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第三章 最終決戦

漆黒の思惑は

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 体中の血が沸騰していくように熱いのに、全身を悪寒が支配していく。

「うっ……うぐ、はあっ」
「俺の血が混ざり合うと、俺に逆らえなくなる」

 全身から吹き出す汗が血と混ざり合い、滝のように溢れていく。

「逃れる術を教えてやろうか、朱色の雫ミニオスティーラ

 嬉しそうに私を見下ろす彼の姿は、単純に楽しい出し物を見ている子供のようだ。幼い見た目故に尚更純粋な笑顔が眩しい。
 純真無垢な子どもの笑顔の奥に、隠すこともしない嘲笑と殺意。

「いら、ない」
「ほう?」

 負けてたまるか。暴走してたまるか。
 師走が上がってこない、ヴィオラは空間から離れないようにお願いしている。
 私が、負けるわけにはいかない。

「私が、貴方に負けるわけないでしょ?」
「お前……誰に向かって口をきいている?」
漆黒の牙ニゲルデンス、貴方しかいないわよ」

 張り飛ばされる頬が、焼けるように熱い。
 頭が朦朧とする中、頭の芯だけはまだ保てている。口の中に鉄の味が広がっていく中、私は視線を外さない。外したら負けだ。

「私は貴方には負けないわ」
「お前、わきまえろ!」

 汗が噴き出し、滴っていくのがわかる。
 血に触れてから呼び起こされた動悸は、おそらく解除リヴァレすれば開放されるのかもしれないが、そんな簡単にのってたまるか。
 玄冬の攻撃を右手で受け止めるが、骨に響くほどの打撃は一瞬しか耐えられない。
 すぐに左手に力を込める。

「撃たせんぞ」

 左手の感覚が無くなる。否、先程まであった手の先が消えた。目を逸らさずともわかる、切り落とされたことが。

「どうした? 復元してみせろ」

 言われずとも理解していた。復元しようとして、血が玄冬の支配下にあることを。血が宙を舞い、私を拘束する。
 見下ろしながら、私の顎を押さえつけた。

朱色の雫ミニオスティーラ、お前の利用価値は殺戮兵器としてのみ。わかったか? 自分の価値が。言うことを聞け」
「だ、れが……っ」

 不味い。
 解除リヴァレしてないとしても、すでに力を開放し顔に痣が出た状態で力が暴走したら、それこそ初代長の神話の再来だ。
 何故そこまでして、漆黒の牙ニゲルデンスは初代長を暴走させたのか。そして今、私を暴走させようとしているのか。
 彼がこだわる理由は、なんだ。

 意識が途切れかけた瞬間、思い切り後ろに引かれ態勢を崩した。倒れた体を、すぐに受け止められて見上げれば、長いもみあげが目に映る。

「見くびるな。貴様の口車に乗るほど、朱己は弱くない」

 頭から血を流しながら、肩で息をする真紅の瞳。
 私の肩を抱きながら一瞥し、玄冬を睨む。

「師走……!」
「貴様の業火イグニスで出来た溶岩の海、中々堪える。流石に抜け出すのに手間取った」
「あ、貴方にも効くのね」
「当たり前だ」

 玄冬が目をわずかに見開いたあと、歯を食いしばるようにして、怒りをあらわにした。
 肩に置かれた師走の手に力が籠もったような気がして、ふと師走の顔を見上げた。

朱色の雫ミニオスティーラを生かすために、ありとあらゆる方法を試してきた。だが今は朱色の雫ミニオスティーラも仲間の一人。兵器ではない。漆黒の牙ニゲルデンスには渡さない」

 彼の真紅の瞳に偽りがないことは、私でもわかった。真っ直ぐに漆黒の牙ニゲルデンスを捉える彼の瞳が、静かに燃えていたから。

白金の灯プラティニルクス。いや、師走。お前のゴタクはいい。俺に朱色の雫ミニオスティーラを……朱己を渡せ」
「耳がないようだな。ヴィオラに奪われたか? 貴様には渡さん」
「調子に乗るなよ!」

 眼の前で衝突する二つの強大な力。
 師走の腕に肩を抱かれたまま、漆黒の牙ニゲルデンスの攻撃を防御する。

「朱己」
「師走?」
「貴様の暴走を止める術があるとすれば、解除リヴァレ、もしくは漆黒の牙ニゲルデンスを倒すの二択だ」
「……ええ」
「だが、解除リヴァレはするな」
「え?」
漆黒の牙ニゲルデンスが貴様を暴走させるのは手段でしかない。目的は解除リヴァレにある」

 まだ全容が見えない私には、師走の言葉が暗号のように思えた。だが、もしかしたら初代長を暴走させたのも、手段の一つだったのかもしれない。

漆黒の牙ニゲルデンスは、朱色の雫ミニオスティーラ解除リヴァレで何をする気なのかしら……ぐっ」
「説明する時間が惜しい。早く漆黒の牙ニゲルデンスを倒さねば、貴様がのまれる。戦えるか」
「勿論、よ!」

 師走の手を離れ、動悸に耐えながら刀を握る。
 なんとしても、解除リヴァレだけはしてはならない。師走の忠告を頭の中で何度も反芻した。
 
ーーー

「さて……と」
「葉季。本当に、行くのか」
「ああ、かたじけないのう、千草」

 千草はわしとの別れを惜しんでくれていた。
 わしは苦笑いしつつも、少しだけ清々しい気持ちになっていた。

「では、よろしく頼む」
「……ああ」

 千草の全身が輝いていく。
 わしの体もやがて光に飲み込まれ、皮膚を痛みが駆け抜けていった。

「朱己。……あとは、頼んだぞ」

 わしのやれることは全てやった。
 あとは、お主に託す。

 千草の光に包まれながら、わしは目を閉じた。

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