アレが見えるの

青木誠一

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その一     御影

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 幽霊なんて僕に見えるわけない。でも幽霊からは僕が見えるという。それも大人気、寄ってたかって取り巻いてるんだ。幽霊が見えるあの娘はそう言ってた。
 あいつ、黒石御影(くろいし・みかげ)が。

 転校生じゃないけど、そう紹介されても通じるほどクラスの中で存在感のなかった子。みんなから「霊言(ことだま)娘」とあだ名される、ちょっと毛色が変わってるけど、わりと美形なのでそういうことは大目に見られるタイプの子。
 はっきりと僕に告げたわけじゃない。誰れ彼かまわず言いふらしたわけでもない。少数の友だちに話しただけらしいが、こんな話を聞いたら誰かに話さずにいられなくなる。それで、どんどん広まっていくようだ。
 おかげで僕は「幽霊たちのアイドル」としてクラス中の評判になってしまった。これはもう、風評被害の域だ。ちなみに、御影のほかに幽霊が見えるとか言ってる子は誰もいない。

 その彼女は僕に近寄ろうともしない。いつも遠目で見るだけで、なんだか避けてるみたい。そばに寄れば、離れていってしまう。
 そう、避ける。とにかく、僕を避ける。まるで無意識に、自然体で避けられてる気がする。
 ちくしょうめ! なんで、こんなに避けられるのが気に障るんだろう。好みのタイプでもないのに。

 ある日、ついにたまらなくなって本人に問いただした。
 じかにではなく、ケータイで。御影と仲良くしている園田喜代美(そのだ・きよみ)に連絡を取りもってと頼んだのだ。彼女はずっと親切だった。もっとも僕が頼めば、たいていの女の子は言うことを聞いてくれる。
 園田が御影に電話をかけ、僕と替わった。
 僕は、御影と仲良しの子から一時的に借り受けたピンク色のケータイに向かって勢いよくまくし立てたい欲求を抑えながら、静かに、丁寧に訊いてみた。

「僕が幽霊に取り巻かれてるって言いふらしてるけど、おかげで迷惑してるんだよ」
「迷惑なのは、幽霊にとり憑かれてるから? わたしがそう見えると言ったから?」
「決まってるじゃないか。きみが言いふらしたせいで、みんなが僕を変な目で見るようになったからだろ」
「それだったら、みんなのほうに文句を言うのが筋じゃないかしら」
 むむむ。妙に納得した気になった……なんてことはない。丁重に謝罪を求めてこんな応答されたら、怒るのが筋だろう。
 こいつ、微塵も反省してないぞ。真相はどうあれ、自分の口で他人に災い招いたくせに。

「なんで僕って、そんなに幽霊に評判がいいんだろ」
 御影は電話を通して話せば、そう内気な感じでもなかった。はっきりとした口調で、自分の意見を言う娘だと思った。
「オバケ好きがするタイプなのよ」
「それじゃ特異体質じゃないか。そんなにみんなと違って見える? 自分で言うのもなんだけど、変人とか異常だとか言われたことないからね」
 そうさ。変わってるのは断じて、御影のほうだ。僕なものか。
「それは、あちらのほうで決めることだから」
 彼女は、他人事のように、変えられない規定事項のように、僕が幽霊にとり憑かれる定めだと決め付けていた。
「人間から見てどう見えるかは大事じゃないの。いるのよ。何万人かにひとり、そういう体質の人が」
「ほんとにオバケが見えてるの?」
 思い余って僕は、心の中でわだかまっていたことを口にした。ほんとにヤバイ気配なんか感じない。だいたい、いままで幽霊なんて見たことない。この自分が数多の幽霊にとり憑かれてるなんて、からかってるんだろ。
「今だって、周囲には誰の気配もしないし」
「そうかしら。通話口からにぎやかな声が漏れてくる。とても騒がしい雰囲気よ」
「今、教室でひとりなんだけど」
 廊下で御影の友達が待ってるだけだ。
「そうでしょう。独りでないと、オバケは周囲に群れないの」
 ぞーーっとしたわけではない。あっけらかんと応じるしかない言い草だった。
 御影はさらに突っ込んできた。
「あなた、霊気とかそういうもの感じない?」
「ぜんぜん」
 なんだか、きみといるほうが怖そうだとまでは言うまい。
「やっぱり。そういうものなのよ」
 何が、そういうものだろう。
「でも無害だから心配いらない。幽霊ってそうなの、だいたいにおいて。たまにものすごいタチ悪なのがとり憑く場合もあるけど、たぶん大丈夫。ほら、生きてる人間と同じ。大多数は普通の人で、凶悪犯に出くわすなんて稀でしょ」
 そういうものかなと思った。御影の語ることは説得力ある感じで同調しそうになってくる。
 いや、こんな自分ではいけない。僕は文句の付けどころを切り替えた。
「きみは僕を避けてるようだけど。幽霊が怖いのかい、僕が怖いのかい。どっちなの?」
「あなたを避けてるんじゃない、あなたにとり憑いたオバケたちを避けてるの」
「なんで? ほとんど無害だと言ったよね」
「あたし、幽霊が大っ嫌い。無害とか有害とか関係なしで、ぜんぜん関わり合いたくないの、ほんとに見るのも嫌だから。でも、見えちゃうの。あなたのそばに大勢」
「僕には見えない」
「見えないほうがいいわ」

 話はここまでだった。約束の時間がきて、会話の内容がわからない距離で僕が話す様子をうかがってた御影の友だちが、ケータイ返してと割り込んできたのだ。
 通話は終わった。
 僕はため息をついた。そして、同調を求めるように御影の友だちに訊いてみた。
「そっちにも見えるかい、僕のまわりにいるオバケって?」
「見えない。まったく」
「霊気とか感じる?」
「感じないよ、ぜんぜん」
「それでも、あいつの言うこと信じる?」
「嘘をつく子じゃないから」
 なるほど、そういうことか。友達は嘘吐きじゃない、自分が見えなくてもそれは関係ない。
 園田は声をひそめ、顔を寄せてきた。
「ずーっと見てるとわかるんだって。幽霊たち、他の人たちには目もくれないのに、守屋くんには気が付いて、そばに集まってくるそうよ。守屋くんの存在だけ認知するみたいだって」
 守屋というのは僕の苗字だ。紹介が遅れた。守屋護(もりや・まもる)。一部では名門の誉れ高い、私立稲葉高校二年。学力も体力もまずまずなら、容姿もまずまず、たぶん家柄もまずまず。ついでに言えば、この高校の程度もまずまずさ。
「そう言ってるだけなんだろ」
「そう。あの子はね」
「信じるわけ?」
「嘘を言う子じゃないから」
 堂々めぐりだな、これじゃ。
 あいつが嘘吐きに見えるか見えないかはどうだっていい。幽霊が見えると言った。そのせいで、僕はみんなから異様な存在に見られてる。まさにそれこそが問題だ。
 幽霊に団体でウォッチされてるなんて、確かめる術はない。確かめる必要もない。ただ、そうだと言ってる御影を黙らせればいい。変な噂を広めて済みません、もう言いませんと謝ってもらえばいい。そして風評がこれ以上広がって害をもたらすのを阻止したい。
 それだけだ。

「でもね……」
 園田は言いにくそうにして言葉をつないだ。フォローしたかったのかな。
「あたし、守屋くんだったら、そばに何がいたって気にしないけど」
「そう?」
 僕は挨拶だけして、教室を出た。
 園田はもっと一緒にいたい様子だったが、こっちはそんな気分じゃない。
 御影と仲良くする子はいつも決まっていた。容姿や頭の出来、家庭の事情などどこかしら不幸なところがあり、僕の目には魅力がない子ばかりだった。
 独りになれば幽霊どもが寄ってくるのだろうが、見えない相手といたほうが気が楽だ。

 さて。
 次の日、もっと劇的な事態が降りかかった。


( 続く )
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