219 / 239
第三章 最終決戦
信頼と嫌味と慰めと
しおりを挟む解除。
私が叫んだ後、みんなの反応は三者三様だった。
光り輝く自分の体と、激しく脈打つ心臓。
それでも自分の心だけは、絶対に手放さない。
絶対に。
ーーー
あたしが最後に解除を見たのは、一代前の朱色の雫のときだった。
「輝く空! 青い海! 最高じゃ!」
「ほら、祭! あまりはしゃぐと……」
「お? あ、わ、ああっ!」
「言わんこっちゃない……」
ーー今回の朱色の雫は双子なのね。
水しぶきを上げながら転がりまわる幼い二人。
あたしは、輪廻したての二人を眺めながら、これから彼女たちを待ち構えている運命とやらを思ってはため息をついていた。
「あんたたちねえ、少しは落ち着いて楽しみなさい!」
「はーい!」
弾けるような笑顔と笑い声。常夏のあたしの国にぴったりだ。
なんで今さら、あたしは心を痛めているのだろう。そんなこと、考えなくてもわかるはずなのに。
「おい」
「ん? ああ、曆。いたのね」
「……また物思いに耽っていたのか」
「あー、まあ、そうね」
元々自分たちが出来ない殺戮を担わせるために作った、兵器のような存在。今幼子の彼女らに背負わせるには重すぎる役目。
もとを正せば、過ぎた遊びを続けるあたしたちを殺させるための道具なのに、だ。
なのに。あたしは、首謀者なのに。
また気がつけばため息ばかり溢れて、段々背中が丸まっていく気がした。髪の毛のない頭に手を置いて、少しだけ俯く。暫くして頭の上から降ってきた言葉。
「こうあるべきという正しさを軸に考えれば、貴様のように落ち込むことになろう」
「はい? なに、突然」
隣りにいる曆を見上げれば、彼は無表情のまま彼女らを見つめ、なのに言葉だけあたしに落としてきた。
「貴様は詰めが甘い。なんなら考え方もだ」
「なに、あんたあたしにダメ出しするために来た訳ぇ?」
何なのよ、慰めなさいよ。
あたしの本音がはっきりと聞こえた。自分の本音が降ってくる感覚は、なんとも表現しづらい。だが、いつもそうだ。あたしは本音が聞こえる。
「経緯がどうであれ、貴様がどうしたいか。過去など変えられん。これから先、奴等をどうしたいかだと我は思うがな」
「曆……あんた、随分いいこと言うじゃない」
彼の心はいつも耳が痛くなるほど静かだ。何故なのかはわからない。だが、今は彼の凪いだ心があたしのさざ波が立った心を落ち着かせてくれた。
前で遊び転げ回る幼い二人の朱色の雫。けして、漆黒の牙には渡さない。
「漆黒の牙のことを、まだ根に持っているのか」
「あら。おかしいわね、心が読まれたかしら?」
「我に心は読めん。貴様の顔に書いてあっただけだ」
朱色の雫を作り出したあの日。
漆黒の牙は朱色の雫を使って、国を滅ぼそうとした。村では飽き足らず、国全土を。なんなら宇宙界全土を滅ぼすつもりだったかもしれない。当時の白金の灯である炎陽が止めたものの、国自体は壊滅的だった。せっかく創り上げた国が、漆黒の牙と朱色の雫によって大破させられた。
そして、朱色の雫は一度死に、輪廻した。その後は何度か輪廻を繰り返し、今に至る。
漆黒の牙といえばその後暫く、数千年単位で輪廻していない。自分の意思で輪廻できるはずの彼が輪廻しないということは、なにか策略があるのだろう。
もしくはあたしたちが気づいてないだけで、すでに輪廻しているのか。
漆黒の牙はあたしにとって暇つぶしの相手。
じゃあほかは? って話だが。
白金の灯はあたしにとって信用できる相手。
黄金の果はあたしにとって手のかかる相手。
じゃあ、朱色の雫は?
頭に置いた手に力を込める。
罪悪感、畏怖、恍惚、それとも。
気がつけばまた、口からため息がこぼれていた。
「おい」
「なによ」
「さっきからため息ばかり煩い。貴様は考えすぎだ」
「考えちゃ悪いわけ? 漆黒の牙はずっと見つかんないのよ」
あたしの言葉は、想像していたよりもずっと鋭い形になって口から飛び出した。
飛び出してから口に手を当てても、言葉は巻き戻らない。
「……悪いわね。ちょっと考えすぎかもしれないわ。漆黒の牙のことで、神経質になってるのかも」
「構わん。貴様が考えるときはいつも理由がある」
「誰だって考えるときには理由くらいあるでしょ」
「無いやつもいる」
彼は優しい。
きっとあたしのために、無表情でいるのだろう。
彼はそういうやつだ。
「ありがと」
「……貴様に言われると、ゾッとする」
「ちょっとどういう意味よそれ!?」
あたしが立ち上がると、曆はすぐに踵を返し、あたしたちに背中を向けて歩き出した。
「あいつ……」
あたしの言葉は、海の音の中に飲まれていった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
私の運命は高嶺の花【完結】
小夜時雨
恋愛
運命とは滅多に会えない、だからこそ愛おしい。
私の運命の人は、王子様でした。しかも知ったのは、隣国の次期女王様と婚約した、という喜ばしい国としての瞬間。いくら愛と運命の女神様を国教とするアネモネス国でも、一般庶民の私が王子様と運命を紡ぐなどできるだろうか。私の胸は苦しみに悶える。ああ、これぞ初恋の痛みか。
さて、どうなるこうなる?
※悲恋あります。
三度目の正直で多分ハッピーエンドです。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる