上 下
232 / 239
第三章 最終決戦

最後のギミック

しおりを挟む

 漆黒の牙ニゲルデンスから溢れ出る憎悪が、私を焼き尽くさんとばかりに炎を巻き上げる。彼にとっては心底許せない話だったのかもしれない。

――貴方が囚われているのは、祭様ね。

 私の言葉が、彼に燃え盛る火をつけた。
 何よりも事実だと示しているのだ。彼自身の行動が。

「あの女は不完全だった! なのに俺に指図したばかりか、俺の上に立ったのにも関わらず簡単に暴走した、愚かで、嘆かわしいほど弱い身の程知らずだ」
「暴走させたのは貴方でしょう!?」
「暴走のきっかけを与えたに過ぎん。現にお前は今解除リヴァレしても正気を保っている」

 彼は目に怒りを滲ませながら、腕を振るい毒の霧を放つ。水の膜を作り出して霧を遮ると、同時に玄冬の手に現れたもの。
 紅く滴る彼の血、のように見えた。

「お前は暴走とは何だと思う」
「……」
「何故俺達は暴走なぞせんのに、お前だけは暴走するんだと思う」

 彼の手から滴る血が揺れた。
 同時に全身に伝わる殺気が、私の目を釘付けにして離さない。

朱色の雫ミニオスティーラ解除リヴァレ。そして暴走。おかしいとは思わなかったか?」
「何が言いたいの? まるで……」

 まるで。
 朱色の雫わたしだけができるかのよう。
 私にだけ仕組まれた、破壊の能力とでも言うのか。

「暴走は仕組まれたものだ。解除リヴァレを導き出せない過去の朱色の雫ミニオスティーラに、俺が与えてやった存在価値だ」
「存在価値……」
「暴れ、国を破壊することでしか存在価値を導けない哀れな朱色の雫ミニオスティーラなんだ、お前は。祭もそうだ。俺が存在価値を与えてやったにすぎん。解除リヴァレでしか逃れることのできない破壊の力」

 彼の手から伸びる紅い雫が眼の前で霧散した。
 咄嗟に口を塞ぎ、息を止める。

解除リヴァレが出来た最強のお前を暴走させることが出来たら……俺の望みは今度こそ叶う」
「……!」

 覚えがある匂い。
 暴走を逃れるために解除リヴァレしたというのに、更に暴走させようとするなど、正気の沙汰ではない。

「まさか……この血は……」
「なんだ、気がついたのか?」

 にたりと嗤う少年は、心底愉悦に浸っているように見えた。
 考えてみればそうだ。
 私だけが暴走できる、というのは謎でしかない。
 暴走とは現象だ。
 つまり。

「この血は、貴方のセンナね……!」
「御名答だ、朱色の雫ミニオスティーラ
「そういうことね……センナを暴走というのは、貴方がセンナを粒子まで分裂させ、センナを支配している状態ってことかしら」
「……正確には少々違う」

 声がして、反射的に後ろを振り返る。
 全身血まみれの師走が、葉季とともに佇んでいた。

「師走……! その怪我、なんで?」
「気にするな、先に受けた傷が修復できなくなっただけだ。それよりも……やっと認めたか、漆黒の牙ニゲルデンス
「ふん。白金の灯プラティニルクス、記憶更新に勤しんでいるのか? 立派なものだ」

 二人の会話についていけない私に、葉季が隣で口を開く。眉間に皺を寄せながら。

漆黒の牙ニゲルデンス。お主のそのセンナの粒子が、朱己の暴走を引き起こすギミックだと、そういうことだな? ならばあの時、時雨が朱己に打ち込んだものも、貴様のセンナの粒子だったわけか」
「御名答、御名答。流石だな。朱色の雫ミニオスティーラを作るときに入れ込んだ能力である解除リヴァレ……その解除リヴァレに匹敵する力を強制的に発動させる、暴走」
「そしてその暴走の発動条件が……漆黒の牙ニゲルデンス、貴方のセンナということね」

 相変わらず薄気味悪い微笑みで、彼は私たちを見つめる。師走が記憶を事実に書き換えるために力を消耗してしまうために、傷を塞げなくなっているのは誤算だ。漆黒の牙ニゲルデンスとの力の差は、あとどれほどか。
 そんなことを考え、顔を僅かに歪めたのがばれているかのように、眼の前ににいる彼は私の名を呼んだ。

「朱己、さすがだな」
「貴方に褒められても嬉しくないわ、玄冬」

 彼からほとばしり出る嫌悪と嘲笑の念が、私たちを飲み込むまでにそう時間はかからなかった。何より私の中に潜み、先代の朱色の雫ミニオスティーラを陥れた力が、漆黒の牙ニゲルデンスという最後のギミック付きだなんて。
 我々の絶望が、彼には大層ご馳走のようだった。

「俺にしか、お前の本当の姿を開放できない。俺にしか、お前を楽しませられない」
「破壊と殺戮に悦を覚えたことはないわ」
「たわけ。認めたらどうだ、殺戮に特化した力を持つ、最強の五珠。俺はお前を使って、俺の望む世界を手に入れる。何度でも言おう、お前は俺がいなければ真の価値を発揮できない」

 彼の怪しく輝く瞳が私を捉える。
 思わず睨み返せば、彼はおかしそうに笑った。

「嫌なら俺を倒せ、朱己」
「望むところよ……!」

 火花が散る。
 彼の目の前で、交わる刀が激しく鳴る。
 どうしても譲りたくないものがあるのだ。
 私は。

 奥歯を噛み締めながら、玄冬の漆黒の刀を弾いた。

「この世界は、貴方には譲らない!」
「やってみろ、お前に今こそ教えてやる! お前のセンナが何を望んでいるかを!」

 彼の望むものが、望む世界が、きっと私達と交わらないのだとしても。

 必ずこの世界は守ってみせる。
 私達の最後の希望なのだから。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

私の運命は高嶺の花【完結】

小夜時雨
恋愛
運命とは滅多に会えない、だからこそ愛おしい。 私の運命の人は、王子様でした。しかも知ったのは、隣国の次期女王様と婚約した、という喜ばしい国としての瞬間。いくら愛と運命の女神様を国教とするアネモネス国でも、一般庶民の私が王子様と運命を紡ぐなどできるだろうか。私の胸は苦しみに悶える。ああ、これぞ初恋の痛みか。 さて、どうなるこうなる? ※悲恋あります。 三度目の正直で多分ハッピーエンドです。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

処理中です...