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第十八話 まだ祭りは終わりじゃない

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 美咲と早川は、メインストリートの屋台を冷やかしながら、祭りの雰囲気を楽しむように人波に身を任せてのんびりと歩く。克哉は二人の少し後ろでキョロキョロと視線を彷徨わせている。おい、挙動不審だぞ。緊張し過ぎるなって言ったのに。

 浴衣姿の美咲を見ると、どうしたって葬式の日のことを思い出してしまう。血の通わなくなった美咲の頰は、ただしく肉の感触だった。それ以前に俺が触れたことのある、柔らかくあたたかい美咲の身体とはまるで別物で、目の前のはただの『物』なのだと、俺の血も引いた。

 その背筋の冷える感触を頭から締め出そうとしたら、代わりに浮かんで来たのは、初めて抱き合った翌日の寒い朝の記憶だった。

 お互い初めてで、途中からはムードも何もなくなり、寝技で四苦八苦している初心者格闘家同士の乱取りのようになった。今となれば微笑ましくて甘い記憶だが、当時の俺はスマートに出来なかったことで落ち込んだ。

 その、次の日の朝だ。

 慣れない腕枕で肘から先が痺れて目を覚まし、昨夜のことを思い出して、照れくささに悶絶した。
 今すぐ美咲を起こしたいような、ずっと寝顔を眺めていたいような……。くすぐったくて幸せな気持ちだった。

 浅い眠りの中で、シーツの冷たさから逃げるように抱きついて来る美咲にそっと口づけた。


 まさか美咲が肉のカタマリになるなんて、考えたこともなかったあの冬の日は、目の前の美咲と克哉にも訪れたのだろうか。



 ふと我に返る。女子高生の浴衣姿を眺めながら、何ということを思い出しているのか。下世話過ぎて嫌になる。美咲にも克哉にも顔向け出来ない。気まずい……。

 二人から目を逸らすと、一歩引いた場所から克哉を見つめる早川の視線に目が止まった。

 早川亜紀。

 美咲の親友であり、ブラバン仲間でもある。彼女は美咲の死後、何かと俺を気づかってくれた。俺はそれを、いわゆる傷の舐め合いに近いものだと思っていたのだけれど、美咲の一周忌の日に『ずっと好きだった』と告白された。

 早川は俺の返事を聞かなかった。その日に告白することを選んだのは、つまり……そういうことなんだろう。

 美咲の事故が起きなかった場合、早川は自分の気持ちをどうするんだろう。あの克哉じゃ、絶対に早川の気持ちには気づかない。まぁ、俺も気づかなかったんだけどな。


 色々思い出したり、周囲の様子をうかがったりしているうちに二時間が過ぎ、克哉の携帯電話が鳴った。21時30分。姉貴が迎えに来る時間だ。

「えー、まだ宵の口じゃない! お祭りこれからだよ!」

 ブーブーと女子二人が文句を垂れる声が聞こえて来る。克哉が美咲に携帯電話を渡して、直接姉貴に説得してもらっている。餌は『オープンしたてのオシャレカフェで食べ放題』だ。美咲も早川も早々に食いついた。

 克哉が一緒に行かないと聞いて、美咲が何か言っていたけれど、八木節の演奏が激しくなり聞こえなくなった。

 しばらくして、三人が方向転換して帰路に着く。ビニール袋に入った金魚や祭りのうちわを手に、履き慣れない下駄をカランコロンと鳴らして歩く。



 俺の知る時間軸での、交通事故発生まであと一時間を切った。



     * * * *



 美咲と早川を姉貴の車に押し込んで戻って来た克哉と合流する。今から、俺と克哉で『事故発生時刻の現場』を無人にするために動く。

 本来事故に遭うはずだった美咲と早川を排除してしまったことで、他の誰かが被害者となる可能性を潰すためだ。
 蓮水という加害者を行動不能にしたとはいえ、安心は出来ない。なぜなら、部室棟での火事は起きてしまったのだから。

 神輿のボランティアでチョロまかしてきた、交通整理グッズを使って、事故現場になった新桜橋を通行止めにしてしまうつもりだ。メインストリートから外れた小さな橋なので、普段はそう人通りの多い場所ではない。

 けれど祭りから帰る人が人混みを嫌って、抜け道的に流れて来ることが予想出来る。美咲と早川もそのクチだった。

 再び祭りの執行部の法被はっぴを着て、キャップをかぶる。実はこの変装セット、もう一組用意してある。執行部の皆さんごめんなさい。のちほど必ず返却致します。

 克哉に変装セットと通行止めグッズを渡す。蛍光ペンで作った『通行止め』の貼り紙と迂回路の地図、三角コーン、交通規制用のロープだ。
 俺が祭りから帰る人の足を止める。克哉は反対車線と歩道を担当してもらう。そっちはほとんど人通りがないからな。

『すみません! この先は通行止めなんです。迂回して下さい』

 誘導灯を振って、時々やって来る人に頭を下げる。誘導灯はホームセンターで買って来た。

 時間がジリジリと過ぎてゆく。人を捌きながら橋の向こう側の克哉の様子をうかがうと、克哉も俺に気づいたらしく携帯電話が鳴った。

「イチさん、そっち、どう? 俺の方はあんまり人来ないよ」

「こっちはそれなりだな。時間前に事故現場からは離れろよ。危険があるかも知れないからな」


 時刻は22時を回った。そろそろ、事故発生時間だ。

 克哉を三角コーンの内側へと退避させて、俺も橋の反対側へと走る。通行止めロープを無視して立ち入って来る猛者がいないことを祈る。

 走り出してすぐに、耳障りなブレーキ音が聞こえた。


 ガッシャーン!


 続いて、何かが衝突した音。ヤバイ! 確実に何かが起きている!

「克哉!」

 急いで走り寄ると、克哉はその音のした方向を惚けた様子で見つめていた。良かった! 無事だ!

「なあ、イチさん……。あれで、あれで済んだのかなぁ?」

 克哉が指の先に視線をやると、そこにはママチャリで電柱へと突っ込んでうめき声を上げる……。


 わりと元気そうな蓮水達彦はすみたつひこの姿があった。



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