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【アラヘルドルート】1

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何度目かの夏。
「うぐっ」ソイは腹の上の衝撃で目を覚ます
「おはようおはようおはよう!!」
「……エレティア……その起こし方やめなさいって何度も…」
「今日は馬車が来る日!はよいかないいのとられちゃう!はやくぅ!」
「はいはい、わかった」
グーンっと伸びをしてベットから足を下ろすとエレティアがまだまだ幼さの残る手で靴を持ってきた「ありがとう」「ふふーん」誇らしげに胸を張るエレティアは、5歳になった








「ジハ帰ってきた?」
「ううん!」
「……そう」
ジハは1年ほど前からどんどん家に帰らなくなっていた。初めの頃は心配でエレティアを抱え森の中を探したりしたものだが、熊の母は言うのだ。
「ジハはもう子供じゃない。自分の群れを持つ時が来たのかもしれない」

それはあまりにも強い衝撃だった。
6歳を過ぎたジハの体は立派になり、昔のように飛び跳ねたり腹を見せたり、喉を鳴らす事もなくなった
大人になったのだ

「まま!早く!」
「まってまって顔だけ洗わせて~っ」
正直、寂しくて悲しくて堪らない
だってたったの6年だ。
人からしてそれは酷く短いもの
でも、子供に追い縋るなんて事は絶対したくない。ジハにはジハの人生があるのだ













「おじいさんおはようー!」
「はいおはよう。今日も一番乗りだなぁ」
エレティアの言う馬車とは、移動販売の事だ。実は、エレティアが産まれて間もなくこの村にも来るようになったこの馬車は、村の女性の母乳だけでは追いつかなかった粉ミルクや、オムツ 絵本や人形 様々な物が売っており そのどれもが低価格なのだ。
粉ミルクなんてものは特に庶民に手は出せないもので、最初は村人全員で怪しんだものだ。だが、この移動販売を切り盛りしている老人は帝国紋章を持っていたのだ。
これは国お抱えであることを証明し、例え不正で手に入れたとしても1ヶ月もしないうちに見つかり投獄されてしまう。
どうやら王と王妃が国に戻ってきて、国庫を開けているのだそう。

「なぁなぁ!言うてたん持ってきてくれた!なぁなぁ!」
「こらこら、エレティア」
「元気だなぁ、さて…儂は忘れずに持ってきたかなぁ~?…おっ、おっ?」
「…おっ?」
「お~…あったぞ~!」
「あったぞ~!やったー!」

老人とエレティアの戯れにソイは微笑む。
見た目は少々厳ついが、エレティアにまるで孫のように接してくれる。
よく懐いているエレティアも2週間に一度のこの日が待ち遠しくて堪らないらしい
「すごい!いっぱいお魚!」
「わ、ほんと」

エレティアのブームはいつだってうつろいやすい。ジハのしっぽからひっつき虫、靴紐や水溜まり。その中でも最も長いのがこれ
海の生き物だった
「立派な本、おいくらですか?」
「あぁ、それは儂の家の私物でな。もう子供も孫も皆大きくなって誰も読まん」
「え、でも…」
「構わん構わん。儂の家系女の子はおらんでな」みなまで言うなとニコニコした顔でエレティアを見つめるこの老人に、ソイは何も言えなくなってしまった












家に帰ってからも夢中になって本を読むエレティア。読むといっても、字は読めず挿絵を見ている

始まりは、川に出かけた時のことだ
光り輝く鱗をもった魚が居たと、エレティアが訴えてきたのだが、ソイは見ることが出来なかった。それがとても悔しかったのだろう。家に帰ってからもずっと泣き通しで困っていた時、ソイはふと、とある話を思い出した。「エレティア…海って知ってる?」「うぅ、ひっ、うみ…」「おーーきい水溜まりで塩辛いんだって」「…かわより?」「うん、もっとずっとずぅ~っと大きい。それでね、そこには木くらいあるお魚がいるんだって」
「ほんとぉ!!?」

この日から、エレティアの関心は全て海へと向いた。次から次へと質問をされたが ソイとて詳しくはない。昔アラヘルドから聞いた範囲の事を教えきるのはあっという間の事だった。この村の中の人々も、海は知っているものの、見た事があるという者は居ない
そこで、救いの手を差し伸べたのが移動販売の老人だ。妻が海の民だったと言い、様々な知識をエレティアに与えた。
1度遅くなりすぎて家に泊まってもらった事があるくらいだ

「ままー!ここなんて読むの~!」
極めつけは、この本。
ソイは、少し不安だった。
なぜならば
「ん~と…えー…ごめん、ママも分かんないや。お昼村の誰かに聞きに行こう」
「え~っ!今知りたいのに~っ!」

ソイは文字がまともに読めなかった

絵本のような簡単なものなら何とか解せるが、今エレティアが見ているのは対象年齢がもう少し上だろう
この国の識字率は高くはなく、中でも田舎出身で人生の多くを森で暮らしたソイにとって読み書きはとても難しいものだ
駄々をこねるエレティアに申し訳なく思いながらも、気をそらす為に昼食の準備の手伝いをお願いする。

こういう時、父親がいたらと
一瞬でも思ってしまう
文字も読めて、沢山の知識でエレティアを学ばせてやれる誰か

思い浮かぶのは、ソイに世界を語ったアラヘルドの横顔だった
ぶんぶんと首を振り、エレティアが好きな藁で卵をとく作業の準備をした











今日は小川へ行く日だ。
本に齧り付いていたエレティアも、まだまだ川遊びの誘惑には勝てないようだ
「いつ?いつ行くん?もう行く?」
「まーだ。太陽が強いからもう少ししてから」
「えー」
「それまでお婆さんの家で本を読んでもらったら?」
「はーい」
この村で唯一しっかりと読み書きが出来る家に、エレティアはよく遊びに行っている。
同じ年の子が孫で居るらしく、いい遊び相手のようだ
「気をつけてね」
「いってきまーす!」
いつもの言いつけ通りしっかりと藁の帽子をかぶって元気にエレティアが飛び出していくと、途端に家の中はしんとなった。

今日は久々にジハに会えるはずだ。
小川にいると、まるで見守るように寝そべってソイとエレティアを見ているのだ。
少し前までは一緒に水の中に入って遊んでいたのに。 
まだ泳げなくて鼻を鳴らしていた日が昨日のことのようだった。
ソイは家事をしながら、ジハが部屋に残した歯型や爪の跡を見つめ柔らかく笑った


















子育てというのは、上手くいかないものだ

「エレティア」
言い聞かせるように名前を呼ぶが、更に声を上げて泣く。
「いぎたーい~!!いぎだ~い!」
「今はまだ無理なの。もう少し大きくなったらね?」
「やあや~!!」
喉が傷んでしまうのではないかと言うほど叫び声をあげるエレティアに、ソイは眉を下げるしかなかった。

お婆さんの家から帰ってきたエレティアが、不貞腐れた顔で開口一番に言ったのだ
「学校に行きたい」
それは、簡単に叶えてやれるものでは無かった。村から学校のある街まで走らせた馬で2日
そして、授業を受けさせるのにはお金がかかる。村で暮らしていくぶんには何不自由の無い生活をしているが、街に下りるとなるとわけが違う。ソイとて、学ばせてやりたい
ソイが子供の頃、エレティア程の知識欲は無かった。
こんなに小さいのに学びたいという姿勢はこの子の宝だ
それなのに、叶えてやる事が出来ない自分が恥ずかしかった
「だって、おばあちゃんとこのエドはいくって!なんでエレティアはいけんの!」
「…そうだよね、ごめんね」
「お父さんについてくって!なんで、なんでエレティアはお父さんがおらんの!!」
「……、」
最後には、泣き続けるエレティアに謝ることしか出来なくなった








泣き疲れて眠ったエレティアを膝に乗せ、背中を叩きながら子守唄を歌う。
片親がいない
その苦しみを味あわせるのは、大半が親の身勝手のせいだ
ソイの場合もきっとそう。
ジハも、こんな風に寂しい思いをしたんだろうか。言葉を話せないジハの心は、きっとエレティアよりも難しい

「まーま…」
「んー?」
可哀想に掠れた声。寝言かなと思いながらも、優しく返事をする
「…お父さんいらない…ままだけでいい」
涙が出そうになる
こんな小さな子に気遣わせて、父親のいない悲しみを閉じ込めさせてしまった。
「まーま、大好きよ」
「…ママもエレティアが大好き」

ソイは、自分が心底不甲斐なかった





























「海に興味を持つなんてねぇ、血は争えませんな」
移動販売の老人は足元で眠る大型犬の頭を撫でる。拍子で目覚めた犬はくわりと欠伸をして眠気まなこで老人を見上げた
「さ、そろそろお前のご主人が帰ってくる時間だ。しゃきっとせんとな」
かけていた椅子から立ち上がって偽足を嵌めると、襟元を正した

「陛下をお迎えに行くぞ、エルバヤ」
犬は、エルは陛下との単語を聞いて反応し、尻尾をぶんぶんと振った




























あの後は結局日が暮れてしまい、川へ行くことはできなかった。その次の日も日差しが強過ぎて断念し、今日。やっと川に行けるとエレティアは大はしゃぎだ
本気泣きをしていたので目の腫れが心配だったが、今は少し赤いくらいだ。
エレティアは生まれつき視力が他の子より良くないようで、刺激を与えたくないのだ
もう少し大きくなったらあの老人に眼鏡を頼むべきだろう。
「まーま!早くぅ!」
「今行くよ。飛び出さないで」
その場で足をバタバタさせるエレティアの手を握って、家を出た



日陰を通りながら森までの道を歌を歌いながら歩くと、それだけで楽しいらしいエレティアはニコニコしている。
途中で見つけた綺麗な石を拾ってはポケットに入れ、持ち帰る
魚が好きだが、家に連れていくことは出来ないので石に墨を使って目や鱗を書くのだ。
おかけで2階の部屋は石だらけだ
「エレティアのコレクションでいつか2階の底が抜けちゃうかもね」
と冗談を言えば、ニシシと笑う 
「足元気をつけて」
程なくして森の中に入れば、一気に涼しくなる。今日は湿度が低いので嫌なベタつきも無い。すぐよそ見をするエレティアを注意深く見ながら、ソイはジハの気配を探った。
今回は随分長く会えていない
いつか、何も言わずいなくなってしまうのではないかと考えない日は無かった。
「まーま?」
「ううん、今日はお魚いたらいいねえ」
「うん!」





額の汗がつたう頃、見えてきた川にエレティアがはしゃいだ。
多くの水を見ると気分が良くなると、ソイも深く息を吸う。
茂みを越えると、村人が置いていった洗濯カゴや衣類が残っていた。早朝、働き者の誰かがここに1度来たのだろう。もう乾いているだろうからついでに持って帰ってやろう。と頭で考えながら川で遊べるようにエレティアの身支度をする。
「まーま、ジハおらんねぇ」
エレティアもジハに会いたいのだ
「もうすぐ来るよ」
今日は来ないのかもしれない。エレティアが気にならないようにうんと遊んでやらねばとソイは心に決めた


























重い鎧が、地面の石を砕く
ここは道が隆起していて馬を走らせる事はできない。手綱を引いて進むが、足元で走り回る存在に馬が少々うんざりしている
「エルバヤ。落ち着け」
低く有無を言わせぬ声音にしっかりと反応するこの犬は、割と良い犬であるとアラヘルドは思っている。

ソイがアラヘルドに残した2人を繋ぐ存在。
アラヘルドにしては大事にしてきたつもりだ。そのおかげか、ややとぼけているが


6年前の侵略戦争。敵国に強い警戒を抱かせただけの失敗に終わり、戦わずとして帰ってきたアラヘルドへの風当たりは消して弱いものではなかった。
アラヘルドにとってそれは全くもって痛くも痒くも無かったが、アラヘルドの自宅の前に殺された国鳥の首が積まれていた時は 心底ソイを連れてこなくて良かったと思った
勿論犯人は逃がしていない

しかし、アラヘルドは失態を失態のまま終わらせる男ではなかった。
この6年各国を飛び回り、同盟国を増やしては強い兵器を手に入れ、2年前。侵略対象だった国を遂に落としたのだ。
それは驚異的な速さだ
その力は諸外国に瞬く間に広がり、既に恐れられていたアラヘルドだったが、密かに軍神と囁かれるようになった
女王は強く満足し、王位を譲ろうとしたが、
アラヘルドは条件を出した。

王妃を迎えない事
第2王子派閥の掃除を一任させる事

掃除。アラヘルドの言うそれは皆殺しを指す

しかし、女王ははなから第2王子に期待などしておらず、我が子にも関わらず許可を出した。結婚については、どんな形であれアラヘルドの血を必ず残す事 という条件で頷く


準備が出来た。
アラヘルドは、荘厳な戴冠式
歓喜に声を上げる民の前で、そう思った





ばしゃりと、水の音が聞こえる。
思わず口角が片方上がった
馬とエルバヤに水を飲ませる為、どうせならばとアラヘルドはこの川に向かったのだが
またここで巡り会うとは
微かに笑い声が聞こえる。エルバヤも反応し、いち早くかけていった


























「きゃー!」
なんて事だとソイはエレティアを抱きかかえて水の中に入った。
大きな山犬が飛びかかってきたのだ
興奮して口からは涎を垂らし吠えている
かなり凶暴ではないだろうか
「大丈夫、大丈夫だからね」
怖がるエレティアの頭を抱き込み見えないようにする。
「…どうしよう…」
ごくり、と喉を飲んだ時だった

ぎゃん!
山犬は、素早く飛び込んできた大きな生き物に飛びかかれ悲鳴をあげた。
「ジハ!」
2匹の体格は一回りは違う。ジハはすぐに山犬を抑え込んだ
「ジハ…!だいじょう、…え……?」
ソイはバシャバシャと水の中を進み近寄ると、完全降伏の形をとった山犬に口をぽっかりと開けた
「エ、エル…!?」
ジハも同じく驚いている様子だった
剥き出しにした牙を収め、興奮に立ったしっぽもゆっくり下がっていっている




「久しいな、ソイ」


そうだ、エルが居るのなら
この男がいる
「…アラ…ヘルド…」
視線を向ければ、立派な馬を伴って
やはり立派な鎧と砂よけのマントを身にまとったアラヘルドが立っていた。
「…ぁ」手綱を離し、こちらに歩いてくるアラヘルドに思わず水の中で後ずさる
「まーま?」不安げな声を上げるエレティアをぎゅっと抱き締めると、ジハがエルの上から退き、アラヘルドの前に立ちはだかった
「…お前はあの時の子狼か」
唸り声を上げるジハに、今度はエルが立ちはだかる。
「争い事に来たのでは無い」
「…以前も、そう言った…!」
やっと応答したソイに、アラヘルドは視線をずらした
「以前、この場に私の子は居なかった」
「…っ」
この時、あんたの子じゃないと言えばよかったのに 一瞬の躊躇いはアラヘルドに見抜かれる。
「まぁま、まぁま」
本格的にぐずり出したエレティアの背中を擦りながらあやす「大丈夫大丈夫、怖くないよ。何にも怖いことは、起きないからね」
とアラヘルドの顔を見ながら言い牽制する。
「ジハ、ジハ大丈夫だから」
「エルバヤ」
エレティアが怖がっているのはジハとエルの唸り声だ。ソイが静止すると、アラヘルドも同じくエルを下がらせた
声が聞こえなくなり、エレティアがソイの胸から顔を上げた。
「だぁれ?」


「…お前に、よく似ている」
ソイは、アラヘルドに対して目を丸くするエレティアと同じく、目を丸くさせた。
目の前の残酷な男が、エレティアを見て微笑んだのだ。
「まーま、まぁまっ!だあれ!」
さっきまで大泣きしていたのに、興奮気味に目をキラキラさせるエレティアにソイは少し呆れた。エレティアは面食いなのだ
顔が良い、体格が良い、話し方がいい、
アラヘルドはそのどれか、いや全てに合格したのだろう。頬を染めながらアラヘルドを見つめている
「エレティア」
「…わあっどうして私の名前を知ってるの!」乙女モードになったエレティアは、訛りが消えるのだ。
それにしても、なんの迷いもなく『エレティア』と呼んだアラヘルドに、ソイはやはり傲慢さを感じた。あの時言いつけた名を付けると、疑わなかったのだ
こちらに歩いてくるアラヘルド。エレティアの様子にソイは肩透かしくらい、自らも水の中を進んだ。
「エレティア、ご挨拶は」
「ごきげんよう!私はエレティアです!」
「随分立派なレディだな。我が名はアラヘルド」わざと恭しく名乗ったアラヘルドにきゃーと顔を覆って照れるエレティア。
ソイは今度はしっかり呆れる。それと同時にヒヤヒヤとした
アラヘルドが、自らを父だと告げるのでは無いかと。その不安を知ってか、アラヘルドはソイに目配せをした。

お前に委ねる

まるでそう言われているようだった



















ソイはエルとの再会を噛み締めていた。
「いたずらっ子のエル。立派になったね」
顔を撫で回すが、好きにさせてくれる
ジハも匂いを嗅いではソワソワしていた
遊びたいのだろうか
「ジハも久しぶり、元気だった?怪我はしてない?」
名前を呼ぶとマズルを顔に当てて返事をしてくれる。2匹合わせて撫でながら、ソイは視線をずらした


「お魚はなにをたべるの?」
「多くは自分より小さな魚を食べる。が、狼のように群れで狩りをし、自分より大きな獲物を仕留める魚もいる」
「す、すごいっ!じゃあ、じゃあね!あのね!」


エレティアは、アラヘルドの膝に座りながら瞳をキラキラさせていた。
アラヘルドはエレティアの質問に全て答えては、それに足して知識を伝える
娘の楽しそうな声音に、ソイは少し居心地が悪くなってしまった。
どうすればいいのか、分からないのだ。

この状況が正しいのか間違いなのか
エレティアにとっていい事なのか悪い事なのか。
「まぁま!まぁまもこっち来て!」
「え、え~…?ほら、ジハとエルが、」
わんわんっと吠え、上半身を下げたエルに応えるように、ジハが飛んだ。
こんな風にはしゃいでる姿は久々に見る。
ジハもエルも、昔の友に再会できて嬉しいのだ。すごすごと行くしかなく、アラヘルドと目を合わせることなく近寄ると
エレティアがふふんっいいでしょー!と言わんばかりに膝に乗っていることを自慢げに見上げてきた。可愛くて「良かったね、」と微笑むと、カチリと傍で音がした。
次には布の音がバサリと鳴り、ソイの体は包まれる。
アラヘルドのマントだ
「雄の前だ」
「…は…?」
アラヘルドの視線は遊んでいるジハとエルに向く。ソイは自分の今の格好を見下ろした。
水浴び用の薄い布を纏っているだけで、張り付いて透けている。しかし、ただそれだけだ。雄というのがあの2匹の事を指すなら、この場で最も警戒すべき雄はアラヘルドだろう
「…ふっ、」
何故か分からないが、面白くて声が漏れる
「…ソイ」そっと手を伸ばされたのが目の端で分かったが、何故か拒絶できないのは
エレティアの前だからだと自分を納得させた
「あーー!!!」
エレティアの突然の大声に、アラヘルドがピタリと止まり、ソイも目を丸くする
「こ、こら!大きなお声出さないよ!」
「お魚の本持ってきたらよかったぁー!」
まるでこの世の終わりだとでもいう顔で顔を歪めたエレティア。
「本?」
「…エレティアは魚が好きで」「海だもん!」「海が好きで、少し前本を貰ったんです…でも、字が…」ソイは恥ずかしかった。
俯くソイを見てアラヘルドは簡単に察した。
そして、ぐずるエレティアに言う
「次来る時はその本を持って来るといい。私が読んでやる」
「…ほんとっ!」

ソイは、しまったと思った。
次に会う口実をエレティアを使い作ったアラヘルドを、少し睨まずにはいられない
ただ、「くふふ、うれしいなぁ、うふふ」頬を抑えて心底嬉しそうに笑うエレティアを見れば、駄目なんて言えるわけが無い



アラヘルドならば、エレティアに知識を与えられるのだ


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