221 / 239
第三章 最終決戦
恐怖はここに捨てていく
しおりを挟む祭と手合わせをした後、あたしは夜が更ける前にヴィーを後にした。いつもどおりの笑顔を見ることができて、心底安心していたのかもしれない。
祭が、あの子がいれば、曆と冠がどんな関係に発展したとしても、何も過ちなど起きないと。
平和に慣れすぎたあたしは、すっかり忘れていたのだ。彼らの存在を。
ある日、祭と冠に会いに曆の館に行った時だった。いつもどおりさして力を込めずとも開く扉の奥は、何やら不穏な空気が流れていた。
「なんだと? 漆黒の牙が?」
「ああ、偵察隊が見つけた。事実だ」
「遂に来たか」
冠と曆が眉間に皺を寄せながら話している。
部屋に入るやいなや、ただならぬ雰囲気に息を呑んだあたしは、しばし問うのを躊躇った。
あたしの様子に苦笑いするかのように、祭が口を開く。
「漆黒の牙が復活し、妾たちと対立しておるのじゃ」
「漆黒の牙が……ついに復活したのね!」
目の当たりにすると、緊迫感が違う。
元々はあたしと彼の暇つぶしで生み出された五珠。あたしは元凶の一人だ。今でこそ五珠……いや、白金の灯の理想に賛同したあたしではあるが、漆黒の牙は今でも彼の理想を追い求め続けている。
「今どこに?」
「ヴィーの近くまで来ている。居を構えているということだ、こちらに攻め込む準備を整えているのだろう」
「攻め込まれるのを待ち迎え撃つより、反逆者として討ち取りに行くのが良いのではないか? 妾と冠が征く」
曆の様子を見ながらも、完全に前のめりな祭。
曆は眉間に皺を寄せながら、黙っていた。冠は見兼ねたように口を開く。
「曆。すでにヴィー傘下の国に被害が出ている。宇宙界筆頭として、黙って見過ごすわけにはいかない。私達は朱色の雫だ。戦場だろうとどこだろうと、敵がいるなら行く」
「冠、結局行ってもらうことにはなる。国を守り、完膚なきまでに潰すには、今貴様等を送り込むのがいいだろう」
曆が悩むのも無理はない。漆黒の牙はずっと輪廻していなかったにも関わらず、突然輪廻したかと思えば攻め込んできた。何かしらの狙いがあるのは当然で、目的の一つは今も朱色の雫だろう。
それをわかっていて、あえて送り込むのか、ということ。そして、何より恋人を送り込みたくはないだろう。無事に帰ってくる保証などない戦地へ。
冠は曆の心がわかるかのように微笑む。
「曆。必ず生きて帰ってくるよ」
「当たり前じゃ! 妾たちは朱色の雫。どこへ征こうとも生きて帰る」
「漆黒の牙は甘くない。けして油断するな」
二人の目を見る彼の姿は、側近を信頼した主であり、恋人を送り出す不安を滲ませた一人の男だった。
「曆……」
口から溢れた言葉が、彼に届いたのかはわからない。ただ、彼の変化を見続けてきた立場としては、今の決断がどれほどのものか容易に想像できる。
「では、行ってくる」
「曆を頼んだぞ、ストラ。そちが居れば、ヴィーは問題ないじゃろ」
祭はいつもこういうとき、笑顔だ。それも、とびきりの、弾けるような笑顔。だが、今の彼女は少しだけ微笑むのみで、いつものような笑顔を見せない。
「待ちなさい、祭!」
咄嗟につかんだ腕は随分と細かった。元々細いのは知っていたが、更に細くなったように見えて、思わず全身を見回してしまった。痩せた。間違いない。
「何じゃ、ストラ」
「あんた……なんか引っかかってるなら、今言いなさい。心が惑えば死ぬわよ」
怪訝そうな顔つきで見つめ合うあたしたちは、他の二人からどう写っていただろうか。
暫く無言でいた祭が大袈裟にため息をつくと、あたしの腕を振り払い近くの椅子に腰掛けた。
「上手く誤魔化せたと思ったんじゃが……妾はすでに漆黒の牙と会った。接触したのじゃ。本当なら戦いたくはない」
「なっ」
その言葉に驚きを隠せないあたしたちは、しばし目を見開いたまま祭を見つめた。
「今の名を眞白と言う。奴はすでに近くまで来ておるどころか、妾たちがどこでどう過ごしているかまでわかっておるじゃろうの」
「なんであんた……」
なんで黙っていたの?
なんでもう知っているの?
なんであたしにさえ言わなかったの?
全部責め苦にしかならない。
どの言葉を言う。あたしは、彼女に。
彼女から聞こえる声は、酷く弱かった。
「すまぬ。妾の本音を言う」
彼女の瞳が、伏し目がちなまつ毛に隠される。
背中を這う悪寒が杞憂であれと願った。
「眞白を見て、妾は恐怖した。あれが漆黒の牙かと。故に今も恐れておる」
「祭……」
「じゃが、妾は朱色の雫。恐怖に負けるわけにはいかぬ」
彼女が漆黒の牙の何を見て恐怖したのかはわからない。だが、眼の前で何かしら見て、打ちひしがれたのだろう。
「すまぬな、曆。恐れはここに捨てていく。許せ」
そう口角を上げた彼女は、苦しそうに微笑んだ。
気がつけばあたしは、祭を目一杯の力で抱きしめていた。少しでも、彼女が恐怖に勝てるように。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
私の運命は高嶺の花【完結】
小夜時雨
恋愛
運命とは滅多に会えない、だからこそ愛おしい。
私の運命の人は、王子様でした。しかも知ったのは、隣国の次期女王様と婚約した、という喜ばしい国としての瞬間。いくら愛と運命の女神様を国教とするアネモネス国でも、一般庶民の私が王子様と運命を紡ぐなどできるだろうか。私の胸は苦しみに悶える。ああ、これぞ初恋の痛みか。
さて、どうなるこうなる?
※悲恋あります。
三度目の正直で多分ハッピーエンドです。
ずっとあなたが欲しかった。
豆狸
恋愛
「私、アルトゥール殿下が好きだったの。初めて会ったときからお慕いしていたの。ずっとあの方の心が、愛が欲しかったの。妃教育を頑張ったのは、学園在学中に学ばなくても良いことまで学んだのは、そうすれば殿下に捨てられた後は口封じに殺されてしまうからなの。死にたかったのではないわ。そんな状況なら、優しい殿下は私を捨てられないと思ったからよ。私は卑怯な女なの」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる