皇后陛下の御心のままに

アマイ

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6 sideアルセン

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 初めて会った時のエレインは、フワフワの白銀の髪に肌も白くふくよかな体の少女だった。

「冬の羊のようだな」

 柔らかそうな毛に触れてみたいと口を突いて出た言葉が、まさかあんなにもエレインを傷つけるとは思わなかった。
 あまりのショックにエレインは気を失い、場は騒然となった。
 その光景に俺は呆然となる。
 別に醜いと揶揄ったつもりはない。普段接する悪友達との軽口の乗りだった。
 だが、悪気がなかったとはいえ、繊細な彼女に対してはあまりに軽率だった。
 姉に「言葉のチョイスとデリカシーのなさが最低」と激怒され、本当の意味で自分のしでかしたことの重大さを理解した。
 したのだが――それ以上に俺は、彼女の涙にいい知れぬ興奮をおぼえてしまった。
 あり得ない、こんなことはおかしいと分かってはいるのに、どうしてもあの美しい涙と悲痛な表情が頭から離れない。
 俺はおかしな性癖に目覚めてしまったのだろうか……彼女の涙をもう一度見たいと思うだなど……そんなこと、思うこと自体間違っている。
 死んでも口にしてはならない――
 その後どうにか話す機会を得たいと、幾度も面会の要請や謝罪の手紙を送ったが、全て未開封のまま突き返されてしまった。
 そうして会えないまま数年が経ち、ようやく公の場に姿を現したエレインは、羊の皮を脱ぎ捨て白鳥のごとく生まれ変わっていた。
 その姿は俺を嘲笑うかのように美しかった。
 未練がましく常に謝罪の機会を伺ってはいたものの、エレインは徹底的に俺を無視し拒絶し続けた。
 彼女を目にするたび苦い悔恨に胸が締め付けられる。
 謝罪は単に俺が楽になりたいがための自己満足だと分かっている。もう一度涙が見たいなどという下心はもってのほかだ。
 それでも、俺はいつかエレインに真摯に詫びたいと心から願い続けていた。
 そしてその願いは、思いがけない形で叶ったのだ。
 仮面舞踏会の日、群がる令嬢達から逃れるよう控え室で休んでいた時のことだった。
 先客が居ると知らなかったのか、何者かが部屋に飛び込んできた。
 その後聞こえてきた啜り泣くような声で女だと分かった。
 誰かにつけられたか?
 そう思ったが、すぐにそれは勘違いだと気付く。
 まさかのエレインだった。
 髪もドレスも乱れ、ひどく泣いていて涙で化粧も崩れてしまっている。
 その涙を目にした瞬間、俺の中でようやく一つの確信を得られた。
 女の涙に惹かれるのではない。
 俺はエレインの涙にどうしようもなく惹かれてしまうのだと。
 そしてその涙の訳を考え、羽目を外した男に襲われたとの推測に行き着く。
 メラっと激しい怒りが湧き上がる。
 心ゆくまで慰めてやりたかったが、俺などが側にいては嫌に違いない――そう思って部屋を出ようとしたその時、縋るように引き止めたのはエレインのほうだった。
 信じられなかった。
 長い間願っていた謝罪も、エレインはすんなり受け入れてくれ、その上友になろうなどと言ってくれたのだ。
 震えるほど嬉しかった。
 確かに嬉しかったのだが、一抹の複雑さを感じたことも事実だ。
 あの泣き顔に心を奪われて以降、これまで言葉を交わしたことはなくとも、ずっと気にかけ密かに見続けている月日の中、いつしかエレインは俺にとって特別な女性になっていた。
 拒まれ続けたからこそ余計に執着じみた感情が燃え上がってしまったのか……もう今となっては分からない。
 ただ、彼女を思うと堪らなく苦しくて切なかった。
 そんな報われぬ感情を持て余し、他の女へ目を向けようと努力したこともあったが、誰一人心に響かず長続きはしなかった。
 その結果不名誉な噂が流れることになったのも、全ては自業自得だ。
 そんな俺は己の浅ましさを誰よりも理解している。
 本当は友などではなく、男として彼女の目に映りたかった。
 それでも――俺を拒み続けた彼女が友にと望んでくれるのなら、今はそれでも構わない。
 俺は矢も盾もたまらずアンドレ家へエレインを招待した。
 そこでの彼女との時間は本当に楽しく、少しずつでも近づけている感覚が堪らなく嬉しかった。
 俺を見つめる菫色の瞳に、高く澄んだ柔らかな声音に、どれだけ心を乱されようともう決してエレインを傷つけたくはない。俺に対し流す涙は嬉し涙であって欲しい。
 大切にこの関係を築いていこう。
 俺は真実心からそう願っていたんだ。
 彼女に婚姻の話が持ち上がったと知らされたあの日までは――
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