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第2章:城塞都市「ナラキア」編
第6話:拳闘士
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有り得ない。
こんなこと、有り得るはずがない。
目の前で1人、また1人と屠られていく仲間の断末魔がこだまする。
ミルゲは頭を抱えて後ずさった。こんなこと、予想できるはずがない。今日一緒に連れて来た連中は、いずれ序次級に昇格することが確実視されているホープたちだ。つまり、普通のプレイヤーでは束になっても敵わない実力を有しているということ。
その若獅子達が、まるで歯が立たない。
こんなちんちくりんの、坊主頭1人に。その上、武器は拳に装備した拳鍔だけだ。
拳闘士風情に、騎士が敗れるなど――
「オオオオオオオ」
残った2人が、坊主頭を両側から攻め立てる。息もつかせぬ剣戟はしかし、「ゴウ」と呼ばれるプレイヤーにはかすりもしない。
「その実力で、良く俺に突っかかってきたもんだ」
坊主は涼しい顔でため息をつくと、鋭い目線を攻め来る2人に浴びせかけた。声を上げる間もなく、2人は突如見えない棍棒で殴られたように吹き飛ばされる。
あれだ。
あの力は何なのだ。このTCKに魔術はあれど、あんな念動力のような能力は存在しないはず。少なくとも、今までプレイしてきて目にしたのも耳にしたのもこれが初めてだ。
「ミルゲさん! 大丈夫です、何ともありません。妙な力には違いないですが、ダメージは入ってないです」
近くに飛ばされてきた1人が、立ち上がりながら叫んだ。
「ただ吹き飛ばされるだけなら、勝機はあります。一斉に攻撃すれば、あの妙な力をかいくぐれるかもしれません」
本当にそうだろうか。
そもそも、あの力の効果はどのようなものなのだろう。念動力のように自由自在に物体を操ることができるのか、はたまたただ「吹き飛ばす」ことしかできないのか。範囲攻撃なのか、個別にターゲットを指定しないと発動できない類のものなのか。
1つだけ言えることは、今こうして坊主頭を観察していても、答えは見つからないということだ。
「よし、俺も魔術を解放する。お前らは両脇から挟み込め」
「了解しました!」
ミルゲは剣を構えると、ふてぶてしい表情の「ゴウ」をにらみつけた。
負けるわけにはいかない。
俺はミルゲ。TCK最大のギルド「鳳凰騎士団」の第13序次騎士。
こいつらとは違う――選ばれたプレイヤーなのだから。
******
「……本当ですか?」
「ああ、もちろん全部返してやる。ただし、信憑性のある話じゃなけりゃ駄目だ」
「でも、噂話だから証拠も何も」
「ずべこべ能書きたれてる暇あったら、早く話した方が良い。いつ何時、気が変わらないとも限らねぇからな」
まるで夢でも見ているようだ。
あれほど高慢だったミルゲが敬語を使っている。それも、ちんちくりんの坊主頭相手に。
結局、ミルゲを含む5人の鳳凰騎士団員は、豪に指一つ触れることもできないままに敗北した。観戦していた限りでは、ミルゲ以外の連中も、金に物を言わせた黄金装備にすさまじい剣技と十人前の力を発揮していたが、豪の前にはそれも無意味だった。
結局、能力を使ったと分かったのは最初の数回だけだった。どうやらモノを「吹き飛ばす」力らしいが、それ以上のことは分からない。
50%ルールならいざ知らず、デスマッチの場合、敗北した方にはペナルティが課せられる。ミルゲ達も例に漏れず、経験値やアイテム消失の憂き目にあったようだった。その上手持ちの金の大半をベットしていたらしく、決闘終了後の彼らの憔悴ぶりには、流石の僕も心が痛んだ。
まさか5対1で負けるとは露ほども思わなかっただろう。
全てを失い茫然としていた連中に対して、豪は妙な要求を突きつけた。
TCK内で最近流れている妙な噂話を知っていれば、洗いざらい話せ。
もし俺が知りたい内容だったら、奪った金は返してやる、というものだった。
「わ、分かりました! 話しますから」
ミルゲの取り巻きの内1人が、慌てて口を開いた。しかし話す内容に自信がないのか、声はぼそぼそと聞き取り辛い。
「最近、プレイ中に突然意識が途切れるバグの噂を時々聞きます」
「詳しく話せ」
「私も聞いた話なので、本当かどうかは分かりませんが……TCKプレイ中に突然意識が途切れ、しばらく後に何事もなかったかのように目覚めるんだそうです。意識がない間の記憶はなく、中には経験したのに気づいていないやつもいるとか。その上、そのバグは1人だけじゃなく、一定数の集団にまとめて発現するらしいですよ」
そう男は語ったが、豪の反応は鈍い。
「その話はもう知ってる。実際に体験したやつは知らんのか」
「それはちょっと。私に話したやつもまた聞きだったらしくて。ただ、意識が途切れる前に老人のような人影を見た、って話もあります」
「何じゃそりゃ。完全にオカルトじゃねぇか。俺はそんな話が聞きたいわけじゃねぇんだよ」
苛立つ豪を見かねて、ミルゲが横から口を出す。
「信憑性ならあります! 実は俺の知り合いにリースブレイン社の人間がいるんですが、このバグのことは運営側も認識していると聞いています。
……どうです。これは一部の人間しか知らない秘密ですよ。信憑性も高いし、そろそろ金を返してもらえませんか」
卑しくまなじりを下げるミルゲに、豪は微笑んだ。
「駄目だ」
「な、なんで」
「俺が欲しい情報じゃないかったから。
それよりも――例えばそう、最近だと隣街でプレイヤーが突然行方をくらませたって話を耳に入れたんだが、聞いたことのあるやつはいるか」
大半は困惑したように顔を見合わせていたが、
「ああ、それなら」
と取り巻きの1人が安堵したように話し出す。
「その話ならつい最近聞きましたよ。ほんとに前触れなく消えたらしいです。まあ、突然ログインしなくなるプレイヤーだっているにはいますけど、貴重なTCKのβテスト参加権を放棄するやつは珍しいですからね」
「たかが1プレイヤーが消えただけで噂になるなんて、よほど有名なやつだったのか?」
口をはさむミルゲに、男は奇妙な表情を浮かべる。それは肯定と否定がないまぜになった、ちぐはぐな表情だった。
「ええ、ある意味有名でしたね」
「どういうことだ?」
「そいつ、アイテム屋をやってたんです」
「……ハァ? わざわざTCKに参加して、そんな妙なことやってるやつがいたのか」
「はい。魔物も狩らずに、遠方のエリアでしか手に入らないようなアイテムなんかを売ってましたね。個人商みたいな感じで」
それを聞いた豪は何やら考えこむような顔つきをしていたが、やがてぼそりとつぶやいた。
「……あの野郎」
「え?」
「いや、何でもない。おら、これ返すぞ」
豪はウインドウを展開して操作を終えると、振り返ることなく店を後にした。僕と茜も顔を見合わせ彼の後を追う。
「あの、豪さんは何聞いてたんですかね」
僕の疑問に、茜は少し眉をしかめた。
「“エムワン”絡みの事件がないか聞き込みしてるんでしょう」
「その……やつはどんな力の持ち主なんでしょうか」
「”エムワン”については分かっていないことが多すぎるんです。力の種類についても、噂程度の情報しかないわ。だから、ちょっとでも気になるような話があれば1つずつ確認していくしか方法がないの」
それはなかなか骨が折れそうだ。「ナラキア」へ向かう道すがら、少しでも情報収集をしておきたいというのが豪の本音なのだろう。
僕なら途方にくれてしまいそうだが、当の豪本人にはそんな様子は微塵もない。掲げられた目標を必ず達成するという意志の強さが、彼の態度からはありありと感じ取れる。
「さて、色々あったが……とりあえず、隣街へ急ぐぞ」
彼はそう告げると、ずんずんと旅路を進み始めた。
こんなこと、有り得るはずがない。
目の前で1人、また1人と屠られていく仲間の断末魔がこだまする。
ミルゲは頭を抱えて後ずさった。こんなこと、予想できるはずがない。今日一緒に連れて来た連中は、いずれ序次級に昇格することが確実視されているホープたちだ。つまり、普通のプレイヤーでは束になっても敵わない実力を有しているということ。
その若獅子達が、まるで歯が立たない。
こんなちんちくりんの、坊主頭1人に。その上、武器は拳に装備した拳鍔だけだ。
拳闘士風情に、騎士が敗れるなど――
「オオオオオオオ」
残った2人が、坊主頭を両側から攻め立てる。息もつかせぬ剣戟はしかし、「ゴウ」と呼ばれるプレイヤーにはかすりもしない。
「その実力で、良く俺に突っかかってきたもんだ」
坊主は涼しい顔でため息をつくと、鋭い目線を攻め来る2人に浴びせかけた。声を上げる間もなく、2人は突如見えない棍棒で殴られたように吹き飛ばされる。
あれだ。
あの力は何なのだ。このTCKに魔術はあれど、あんな念動力のような能力は存在しないはず。少なくとも、今までプレイしてきて目にしたのも耳にしたのもこれが初めてだ。
「ミルゲさん! 大丈夫です、何ともありません。妙な力には違いないですが、ダメージは入ってないです」
近くに飛ばされてきた1人が、立ち上がりながら叫んだ。
「ただ吹き飛ばされるだけなら、勝機はあります。一斉に攻撃すれば、あの妙な力をかいくぐれるかもしれません」
本当にそうだろうか。
そもそも、あの力の効果はどのようなものなのだろう。念動力のように自由自在に物体を操ることができるのか、はたまたただ「吹き飛ばす」ことしかできないのか。範囲攻撃なのか、個別にターゲットを指定しないと発動できない類のものなのか。
1つだけ言えることは、今こうして坊主頭を観察していても、答えは見つからないということだ。
「よし、俺も魔術を解放する。お前らは両脇から挟み込め」
「了解しました!」
ミルゲは剣を構えると、ふてぶてしい表情の「ゴウ」をにらみつけた。
負けるわけにはいかない。
俺はミルゲ。TCK最大のギルド「鳳凰騎士団」の第13序次騎士。
こいつらとは違う――選ばれたプレイヤーなのだから。
******
「……本当ですか?」
「ああ、もちろん全部返してやる。ただし、信憑性のある話じゃなけりゃ駄目だ」
「でも、噂話だから証拠も何も」
「ずべこべ能書きたれてる暇あったら、早く話した方が良い。いつ何時、気が変わらないとも限らねぇからな」
まるで夢でも見ているようだ。
あれほど高慢だったミルゲが敬語を使っている。それも、ちんちくりんの坊主頭相手に。
結局、ミルゲを含む5人の鳳凰騎士団員は、豪に指一つ触れることもできないままに敗北した。観戦していた限りでは、ミルゲ以外の連中も、金に物を言わせた黄金装備にすさまじい剣技と十人前の力を発揮していたが、豪の前にはそれも無意味だった。
結局、能力を使ったと分かったのは最初の数回だけだった。どうやらモノを「吹き飛ばす」力らしいが、それ以上のことは分からない。
50%ルールならいざ知らず、デスマッチの場合、敗北した方にはペナルティが課せられる。ミルゲ達も例に漏れず、経験値やアイテム消失の憂き目にあったようだった。その上手持ちの金の大半をベットしていたらしく、決闘終了後の彼らの憔悴ぶりには、流石の僕も心が痛んだ。
まさか5対1で負けるとは露ほども思わなかっただろう。
全てを失い茫然としていた連中に対して、豪は妙な要求を突きつけた。
TCK内で最近流れている妙な噂話を知っていれば、洗いざらい話せ。
もし俺が知りたい内容だったら、奪った金は返してやる、というものだった。
「わ、分かりました! 話しますから」
ミルゲの取り巻きの内1人が、慌てて口を開いた。しかし話す内容に自信がないのか、声はぼそぼそと聞き取り辛い。
「最近、プレイ中に突然意識が途切れるバグの噂を時々聞きます」
「詳しく話せ」
「私も聞いた話なので、本当かどうかは分かりませんが……TCKプレイ中に突然意識が途切れ、しばらく後に何事もなかったかのように目覚めるんだそうです。意識がない間の記憶はなく、中には経験したのに気づいていないやつもいるとか。その上、そのバグは1人だけじゃなく、一定数の集団にまとめて発現するらしいですよ」
そう男は語ったが、豪の反応は鈍い。
「その話はもう知ってる。実際に体験したやつは知らんのか」
「それはちょっと。私に話したやつもまた聞きだったらしくて。ただ、意識が途切れる前に老人のような人影を見た、って話もあります」
「何じゃそりゃ。完全にオカルトじゃねぇか。俺はそんな話が聞きたいわけじゃねぇんだよ」
苛立つ豪を見かねて、ミルゲが横から口を出す。
「信憑性ならあります! 実は俺の知り合いにリースブレイン社の人間がいるんですが、このバグのことは運営側も認識していると聞いています。
……どうです。これは一部の人間しか知らない秘密ですよ。信憑性も高いし、そろそろ金を返してもらえませんか」
卑しくまなじりを下げるミルゲに、豪は微笑んだ。
「駄目だ」
「な、なんで」
「俺が欲しい情報じゃないかったから。
それよりも――例えばそう、最近だと隣街でプレイヤーが突然行方をくらませたって話を耳に入れたんだが、聞いたことのあるやつはいるか」
大半は困惑したように顔を見合わせていたが、
「ああ、それなら」
と取り巻きの1人が安堵したように話し出す。
「その話ならつい最近聞きましたよ。ほんとに前触れなく消えたらしいです。まあ、突然ログインしなくなるプレイヤーだっているにはいますけど、貴重なTCKのβテスト参加権を放棄するやつは珍しいですからね」
「たかが1プレイヤーが消えただけで噂になるなんて、よほど有名なやつだったのか?」
口をはさむミルゲに、男は奇妙な表情を浮かべる。それは肯定と否定がないまぜになった、ちぐはぐな表情だった。
「ええ、ある意味有名でしたね」
「どういうことだ?」
「そいつ、アイテム屋をやってたんです」
「……ハァ? わざわざTCKに参加して、そんな妙なことやってるやつがいたのか」
「はい。魔物も狩らずに、遠方のエリアでしか手に入らないようなアイテムなんかを売ってましたね。個人商みたいな感じで」
それを聞いた豪は何やら考えこむような顔つきをしていたが、やがてぼそりとつぶやいた。
「……あの野郎」
「え?」
「いや、何でもない。おら、これ返すぞ」
豪はウインドウを展開して操作を終えると、振り返ることなく店を後にした。僕と茜も顔を見合わせ彼の後を追う。
「あの、豪さんは何聞いてたんですかね」
僕の疑問に、茜は少し眉をしかめた。
「“エムワン”絡みの事件がないか聞き込みしてるんでしょう」
「その……やつはどんな力の持ち主なんでしょうか」
「”エムワン”については分かっていないことが多すぎるんです。力の種類についても、噂程度の情報しかないわ。だから、ちょっとでも気になるような話があれば1つずつ確認していくしか方法がないの」
それはなかなか骨が折れそうだ。「ナラキア」へ向かう道すがら、少しでも情報収集をしておきたいというのが豪の本音なのだろう。
僕なら途方にくれてしまいそうだが、当の豪本人にはそんな様子は微塵もない。掲げられた目標を必ず達成するという意志の強さが、彼の態度からはありありと感じ取れる。
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