう一人の主人公の妹とは最速で離れたいと考えていた。 妹と争う学園の運命(ストーリー)から最速で逃げ出す事にして、昔一度出会った少年に一目会いたいなとシンフォニア竜王国への道を旅する事にした。 その先で待つ運命とは。 執着ヤンデレ(変態)竜人族の男×竜人族の女。 ゆるい西洋ふんわりファンタジー風味、そんな世界観なのでリアルとは違う事多数あります。ファンタジーだから♪って思ってください。 地雷要素多め、文章力低く下手です。なんでも許せる方向け。 苦手な方は回避推奨。これ無理ってなったらそっ閉じして見なかった事にしてね。終局はハピエン。 うふふなシーンは前半は少なめで、ストーリー優先で進むと思います。 ある程度ストーリーが進むと多くなるかも? ※予告なくセンシティブが入る為に読む時は、背後にお気をつけてお読み下さい。 毎日投稿(17〜23時の頃に投稿)です。  【療養期間中に付き、停止中→9月から毎日投稿に戻ります】 作者のリアル状況によっては投稿時間がずれて翌日になる事があるかもしれません。 純愛だよ☆ なろうでも掲載しています。 ※現在色々な状況変化でこちら(当アルファポリスさん)の方が先に順次公開となりました。

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

気が付いたら乙女ゲームのヒロインとして監禁エンドを迎えていますが、推しキャラなので問題ないですね

秋月朔夕
恋愛
気が付いたら乙女ゲームのヒロインとして監禁エンドを迎えていた。 けれどその相手が前世で推していたユリウスであったことから、リーシャは心から歓喜する。その様子を目の当たりにした彼は何やら誤解しているようで……

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

処理中です...