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第三章 最終決戦

恐怖はここに捨てていく

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 祭と手合わせをした後、あたしは夜が更ける前にヴィーを後にした。いつもどおりの笑顔を見ることができて、心底安心していたのかもしれない。
 祭が、あの子がいれば、曆と冠がどんな関係に発展したとしても、何も過ちなど起きないと。
 平和に慣れすぎたあたしは、すっかり忘れていたのだ。彼らの存在を。

 ある日、祭と冠に会いに曆の館に行った時だった。いつもどおりさして力を込めずとも開く扉の奥は、何やら不穏な空気が流れていた。

「なんだと? 漆黒の牙ニゲルデンスが?」
「ああ、偵察隊が見つけた。事実だ」
「遂に来たか」

 冠と曆が眉間に皺を寄せながら話している。
 部屋に入るやいなや、ただならぬ雰囲気に息を呑んだあたしは、しばし問うのを躊躇った。
 あたしの様子に苦笑いするかのように、祭が口を開く。

漆黒の牙ニゲルデンスが復活し、妾たちと対立しておるのじゃ」
漆黒の牙あいつが……ついに復活したのね!」

 目の当たりにすると、緊迫感が違う。
 元々はあたしと彼の暇つぶしで生み出された五珠。あたしは元凶の一人だ。今でこそ五珠……いや、白金の灯プラティニルクスの理想に賛同したあたしではあるが、漆黒の牙ニゲルデンスは今でも彼の理想を追い求め続けている。

「今どこに?」
「ヴィーの近くまで来ている。居を構えているということだ、こちらに攻め込む準備を整えているのだろう」
「攻め込まれるのを待ち迎え撃つより、反逆者として討ち取りに行くのが良いのではないか? 妾と冠が征く」

 曆の様子を見ながらも、完全に前のめりな祭。
 曆は眉間に皺を寄せながら、黙っていた。冠は見兼ねたように口を開く。

「曆。すでにヴィー傘下の国に被害が出ている。宇宙界筆頭として、黙って見過ごすわけにはいかない。私達は朱色の雫ミニオスティーラだ。戦場だろうとどこだろうと、敵がいるなら行く」
「冠、結局行ってもらうことにはなる。国を守り、完膚なきまでに潰すには、今貴様等を送り込むのがいいだろう」

 曆が悩むのも無理はない。漆黒の牙ニゲルデンスはずっと輪廻していなかったにも関わらず、突然輪廻したかと思えば攻め込んできた。何かしらの狙いがあるのは当然で、目的の一つは今も朱色の雫ミニオスティーラだろう。
 それをわかっていて、あえて送り込むのか、ということ。そして、何より恋人を送り込みたくはないだろう。無事に帰ってくる保証などない戦地へ。
 冠は曆の心がわかるかのように微笑む。

「曆。必ず生きて帰ってくるよ」
「当たり前じゃ! 妾たちは朱色の雫ミニオスティーラ。どこへ征こうとも生きて帰る」
漆黒の牙ニゲルデンスは甘くない。けして油断するな」

 二人の目を見る彼の姿は、側近を信頼した主であり、恋人を送り出す不安を滲ませた一人の男だった。

「曆……」

 口から溢れた言葉が、彼に届いたのかはわからない。ただ、彼の変化を見続けてきた立場としては、今の決断がどれほどのものか容易に想像できる。

「では、行ってくる」
「曆を頼んだぞ、ストラ。そちが居れば、ヴィーは問題ないじゃろ」

 祭はいつもこういうとき、笑顔だ。それも、とびきりの、弾けるような笑顔。だが、今の彼女は少しだけ微笑むのみで、いつものような笑顔を見せない。

「待ちなさい、祭!」

 咄嗟につかんだ腕は随分と細かった。元々細いのは知っていたが、更に細くなったように見えて、思わず全身を見回してしまった。痩せた。間違いない。

「何じゃ、ストラ」
「あんた……なんか引っかかってるなら、今言いなさい。心が惑えば死ぬわよ」

 怪訝そうな顔つきで見つめ合うあたしたちは、他の二人からどう写っていただろうか。
 暫く無言でいた祭が大袈裟にため息をつくと、あたしの腕を振り払い近くの椅子に腰掛けた。

「上手く誤魔化せたと思ったんじゃが……妾はすでに漆黒の牙ニゲルデンスと会った。接触したのじゃ。本当なら戦いたくはない」
「なっ」

 その言葉に驚きを隠せないあたしたちは、しばし目を見開いたまま祭を見つめた。

「今の名を眞白ましろと言う。奴はすでに近くまで来ておるどころか、妾たちがどこでどう過ごしているかまでわかっておるじゃろうの」
「なんであんた……」

 なんで黙っていたの?
 なんでもう知っているの?
 なんであたしにさえ言わなかったの?

 全部責め苦にしかならない。
 どの言葉を言う。あたしは、彼女に。
 彼女から聞こえる声は、酷く弱かった。

「すまぬ。妾の本音を言う」

 彼女の瞳が、伏し目がちなまつ毛に隠される。
 背中を這う悪寒が杞憂であれと願った。

「眞白を見て、妾は恐怖した。あれが漆黒の牙ニゲルデンスかと。故に今も恐れておる」
「祭……」
「じゃが、妾は朱色の雫ミニオスティーラ。恐怖に負けるわけにはいかぬ」

 彼女が漆黒の牙ニゲルデンスの何を見て恐怖したのかはわからない。だが、眼の前で何かしら見て、打ちひしがれたのだろう。

「すまぬな、曆。恐れはここに捨てていく。許せ」

 そう口角を上げた彼女は、苦しそうに微笑んだ。
 気がつけばあたしは、祭を目一杯の力で抱きしめていた。少しでも、彼女が恐怖に勝てるように。
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