上 下
11 / 25

第十一話 真夏の張り込みは楽じゃない

しおりを挟む
 蓮水の出身中学が分かれば、電話帳から住所を逆引き出来る。これで『名前』『住所』『電話番号』『顔写真(七年前)』が揃った。個人情報、地元なら楽勝だな。

 克哉と連れ立って、蓮水の自宅を探しに行く。ここからなら自転車で30分ほどの距離だ。けっこう遠い。

「イチさん、チャリ使う? 姉ちゃんの高校の時使ってたチャリならあるよ。姉ちゃん使わないし」

 ありがたい申し出なので甘えることにした。これでずいぶん行動範囲が広がる。

 克哉がついでに部活の汗を流したいと言うので、リビングでチャー介とたわむれながら待つ。高校二年の夏というと、汗がTシャツで結晶になるくらい走ってた頃だ。俺は中学も高校も陸上部で、ハードルという地味めの競技に夢中だった。

 炎天下の今日も、克哉はあの厄介な障害物を飽きもせずに飛び越えてきたのだろう。
 サッカー部の掛け声と、テニス部のボールを打つ音が響く校庭。集中すると、その全てが聞こえなくなったっけ。

 懐かしいな。真夏じゃなければ、ちょっと見学に行きたいくらいだ。

 そういえば……確か祭りの前に部室でボヤ騒ぎがあったな。ちょっと悪ぶっているサッカー部の連中が、部室でタバコを吸ったとかなんとか……。

 あれは、今日の夕方の出来事じゃなかったか?

 割と大騒ぎになってしまって、サッカー部の大会出場辞退、当事者は停学処分になった。

 あの事件は、この時間軸でも発生するのか? そして、俺が動いたとしたら、阻止出来る?

「やってみる価値はあるな……」

 俺の記憶の中の出来事と、この時間軸での出来事。どの程度リンクしているのか、確かめてみよう。上手くいけば歴史の強制力も確認出来るかも知れない。

 風呂場から出て来た克哉にその話を振ると、すぐに乗ってきた。

「あっ、でも六時に美咲を迎えに行く約束だ。連れて行く?」

「うーん、女の子向きの案件じゃないかな」

 それに、何時ごろ火が出たのか覚えていない。メールが回って来たのは夜だった。

「美咲、ふくれると思うよ。さっきも『バイト休んであたしもイチさんと遊びたい』とか言ってた。遊びじゃねーっつーの。俺の気持ちにもなって欲しいよ」

「未来人なんて、滅多に会えるもんじゃないからな」

 昨夜の美咲の楽しそうな様子を思い出して、口元が緩む。何しろ美咲と二人の時間は二十年ぶりだ。正直言って少しときめいた。これも『横恋慕』と呼ぶんだろうか。

「いっそ姉ちゃんに美咲任せちゃう?」

「ああ、それはいい考えだな。車で迎えに行ってもらえば一番安全だ」

 克哉が『メールしてみる』と言いながら、もうガラケーの操作をはじめている。あ、両手でピポピポやるの久しぶりに見た。手、速いな!

「蓮水の方はどうするんだ?」

「家の特定と……出来れば今日中に本人の顔くらい拝んでおきたいな」

「張り込みとか、尾行とかするのか?」

 克哉がソワソワと落ち着かない様子で言った。非日常へと足を踏み入れることに、期待と不安を隠せていない。

「そんな感じかな」

 つい苦笑が浮かぶ。俺だって平凡に生きてきた人間だ。刑事や探偵の真似事をしたことはない。

 克哉と二人、自転車に乗って蓮水の住所のあたりまで走る。容赦なく照りつける真夏の太陽の下、汗だくになりながら姉貴の薄汚れたママチャリで走る俺は、どう頑張っても探偵ドラマの主人公とはほど遠い。

 せっかくの機会チャンスなんだから、ミニクーパーかビートルにでも乗って、ニヒルに決めてみたかったな!


『蓮水』の表札のついた家は、すぐに見つかった。普通の二階建ての一軒家だ。表札には『達彦』の名前もある。この家で間違いない。

「イチさん! バイク、バイクあるよ!」

 庭の隅に屋根付き駐車スペースがあり、その端に400CCらしき中型のバイクが停められていた。俺はバイクには詳しくないが、おそらくあれが美咲を跳ね飛ばしたバイクだろう。

「バイクがあるってことは、出かけてないってことかな⁉︎」

 克哉の声が興奮で若干大きくなる。声を潜めるよう言い含めて、蓮水の自宅から距離を取る。家人の出入りだけでも確認したい。

 少し離れた場所にあるコンビニの前に自転車を停め、はす向かいの駐車場に身を潜める。ここからは長丁場だ。今日中に蓮水の顔を確認出来ればおんの字だろう。

「イチさん、どうやって酔っ払い運転、阻止するんだ? やっぱりバイク壊しちゃう?」

「うーん……」

 具体的に考えると難しい。俺が若い女性ならハニートラップでも仕掛けて、事故当日の夜に連れ回すことも可能だ。けれど、ひと回りも年上の初対面の男では、誘い出すことすら難しいだろう。

 いっそ拉致監禁の方が手っ取り早い気がして来たな……。

 どこかに閉じ込めてしまえば、酒を飲むこともないだろう。この時間軸の住人ではない俺なら、犯罪紛いのことをしても身元が割れる心配はない。現行犯だとヤバイけど。

 まぁ、克哉をそんな物騒な手段に巻き込む訳にはいかないので、本当に最後の手段だな。

「じゃあ、どうすんの?」

「とりあえず顔見てから考えよう」

 やべぇな。一番平和的な方法が『バイクを壊す』しか思いつかない。


 けっきょく四時間粘ったが、蓮水の自宅は人の出入りが一度もなかった。夕方の気配が満ちてくる午後五時半過ぎ。俺と克哉は仕方なくその場をあとにした。

 美咲のバイト先へは、姉貴が車で迎えに行ってくれることになったので、俺たちは直接学校へと向かうことにした。

 そろそろ練習試合から戻ったサッカー部の悪ガキたちが、部室にたむろしている時間だ。




 
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

普通の女子高生だと思っていたら、魔王の孫娘でした

桜井吏南
ファンタジー
 え、冴えないお父さんが異世界の英雄だったの?  私、村瀬 星歌。娘思いで優しいお父さんと二人暮らし。 お父さんのことがが大好きだけどファザコンだと思われたくないから、ほどよい距離を保っている元気いっぱいのどこにでもいるごく普通の高校一年生。  仲良しの双子の幼馴染みに育ての親でもある担任教師。平凡でも楽しい毎日が当たり前のように続くとばかり思っていたのに、ある日蛙男に襲われてしまい危機一髪の所で頼りないお父さんに助けられる。  そして明かされたお父さんの秘密。  え、お父さんが異世界を救った英雄で、今は亡きお母さんが魔王の娘なの?  だから魔王の孫娘である私を魔王復活の器にするため、異世界から魔族が私の命を狙いにやって来た。    私のヒーローは傷だらけのお父さんともう一人の英雄でチートの担任。  心の支えになってくれたのは幼馴染みの双子だった。 そして私の秘められし力とは?    始まりの章は、現代ファンタジー  聖女となって冤罪をはらしますは、異世界ファンタジー  完結まで毎日更新中。  表紙はきりりん様にスキマで取引させてもらいました。

五月の疾風

黒菫
恋愛
W主人公の青春小説 表紙/柏(@Kashiwa_0303)

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

明日、キミと別れる前に。

平木明日香
恋愛
「君をこの世界から完全に消してあげる。それが君の願いでもあるように。君というデータを消去するんだ。そのための条件は二つだけ。それをちゃんと守ることができたら、きっとその時は、君は君と、世界と、完全に別れることができるだろう」 顔に大火傷を負った少女は、自分自身と別れることを願っていた。 そのための条件は二つだった。 一つは、誰かを好きになること。 そして、もう一つは——

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...