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第三章 最終決戦
あとがき ーエピローグ そして感謝ー
しおりを挟む心地よい風が吹き抜ける海岸。
今日は小春日和だ。耳障りのいい波の音と風が、私の頬を掠めた。自然と瞼を閉じれば、姉の姿が見える。
「朱己、外で何時までも秋風にあたっていては、体に障りますことよ」
「妲音。大丈夫だよ、すぐに中に入る」
「貴女はいつもそう仰るばかりで、行動には移した試しがありませんわ」
世話好きの姉の小言が耳をすり抜けた。
軽く返事をして、ふと我に返る。
「妲音。幸せだった?」
眼の前の姉は暫く怪訝そうな顔をして、呆れたように笑った。
近くに歩み寄る姉は、私の傍まで来ると立ち止まった。
「今更何をおっしゃいますの? 幸せでなくて、なんだと言うんですのよ。熱でもありまして?」
「いや、ごめん。なら、いい。私も幸せだった」
姉のため息が聴こえて、暫くすると昔の婚約者の姿。
「朱己」
「こうちゃん」
なんだかバツが悪そうに、彼は視線を逸らした。
風になびく彼の髪の毛はとても美しく、思わず目を細めた。
「こうちゃん。私、幸せだったよ」
私の言葉に僅かに目を見開いた彼が、申し訳無さそうに、しかし少しばかりはにかんで頷いた。
「あなたのことを、いつも想っているよ。確かに、許せない部分もあるけど……それでも、貴方からもらったものは、私の糧だから。貴方はどこにいても、独りじゃない。私達がいる」
「ああ……」
ありがとう、と聞こえた気がした。
気がしただけで、現実に引き戻された私の耳には彼の声しか聞こえてこない。
「朱己! ここにおったのか。 オーヴェや師走が探しておったぞ」
「……ありゃ、悪いことしたわね」
「珍しい。こんなところで寝ておるとは」
静かに揺れる椅子に持たれて、気がつけばうたた寝をしていたらしい。夢にしては現実味のある内容に暫く思いを馳せていると、眼の前の彼が顔を覗き込んできた。
「ほれ、どうした」
「……妲音と、こうちゃんの夢を見ていたの」
「そうか。元気そうだったか?」
「ええ。幸せだったって伝えていたの」
彼は私の横に腰を下ろすと、慈しむように髪を撫でてくれた。膨らんだ私のお腹に手をあてながら。
「二人の夢とは……腹の子が、漆黒の牙の生まれ変わり、なんてことがあったりしてのう」
「ふふ、センナを砕いたのに?」
冗談だ、と言って笑う彼の細くなる目が愛おしい。
争いの日々が嘘のように、平穏で幸せだ。
「漆黒の牙でも、なんでもいいわ。無事に生まれてきてくれるなら」
「そうだな。もし漆黒の牙だとしたら、幸せでお腹いっぱい胸いっぱいにしてやらぬとな」
「そうね」
背中の方から声がする。どうやら、二人が探しに来たらしい。
「ちょっと葉季! ミイラ取りがミイラになってんじゃあないの!?」
「オーヴェ。そんなことはない、今帰ろうとしておったのだ」
「朱己、体に障る。これを羽織れ」
「お主、いつも朱己には過保護だのう」
彼だけでなく、私の周りは過保護揃いだ、と言いかけて口を閉じた。言わずとも、わかっているだろう。
「みんな、ありがとう。さ、帰りましょう」
「ああ」
幸せとはなんだろう。
孤独でないことだろうか。辛くないことだろうか。苦しくないことだろうか。立派に生きることだろうか。強さを讃えることだろうか。
「私、幸せよ。みんなのおかげね」
「なあに、いきなり」
「わしも幸せだ」
きっと、人によって違うのだ。
私にとっての幸せを、大切にしたい。そして、大切な人の幸せも。それぞれの幸せを、守っているように。
きっとまた明日は巡る。無情にも、容赦なく訪れる。それでも、私達は幸せを求め、探しながら生きるのだ。
未来に思いを馳せ、過去に愛を憶えながら、今を生きる。
___
本当のあとがき
こんにちは。
弦景真朱と申します。
処女作、「朱色の雫」これにて完結です。
幾度の輪廻を経て、彼らの心が少しずつ成長し、挫折し、恨み恨まれて、また愛しあう、人は不完全だからこそ共に歩む、をテーマに書き続けた作品です。
処女作もいうこともあり、拙い文章で読みづらい部分も多々あったかと思います。(今後、書き直しか推敲の中で修整していく予定です。)
これからも、皆様に朱己たちの旅路をお届けできる機会があれば嬉しく思います。彼らはまた輪廻を繰り返しながら、愛し、憎み、失い、それでも共に歩む道を探し続けていくのだと思います。
どうか、彼らの道を見守ってください。
最後に、読者の皆様、多くのご意見をくださった皆様、本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。
二〇二二年 霜月 弦景 拝
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続く
読ませていただきました!
細かい物語の設定と、時代背景、情景などの描写が上手く描かれていると思います。読んでいるうちに自然とナルスの国に入っていくような……そんな不思議な感覚に陥ります。読み込み深い作品と思いますのでこれからも読み進めて行きたいとおもいます!
これからも頑張ってください!
ビスリンさん、感想ありがとうございます……!!
大変恐縮です。読み込んでいただきとても嬉しいです。
展開が遅い作品なので、少々くどさもあるかもしれませんが、お時間のあるときにゆっくりお読みいただけますと幸いです。
本当にありがとうございました!
今後ともよろしくお願いいたします!