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第三章 最終決戦
掴んだ温度は逃さない
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怒り狂う漆黒の牙と、その様子を見て口角を上げる葉季。
我からすれば、命知らずな行動に度肝を抜かれるとともに、一種の頼もしささえ得てしまうほどだ。尤も、我が相手も一筋縄でなんとかなる相手ではないが。
「貴様の解除がここまでとはな」
「……」
言葉を発さない彼女の瞳の奥には、温度さえない。
何度も作り直し、何度も失って、何度も渇望した存在。やっとセンナが持つ力が安定したと思えば、不完全で不出来な、双子でセンナを分かち合った朱色の雫が生まれた。しかし不出来などどうでもいいほど、我が世界に色を挿した存在。そして喪い、虚無を得たのはつい昨日のことのようだ。
回収できたセンナは一握りで、回収してまもなく朽ち果て、灰となった。記憶を読むには心許無く、断念した。
奴等の記憶を辿る方法は、今の朱色の雫のセンナを読むしかない。
やっと現れたのは、眼の前の女。
最初は話にならぬほど弱く、無知な女だった。焦がれるほど会いたいと願った姿は、絶望するほど見る影もなかった。
だが気付かされたことがある。
朱色の雫とはいえ、一人の人であること。周囲の者たちが、全力で守ってきてくれたことを理解している、強かな女。
今となっては、出会った頃とは見違えるほど朱色の雫として開花した、正真正銘、過去に例を見ない最強の朱色の雫。
「本気で来い」
「……」
腰を落として静かに構える。
眼の前の女は何かを言いたげに口を開くが、言葉をなさない。理性があるなら対話もできるが、望みは薄いだろう。最早止める術は一つ。
「我が貴様を止める、この命に代えても」
朱の髪がなびく。
美しかった腰までの長い髪は、今や肩ほどまでしかない。それでも美しさが残っているのだから、本人の美しさなのだろう。彼女の背景に、絶望の色が濃く漂っているとしても。
「朱己」
我が言葉に反応して飛び出す女は、一呼吸もおかず我が首を掴める位置に来る。左手で女の手を弾き、鳩尾に手刀をお見舞いした。間髪入れず蹴り上げると、ゴム弾のように体を回転させながら飛んでいく、はずだった。
彼女の体は蹴り上げられてなどなかったかのように佇み、我の腕をを掴む。女の腕を切り落とし、顔を手の甲で弾き飛ばす。
まただ。何事もなかったかのように、女は微笑むだけ。
何度も何度も、女を痛めつけても。
その度に、何事もなかったかのように佇む女を見ては、心のどこかで冷めていく温度。
最後の望みを逃さないように握りしめた。
「送り火」
女を掴み直接注ぎ込む。
送り火は、センナまで火傷するほどの技。たとえ五珠でも無傷では済まない。
済まない、はずなのに。
痛くも痒くもないと言わんばかりの面持ちの女を目の当たりにして、頭に過ぎる過去の側近の姿。
「まさか……これが、喜か」
過去に解除をして理性を失った側近が、どういう状態だったのかを以前朱己のセンナから読んだ。
まるで玩具を手に入れた幼子のように、破壊することをただ喜んでいた祭。そして祭を止めるために心を怒りに染めた冠。
僅かに目を瞠った我がおかしかったのか、理性などないはずの女は、静かに笑った。
「爆発」
女の顔が、見えなくなった。
体が内側から爆ぜる感覚と、握り込まれたセンナ。
手が残っているのかはわからない。
ただ、これがもし最後なら。
本能のまま女を腕の中に押し込め、首に噛み付いた。
「……ている」
言えたかどうだかわからないまま、体が消えて行くのをただ耐えた。ただでなど消えてやらないと、そう心に誓って。
___
遠くで何かが聞こえる。目を開けても真っ暗な世界の中で、正直何も見えない。
誰かはわからない。ぼんやりとしか聞こえない。
「誰……?」
先代の長二人から引き継いだ、朱色の雫としての力。そして解除。
私は解除して、それから。
わからない。
どうしたのだったか。
今、どうなったのか。
この感覚、以前にも経験している。
__朱己!
そうだ。
よく知った声の主。誰だったか。
ヴィオラ?
違う。
誰だ。
体が熱い。弾けるような衝撃がある。
私はどうなるのか。この方向感覚を奪われた暗闇の中で。
そうだ、あの時もそう思った。
「私は……」
ふと、見上げた先に射し込む一筋の光。
暗闇の中、僅かに射した光に手をのばす。
私が解除したことで、もしかしたら私自身も死に向かっているのかもしれない。もし、そうだとしても。漆黒の牙の支配から逃れるために選んだのだ、解除を。ここで飲まれてしまっては、漆黒の牙の思うツボだ。
必ず、解除を成功させる。このまま死ねない。諦めるにはまだ早い。
ここで負けたら、誰にも顔向けできやしない。
私はまだ、生きている。生きていたいんだ。
「負けない……!」
___
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