1 / 4
第一話 聖夜の黒い悪戯坊や
しおりを挟む
オイラの名前は、黒サンタ。
たぶん、黒いサンタクロースって意味だ。
そう言われてみれば、オイラの着ている服はサンタクロースの服に似ている。
ボンボンの付いた帽子に、袖と裾を折り返したフェルトの上着とズボン。ブーツもふかふかで暖かいし、大きな袋だって持っている。
ただし、オイラの服も帽子もブーツも、全部真っ黒だ。だから『黒サンタ』。
黒サンタはどこかの国では『悪い子を袋に入れて連れて行く』とか『袋の中の豚の臓物を撒き散らす』とか言われているらしい。
オイラ、そんな事はしないよ?
豚の臓物なんて持ち歩くのは嫌だし、悪い子を袋に入れて、その後どうしろって言うんだよ。どこかに捨てに行くのだって面倒くさいじゃないか。
だいいち、そんなの楽しくない。
オイラがするのは、ほんの可愛い悪戯さ。
例えばクリスマスケーキの上の苺を、ひとつ残らず食べちゃう。シャンパンと、ジュースのラベルを交換しちゃう。それから……プレゼントのリボンを、全部固結びにしちゃう!
ツリーのオーナメント(飾り)を、毛虫に変えちゃうのも面白かったな!
大人だからって安心するなよ? オイラは大人も子供も、分け隔てなく悪戯するぞ!
いちゃついてるカップルには、急にしゃっくりが止まらなくなる魔法をかけちゃえ! 酒場で騒いでいる兄ちゃんには、何度出しても靴の中に小石が入ってる魔法!
こんな日に残業してるおっちゃんには、会社中のボールペンを全部隠しちゃおう。
も~! 今日くらい、早く帰ってやれよ!
ひとりの部屋でゲームやってる兄ちゃんには……。一人用のクリスマスケーキかよ……。
元気出せよ……ほら、ケーキの苺ひとつ増やしといてやるからさ!
さーて、次はどんな悪戯をしよう。
浮かれて騒がしいクリスマスの街を見下ろしながら、サンタクロースのソリにぶら下がってついてゆく。鈴の音に合わせて、足をぷらぷらと揺らす。
サンタの爺さんは耄碌してるから、オイラには気づかないんだぜ!
トナカイの……あの鼻の赤いヤツ。あいつだけはオイラに気づいている。
『まだついて来るのかよ……』みたいな目つきで、チロリとこっちを眺めるくせに、爺さんに言いつけたりはしない。
もしかして爺さん、トナカイ連中に嫌われてるんじゃないのか? 一晩で世界中の空を飛び回るとか、激務だもんなぁ。
次の家で美味そうなもんがあったら、何か差し入れてやるか! あ、でもトナカイって何食うんだ?
月も星もない、真っ暗闇の空をソリがゆく。時間と空間は飴のように溶けて、柔らかく練り上げられている。
サンタクロースのソリは金色の光に包まれて、不思議な空間をゆくんだ。
鈴の音がだんだんと小さくなると、街の灯りが見えてくる。色とりどりの電飾で、街全体がクリスマスツリーみたい。
今夜は快晴、風もない。おあつらえ向きの悪戯日和だぜ!
静かにソリが止まる。次にプレゼントを届けるのは、あの赤い屋根の小さな家かな?
煙突も小さいなぁ。サンタの爺さん、入れんのか? オイラが代わりに行って来てやろうかな?
いいや、オイラは黒サンタ。サンタの爺さんの、手伝いなんかするもんか!
プレゼントがもらえる良い子なんて、大嫌いだ。少しは困って泣けばいい。
へへへっ! この家では靴下に穴を開けてやろうかな? プレゼントが入らないように、ギューって縛っちゃうのが良いかも!
足音を忍ばせて、家の人にもサンタの爺さんにも気づかれないように歩く。そおっと歩きながら、プレゼントを入れる大きな靴下のある、子供部屋を探す。
あれ? 廊下の向こうから微かにオルゴールの音が聞こえる。まだ起きてる子供がいるのかな?
バカだなぁ! 夜更かししてる悪い子は、サンタクロースの爺さんにプレゼントもらえなくなっちゃうんだぞ!
ちょっと教えてきてやろう。まだ間に合うかも知れないからな。
オイラがこっそりドアを開けると、なんだか嗅いだことのある臭いがふわりと漂った。
甘いミルクと、洗いたてのタオルの匂い。汗とよだれと、湿った髪の毛の臭い。
……赤ちゃんの匂いだ。
天井のオルゴールメリーが、最後の音を奏でてから止まった。ぶら下がった飛行機の飾りが、ゆらゆらと揺れる。
子供が夜更かしして遊んでるんじゃなくて、赤ちゃんのためのオルゴールだったんだ。
オイラはなるべく乱暴に歩く。寝ている赤ちゃんを気づかうなんて、黒サンタらしくないもんな!
ベビーベッドを覗き込むと、ヒヨコ模様の布団の中で、ちっちゃな赤ちゃんが寝ていた。オイラが乱した空気の流れで、頭のうぶ毛がふよふよと、生き物みたいに動く。
あ……何か思い出しそう。
ほっぺを、ツンツンとつついてみる。
うわぁ~! ふかふかのパンケーキみたい。
なんだかお尻がムズムズする。ぎゅーって抱きしめたい気持ちと、ほっぺを思い切りつねってやりたい気持ちが、オイラのお尻をムズムズさせる。
『怖いことや、悲しいことから守ってやりたい』
『意地悪して、泣いている顔を見てみたい』
両方の気持ちがぶつかって、急にオイラは一歩も動けなくなった。
思い出したらダメだ。
オイラは悪戯黒サンタ。幸せな夜に、幸せな人たちをほんの少し困らせる。すぐに笑い話になるような、小さな悪戯を振りまいて回る。
それでいい。それがいいんだ! 思い出したくなんかないんだよ!
オイラが部屋から、逃げ出そうとしたその時……赤ちゃんが目を開けて、オイラの顔をじっと見つめた。
そうして、小さな小さな手を伸ばしながら、ふにゃふにゃって笑ったんだ。
ああ……ミーナに……似ているんだ。もう二度と会うことが出来ない、オイラのかわいいミーナに。
思い出したらダメだってば!!
夜よりも、影よりも黒い気持ち。それがオイラを黒くした。
黒い服、黒い帽子、黒いブーツ。真っ黒い気持ちが詰まった、大きな大きな黒い袋。
パンパンに膨らんでしまった袋の口を、オイラは必死で握った。袋から黒い気持ちが溢れたら、オイラはきっと……今よりもっと黒くなる。
真っ黒いバケモノになっちまう!
こんなところでバケモノになったら、オイラはこの赤ちゃんを傷つけてしまうかも知れない。
「嫌だ! そんなの嫌だ! オイラは……オイラはミーナを守ろうと思ったんだ!!」
たぶん、黒いサンタクロースって意味だ。
そう言われてみれば、オイラの着ている服はサンタクロースの服に似ている。
ボンボンの付いた帽子に、袖と裾を折り返したフェルトの上着とズボン。ブーツもふかふかで暖かいし、大きな袋だって持っている。
ただし、オイラの服も帽子もブーツも、全部真っ黒だ。だから『黒サンタ』。
黒サンタはどこかの国では『悪い子を袋に入れて連れて行く』とか『袋の中の豚の臓物を撒き散らす』とか言われているらしい。
オイラ、そんな事はしないよ?
豚の臓物なんて持ち歩くのは嫌だし、悪い子を袋に入れて、その後どうしろって言うんだよ。どこかに捨てに行くのだって面倒くさいじゃないか。
だいいち、そんなの楽しくない。
オイラがするのは、ほんの可愛い悪戯さ。
例えばクリスマスケーキの上の苺を、ひとつ残らず食べちゃう。シャンパンと、ジュースのラベルを交換しちゃう。それから……プレゼントのリボンを、全部固結びにしちゃう!
ツリーのオーナメント(飾り)を、毛虫に変えちゃうのも面白かったな!
大人だからって安心するなよ? オイラは大人も子供も、分け隔てなく悪戯するぞ!
いちゃついてるカップルには、急にしゃっくりが止まらなくなる魔法をかけちゃえ! 酒場で騒いでいる兄ちゃんには、何度出しても靴の中に小石が入ってる魔法!
こんな日に残業してるおっちゃんには、会社中のボールペンを全部隠しちゃおう。
も~! 今日くらい、早く帰ってやれよ!
ひとりの部屋でゲームやってる兄ちゃんには……。一人用のクリスマスケーキかよ……。
元気出せよ……ほら、ケーキの苺ひとつ増やしといてやるからさ!
さーて、次はどんな悪戯をしよう。
浮かれて騒がしいクリスマスの街を見下ろしながら、サンタクロースのソリにぶら下がってついてゆく。鈴の音に合わせて、足をぷらぷらと揺らす。
サンタの爺さんは耄碌してるから、オイラには気づかないんだぜ!
トナカイの……あの鼻の赤いヤツ。あいつだけはオイラに気づいている。
『まだついて来るのかよ……』みたいな目つきで、チロリとこっちを眺めるくせに、爺さんに言いつけたりはしない。
もしかして爺さん、トナカイ連中に嫌われてるんじゃないのか? 一晩で世界中の空を飛び回るとか、激務だもんなぁ。
次の家で美味そうなもんがあったら、何か差し入れてやるか! あ、でもトナカイって何食うんだ?
月も星もない、真っ暗闇の空をソリがゆく。時間と空間は飴のように溶けて、柔らかく練り上げられている。
サンタクロースのソリは金色の光に包まれて、不思議な空間をゆくんだ。
鈴の音がだんだんと小さくなると、街の灯りが見えてくる。色とりどりの電飾で、街全体がクリスマスツリーみたい。
今夜は快晴、風もない。おあつらえ向きの悪戯日和だぜ!
静かにソリが止まる。次にプレゼントを届けるのは、あの赤い屋根の小さな家かな?
煙突も小さいなぁ。サンタの爺さん、入れんのか? オイラが代わりに行って来てやろうかな?
いいや、オイラは黒サンタ。サンタの爺さんの、手伝いなんかするもんか!
プレゼントがもらえる良い子なんて、大嫌いだ。少しは困って泣けばいい。
へへへっ! この家では靴下に穴を開けてやろうかな? プレゼントが入らないように、ギューって縛っちゃうのが良いかも!
足音を忍ばせて、家の人にもサンタの爺さんにも気づかれないように歩く。そおっと歩きながら、プレゼントを入れる大きな靴下のある、子供部屋を探す。
あれ? 廊下の向こうから微かにオルゴールの音が聞こえる。まだ起きてる子供がいるのかな?
バカだなぁ! 夜更かししてる悪い子は、サンタクロースの爺さんにプレゼントもらえなくなっちゃうんだぞ!
ちょっと教えてきてやろう。まだ間に合うかも知れないからな。
オイラがこっそりドアを開けると、なんだか嗅いだことのある臭いがふわりと漂った。
甘いミルクと、洗いたてのタオルの匂い。汗とよだれと、湿った髪の毛の臭い。
……赤ちゃんの匂いだ。
天井のオルゴールメリーが、最後の音を奏でてから止まった。ぶら下がった飛行機の飾りが、ゆらゆらと揺れる。
子供が夜更かしして遊んでるんじゃなくて、赤ちゃんのためのオルゴールだったんだ。
オイラはなるべく乱暴に歩く。寝ている赤ちゃんを気づかうなんて、黒サンタらしくないもんな!
ベビーベッドを覗き込むと、ヒヨコ模様の布団の中で、ちっちゃな赤ちゃんが寝ていた。オイラが乱した空気の流れで、頭のうぶ毛がふよふよと、生き物みたいに動く。
あ……何か思い出しそう。
ほっぺを、ツンツンとつついてみる。
うわぁ~! ふかふかのパンケーキみたい。
なんだかお尻がムズムズする。ぎゅーって抱きしめたい気持ちと、ほっぺを思い切りつねってやりたい気持ちが、オイラのお尻をムズムズさせる。
『怖いことや、悲しいことから守ってやりたい』
『意地悪して、泣いている顔を見てみたい』
両方の気持ちがぶつかって、急にオイラは一歩も動けなくなった。
思い出したらダメだ。
オイラは悪戯黒サンタ。幸せな夜に、幸せな人たちをほんの少し困らせる。すぐに笑い話になるような、小さな悪戯を振りまいて回る。
それでいい。それがいいんだ! 思い出したくなんかないんだよ!
オイラが部屋から、逃げ出そうとしたその時……赤ちゃんが目を開けて、オイラの顔をじっと見つめた。
そうして、小さな小さな手を伸ばしながら、ふにゃふにゃって笑ったんだ。
ああ……ミーナに……似ているんだ。もう二度と会うことが出来ない、オイラのかわいいミーナに。
思い出したらダメだってば!!
夜よりも、影よりも黒い気持ち。それがオイラを黒くした。
黒い服、黒い帽子、黒いブーツ。真っ黒い気持ちが詰まった、大きな大きな黒い袋。
パンパンに膨らんでしまった袋の口を、オイラは必死で握った。袋から黒い気持ちが溢れたら、オイラはきっと……今よりもっと黒くなる。
真っ黒いバケモノになっちまう!
こんなところでバケモノになったら、オイラはこの赤ちゃんを傷つけてしまうかも知れない。
「嫌だ! そんなの嫌だ! オイラは……オイラはミーナを守ろうと思ったんだ!!」
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
小さな歌姫と大きな騎士さまのねがいごと
石河 翠
児童書・童話
むかしむかしとある国で、戦いに疲れた騎士がいました。政争に敗れた彼は王都を離れ、辺境のとりでを守っています。そこで彼は、心優しい小さな歌姫に出会いました。
歌姫は彼の心を癒し、生きる意味を教えてくれました。彼らはお互いをかけがえのないものとしてみなすようになります。ところがある日、隣の国が攻めこんできたという知らせが届くのです。
大切な歌姫が傷つくことを恐れ、歌姫に急ぎ逃げるように告げる騎士。実は高貴な身分である彼は、ともに逃げることも叶わず、そのまま戦場へ向かいます。一方で、彼のことを諦められない歌姫は騎士の後を追いかけます。しかし、すでに騎士は敵に囲まれ、絶対絶命の危機に陥っていました。
愛するひとを傷つけさせたりはしない。騎士を救うべく、歌姫は命を賭けてある決断を下すのです。戦場に美しい花があふれたそのとき、騎士が目にしたものとは……。
恋した騎士にすべてを捧げた小さな歌姫と、彼女のことを最後まで待ちつづけた不器用な騎士の物語。
扉絵は、あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。
【完結済み】破滅のハッピーエンドの王子妃
BBやっこ
児童書・童話
ある国は、攻め込まれ城の中まで敵国の騎士が入り込みました。その時王子妃様は?
1話目は、王家の終わり
2話めに舞台裏、魔国の騎士目線の話
さっくり読める童話風なお話を書いてみました。
瑠璃の姫君と鉄黒の騎士
石河 翠
児童書・童話
可愛いフェリシアはひとりぼっち。部屋の中に閉じ込められ、放置されています。彼女の楽しみは、窓の隙間から空を眺めながら歌うことだけ。
そんなある日フェリシアは、貧しい身なりの男の子にさらわれてしまいました。彼は本来自分が受け取るべきだった幸せを、フェリシアが台無しにしたのだと責め立てます。
突然のことに困惑しつつも、男の子のためにできることはないかと悩んだあげく、彼女は一本の羽を渡すことに決めました。
大好きな友達に似た男の子に笑ってほしい、ただその一心で。けれどそれは、彼女の命を削る行為で……。
記憶を失くしたヒロインと、幸せになりたいヒーローの物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:249286)をお借りしています。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
クラゲの魔女
しろねこ。
児童書・童話
クラゲの魔女が現れるのは決まって雨の日。
不思議な薬を携えて、色々な街をわたり歩く。
しゃっくりを止める薬、、猫の言葉がわかる薬食べ物が甘く感じる薬、――でもこれらはクラゲの魔女の特別製。飲めるのは三つまで。
とある少女に頼まれたのは、「意中の彼が振り向いてくれる」という薬。
「あい♪」
返事と共に渡された薬を少女は喜んで飲んだ。
果たしてその効果は?
いつもとテイストが違うものが書きたくて書きました(n*´ω`*n)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中です!
氷の魔女と春を告げる者
深見アキ
児童書・童話
氷の魔女と呼ばれるネージュは、少女のような外見で千年の時を生きている。凍った領地に閉じこもっている彼女の元に一人の旅人が迷いこみ、居候として短い間、時を共にするが……。
※小説家になろうにも載せてます。
※表紙素材お借りしてます。
緑色の友達
石河 翠
児童書・童話
むかしむかしあるところに、大きな森に囲まれた小さな村がありました。そこに住む女の子ララは、祭りの前日に不思議な男の子に出会います。ところが男の子にはある秘密があったのです……。
こちらは小説家になろうにも投稿しております。
表紙は、貴様 二太郎様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる