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ソイは走っていた。
濡れた身体におざなりに服を纏い、ジハを抱えて。
早く村に知らせねばならない
アラヘルドの事もだが、逃げ込んだ男2人というのが気がかりだった。
ソイはジハの事もあってあまり大人と積極的に交流は持たない。子供達の両親や、村長とその家族以外はすれ違っても軽い挨拶のみだ。いずれ去るつもりである村、情を深くすると悲しくなると思った
たが、そのせいで逃げ込んだ男2人の人となりも人相も、村にどんな風に思われているのかも分からず、あんな受け答えをするしか無かった。
村が匿っていると思われていたらあの男、アラヘルドは何をするか分からない

「…どうしよう…っ」












入口に最も近い家は、村の戦士の家系であるあの若者の家だ。
忙しなく扉を叩くと、間もなくして開いた。「なっ、なんて格好してんだよあんた!」
「大変なんだ、村長にも知らせないと…!」
若いながらもソイよりずっと逞しい胸に飛びつくように報告しようとするが、止まらず走ってきたせいで呼吸が整わない。
「…落ち着けよ、取り敢えず中入れ」
そんな時間ですら惜しかったソイは、頭をブンブンと振って若者の胸ぐらを掴む。
「俺が来た日、他にも逃げてきた男が2人居るって…!どんな人ですか!」
「あ…?どんなって…ほんとどうしたんだよあんた、取り敢えず中に入ってくれ。頼むから」
誰も見てなんかいないのに、まるでソイの身体を隠すように盾になった若者に腰を押され部屋の中に入る。
とっくにジハは家の中に入り落ち着いて座り込んでいる
ソイは肩で息をする自身に、みっともなく取り乱していると我に返った。落ち着いて話さなければ
「…はい」














その後、事の大きさを理解した若者はすぐにソイと共に村長の家に赴いた

「…戦争が始まるのかもしれんな」
「え?」
「貴方が言うアラヘルドという男だが、恐らく海を越えた先の国の将だろう。名の知れた男だ。わざわざこんな田舎に危害を加えるとは思わなんだ。去ったと思い言わなかった儂に責任がある、危ない目に合わせてすまんかった。」
頭を下げる村長にソイは頭をぶんぶんとふった
「頭をあげてください!…違うんです、俺もしかしたら大変な間違いを犯したかもしれなくて…っ」
「山火事の時の男2人だが、人ってのは畑仕事をさせたら分かるもんだ、丁寧に誠実に土に向き合う人間に悪いやつはおらん」
そう啖呵をきる村長に、若者が告げる
「どうするんです」
「どんな過去があろうとあの2人はもう家族、貴方もだ。ソイ 」





「戦うまでよ」























村人達に召集がかかった。
事情を聞いた彼らは驚いた事に戦う事を一切反対しなかったのだ

たった数週間前に迎え入れた赤の他人を守るために命を危険に晒すという
ソイには信じられない光景だ。普通の村ではこんな事有り得ない
それは問題の男2人の胸も強く打った。命からがら逃げてきたというのにその命を村の為に捨てようと、自主的に軍に出頭すると泣きながら告げた。
自分の身可愛さに、浅はかな行いで危険な目にあわせたことを深く深く詫びながら
だが、村人達はそれを良しとしなかった。

この光景に、ソイは何か既視感を覚える
そうだ、これは狼の群れだ。
相手がどれだけ大きくとも、家族1匹のために群れ全体で戦う。とても愛情深い種族

サラン、何故無性に会いたくなるのか
ソイはそんな自分が許せず、滑稽だった。
その深い愛情は、ソイには発揮されなかったというのに。












老人、女子供のみ家の地下に避難させ、何処に隠していたのかと言うほどの武器がそれぞれの家のテーブルを埋め尽くす。
ソイはジハと山犬の子を同じく地下に隠そうとした。一緒ならば寂しくないはず、ジハに友が居てよかった

「あんたもここに居ろ」
ぐずるジハを撫で地上に出ようとした時、若者が出入り口を塞いだ。
「な、何を…!俺も戦います!」
「だめだ、ここに居ろ」
「…いいえ!いいえ!」
若者を押しのけようとした瞬間、強い力で抱きすくめられた。
驚き、反動で髪を揺らすソイの首に顔を埋め、若者はこう言った
「あんたを失いたくないんだ」
この時、ソイは初めて若者の想いを知った。もうこれから一生、そういうものとは無縁になると思っていた。サランが自分を愛してくれたのはとてつもない例外で
それこそ、種族も違ったソイとサランの愛は運命だと、生涯に1度きりだと信じていた
それが残酷に終わったソイには、この若者の想いは清すぎるのだ

ジハが、ソイの背後で不安げに鼻を鳴らしている

自分だけ隠れるなどしたくはない
だが、ジハを置いて死にたくもない
ソイが死ねば、ジハは独りなのだ。簡単に命を散らすつもりなどないが、腕力も剣術も無く、足も不自由な自分が生きて戻れる確率はどれ程なのだろう
ソイを失ったジハが生き残れる確率はどれ程なのだろう

若者は返事は要らないとでもいうように、ソイを押し、地下の扉を閉めた。











いつ、彼らが来るのか
そもそも本当に来るのか
どれ程の兵力なのか
勝気であるものの、不安が滲み出す地下室はひんやりと寒い。
「な、なぁ、私の妹はいつ戻ってくるん?もう戻ってきた?」
「え、居ると思ってたで」
「嘘やろ、あの子妊娠してるんちゃうの」
途端、ざわりとした地下室。子供が不安げに泣き出した
声を出したのは一緒に妊娠をしたと村でちょっとしたお祭り騒ぎになった姉妹の内の姉だ。
両親が居らず2人で支え合って生きてきた姉妹らしく、姉は妹の不在を知ると地下室から飛び出そうとした。
「や、やめぇやあんた!」
「そんなん、まだ敵来てへんやんか!!離してや!」
子供も含めた多くの村人がその女性を抑えた瞬間、その時は来た


外で銃声が聞こえる
一発や二発では無い。
男達の雄叫び、力強い足音が地下まで響く
「うそやん、うそ、うそうそ!離してや!!離してっていうてるやん!!はなして!!」
ヒステリックな程の、悲痛な叫びに名乗り出ないわけが無かった。

「俺が行きます…!」

ソイは立ち上がった。ずっとぐるぐると考えていたが、危機的状況でそれは無駄な事だ。迎え入れてくれた村の為に命を張りたいと思うのは、ジハが居ながら無責任かもしれない。だが、体は言う事を聞かなかった。
ジハをいつも遊んでくれていた子供達に預ける、必ず戻ってくるという意志を込めてあえて言葉をかけなかった。地下から出ると、扉に丁寧に土をかぶせる。
きっと妹は家の何処かに隠れている筈、と感謝と共に姉に告げられたのでその通りに動くが、姉妹の家のみならず、女性の家は獣から守るため村の1番奥に建てられている。往復の間敵が村まで侵入してきたら、終わりだ。
 

だが村の戦士達は今まさに敵を踏み込ませまいと村の外で戦っている。今しかないと、ソイは一気に走った



























「早く!こっち!」
銃声から剣がぶつかり合う音に変わり、接近戦になったのだと察した頃、運良く家に向かうまでもなく、妹は地下に向かっていたようだった。だが酷く怯えて動けなくなっていた
ソイは手を取り励ました。お姉さんが待っていると、子供を守らなければと
母親とは強いものだ。途端に瞳にしっかりとした光を宿した妹は、ソイに手を引かれ進む

早く、早く、と急くのは

戦争を仕掛ける程の大国の将率いる軍に、勝てるわけが無いと思っているからだろうか
だが、それでも戦うのだ。命散って全て無駄になったとしても、家族を守る事はきっと、この村の誇りだから

ドンッ

突破された事を知らせる銃だ
空には色の着いた煙が上がっている
遅かった…!とソイは唇を噛み締めた。
ソイは妹を誰かの家に入れ、野菜などを保管する床下に隠れさせた。カーペットを敷いてテーブルを置けば何とかなるかもしれない
「あなたは!?」
「俺は大丈夫、何が起きても声を出しちゃだめだよ」
そう言って、蓋をした。
今なら、あの若者の気持ちが少しわかる。死んで欲しくないのだ
これからこの女性は元気な子を産んで、姉妹仲良く助け合いながら暮らす。子と子を遊ばせ、子が子を作り、家族が増える。きっとそんな未来が来ると信じて疑わない筈だ。
かつてのソイのように



ソイが立ち上がって間髪入れず、
家の扉が蹴破られた。
見知らぬ、身体の大きな兵士はソイの首を掴んで引きずり倒した。「うぁっ!」
床に叩きつけられ、そのまま髪を掴まれ外に引きずり出される。
「女共はどこだ」鎧を顔半分被っていても分かる、いやらしい顔にソイは顔を顰めた「下衆野郎…っ」すかさず殴られ、首を絞められる。強い酒の匂いが近付き目を見開いた
「んぐっ、うっ、~!」
気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い!

「おいおい、戦士以外に手を出すなって命令がって、聞いちゃいねぇなこりゃ」
「どうせ朝まで飲んでて命令の内容すら聞いてねーんだろ。ほっとけほっとけ、とばっちり食らうぜ」


身体をまさぐられながらソイはやってきた別の兵の会話を聞く。
その声音には、一切の緊張感も切迫感も感じられない。絶望だった
戦った村人達は皆、死んでしまったのだろうか
「う、おぇ、やめろ!離せ!!触るな!!」
「酔ってりゃー、男も女も変わんね~」
機嫌が良さそうに、まるで歌うように告げる兵に腰を抱えられ、ソイは拒絶を叫んだ

























「し、静かにな、ジハ!あかんっ鳴かんとって!」
幼い子ですら察して口を噤んでいるというのに、ジハは毛を逆立てて唸っていた。
小さな手で口を抑えられたのを不快げに首を振って外し、地上に続く土で出来た階段を登る。すんすんと匂いを嗅ぎ、ジハは掘り始めた
「あ!!」
「…好きにさしたりいや、どうせもう皆あかん……」そう言うのは、姉妹の姉だ。
乗り込んできた兵達の足音を聞いて、妹が死んだと絶望している。

「…なに、何言うてんの!私は戦うで!村守るためやったらなんぼでもやったる!」
年配の女が声を上げると、「私も」「私も!」と次々と声が上がった
「男達を助けに行こう!」




























「ぅあ、ぐっ…」
ソイの頭に駆け巡るのは狼達だ。
骨を折り、皮膚を裂いてソイを犯した、狼達。過去に負けてはいられない、ソイには守るべきものがある。

分かっているのに

「やめ、やめろ…!いやだ…!!」
悔しい、悔しくて堪らない。
溢れ出る涙でさえ、ソイを覆うこの男を興奮させているのが分かる。
「サラン……っ」

絞り出した、ソイの中で最も禁句とした言葉を最後に吐いた途端。
覆いかぶさっていた男が叫び声をあげた。

「うあああ!なんだ!がっ、くそっ」
男に、弾丸のように飛び込んで来た獣が襲いかかっている。サランが来てくれた、一瞬そう思った

だがサランよりもっとずっと小さい




「ジハ…!」

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