四次元堂奇譚

一綿しろ

文字の大きさ
上 下
19 / 41
二冊目 時戻りの時計

未来からの誘拐犯

しおりを挟む
 光が収まると、俺は病室のドアの前にいた。思い切ってドアを開けるとベッドで眠っている祥子さんの姿があった。

「祥子さん……」

 俺は静かに名前を呼んだ、けれど反応は無い。

「言っただろう、目が覚めないって」

 声にぎょっとして声の方を見ると、祥子さんの横に公園で会った怪しい男が佇んでいた。

「あんた、何でここに」
「彼女を迎えに、な」

 そう言って、祥子さんの髪の毛を愛おしそうに触った。その行動に嫌悪を覚える。

「祥子さんに触るな、人を呼ぶぞ!」

 俺が震える声で言うと、男は俺をじっと見て、

「時計は手に入れたな?」

 と尋ねた。

「時計……?」
「ああ、これ」

 そう言うと男は白衣のポケットから時計を取り出す。その時計は先程あの店で貰った時計と同じデザインだった。あわててポケットを探る、俺の時計はある。どうして、同じ時計をこの男が持っているのか。こいつもあの妙な店に行ったことがあるという事なのか?

「お前、何者だよ?」

 俺の問いかけに、男は静かに俺に近づくと、

「俺は未来から来たお前だ」

 そう告げた。

「は?」

 間抜けな声が出てしまう。当たり前だ、未来から来たなんてそんな事が信じられるはずがない。

「未来から来るなんて、そんな事が出来るはずないだろ」
「いや、出来るさ。お前も持ってるだろう?」

 そう言われてハッとする。この時計は本物なのか? 本当に過去へ行けるのか?

「お、お前が未来から来た俺だとして、何しに来たんだよ」
「言っただろう。祥子さんを迎えに来たって」
「どうして……未来にも祥子さんはいるだろう」
「いや、いない、俺は過去に未来から来た自分に祥子さんを攫われた。今からお前が経験することだ」

 未来の俺が淡々と告げる。

「待ってくれよ、頭が追い付かない……なんで祥子さんを未来へ連れて行くんだよ」

 混乱する俺に、男は静かに説明を始めた。

「祥子さんの病気はこの時代では絶対に治らない」
「病気って……過労で倒れただけじゃ……」
「違うんだ、過労によく似た症状から始まるのがこの病の特徴だ。発病したら最後、二度と目を覚まさないまま体が衰弱して、死に至る。この時代では未知の病……まだ発見されていない病なんだ。だから手の施しようがない」
「死……!?」

 信じたくない現実を突きくけられて頭が真っ白になる。祥子さんが死ぬ? このまま、目を覚ます事もなく?

「そ、そんなの嫌だ! 嘘だ! 祥子さんが死ぬなんて! 嘘をつくな!」
「嘘じゃない、叫んだ所でこの事実は変わらない、落ち着け」

 男の同情か哀れみなのかそんな視線に俺は顔を伏せた。

「俺は死に物狂いでこの病について研究をして、やっと完成させたんだ、特効薬を」
「薬を作った……」
「だから、迎えに来た。助けるために」

 男の祥子さんを見つめる優しいまなざしを見て思う。この男……未来の俺はきっと、祥子さんの為に死に物狂いで薬を完成さえたんだろう。そして、あの店で手に入れた過去に行ける時計を使い迎えに来た。

「祥子さんを未来に連れて行かなければ……」
「このまま、目を覚ますことなく、死ぬ」
「祥子さんを助けるには、あんたに託すしかないんだな……」

 祥子さんの事を思うのなら、ここはこの男に彼女を託した方がいいのだろう。けれどそれは今の俺と祥子さんの別れを意味する。

「時間が無い、彼女は連れて行くぞ」

 何も言えない。涙が止まらない、何もできない自分が悔しくて。祥子さんと別れたくない、けどここで男を止めても、きっと祥子さんは目を覚まさずに死ぬ。死んでほしくない、けど……俺は……祥子さんと離れたくない。
 祥子さんを抱き抱えた男は、俺に言葉を投げる。

「俺は、祥子さんがいない三十年を過ごした。この人を助ける事だけを考えて生きてきた。だからお前も三十年苦しんで薬を作り、そして過去の自分から祥子さんを奪えばいい」

 その言葉にハッと顔を上げる。

「お前は強くなれる、祥子さんの為に」

 男が時計のリューズを押す。次の瞬間に二人の周りの空間が歪み、そしてそれに巻き込まれる様に消えた。

「祥子さん……」

 俺はそれを、見送る事しか出来なかった。

「……俺も……」

 時戻りの時計はこうして手元にある。祥子さんを攫われたのも、時計を貰った事も、全て現実なんだ。時計を握りしめ決意する。
 俺も迎えに行こう。未来から過去へ愛するあの人を。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

処理中です...