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第三章 最終決戦

大丈夫だよ

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 私の双子の姉、妲音。
 思えば、彼女と一緒に過ごした年月は、そう長くない。
 私は生まれたときから、既に妲音とは引き離されて生きてきたからだ。

 まだ幼い頃。私は妲音の存在は知っていたが、顔と名前くらいしか知らなかった。好きな食べ物も、好きな音楽も、好きな書物も。何も知らない。
 私は長になるための教育を閉鎖的な空間で父から受け続け、妲音は常に母と一緒にいた。そんな私達が、お互いを明確に認識する出来事があった。

 ある日の昼下り、私が修行の最中に大怪我をした。原因は二つ。一つ目は意識が散漫したこと、二つ目は散漫した原因が妲音だったこと。
 父の修行は幼い頃から容赦のないものだった。相殺しきれなければ壁まで飛ばされ、怪我をすることなど日常茶飯事。
 その日も父は私に攻撃を仕掛け、私が受け流そうとした瞬間、受け流そうとした方向にたまたま妲音がいた。通路を通りかかった、という方が正しい。

「っ……!」
「朱己!」

 受け流し方が不十分で、もろに攻撃を喰らい大惨事だった。すぐに母と薬乃が駆け寄ってきて、治療をしてくれたため無事だったが。
 治療を受けながら、私は妲音へ手を伸ばした。

「だ、妲音。大丈夫だよ」
「朱己……」

 あまり記憶はないが、妲音が私の手を握って震えていたのはよく覚えている。幼いながらに、自分の半身を守りたかった。体だけでなく、心も。

 たまたま通りかかっただけの妲音が悪いわけじゃない。きっと、今後守る対象が近くにいる状態で戦うことだってある。対応しなければならないのは私だ。

「私、もっと……もっと、強くなるから」
「朱己、いいえ。私も守られなくとも、自分で避けてみせますわ。足手まといにはなりませんことよ」

 妲音が溢した涙が、温かかった。
 一人で背負うなと、私に教えてくれたようで。

「一緒に、強くなろうね」
「ええ、もちろんですわ」

 幼い姉との、確かな約束。
 普段は一緒には居られないけれど、それぞれの修行の中で必ず強くなる。そう約束したんだ。

 目の前で漆黒の牙ニゲルデンスのセンナを持つと言われ、操られている姉が必死に抵抗している。少し前の葉季のように。
 葉季のように無効化することも考えたが、私は今力を開放して顔に痣が出ている状態だ。葉季のときのように、加減が出来るのか怪しい。

「朱己」
「光琳……」

 光琳が頷いた。確固たる意思を持った瞳で。
 意味は聞かずともわかっていた。
 迷ったのは、私の弱さだ。
 
「朱己、お前が殺さぬなら、俺が食べるのが先になるな」
「待ちなさい!」

 玄冬の手に囚われた妲音が、必死に抵抗している。勿論、意識だけの抵抗であって、体は操られたまま。

「家族愛など、くだらん。見せてやろう、絶対的な力の前に愛など無力だ」
「妲音を離しなさい、玄冬!」
「はいそうですかと言うことを聞くと思うか? 先代の朱色の雫ミニオスティーラ譲りのお花畑脳だな」

 玄冬に攻撃を仕掛ければ、妲音を盾にされるのがわかっている。だがこのままでは妲音が食われる。
 妲音の考えていることなどわかっている。わかっているなら、やるしかない。

「しゅ、き……!」
「妲音!?」
「は、……やく!」

 妲音が無理やり言葉を吐き出した。玄冬に操られた状態で、抵抗が勝ったといえよう。
 玉のような汗をいくつも落としながら、私に向かって叫んだ。

「殺しなさい、わ、たくしを!」
「妲音……」
「は、やく!」

 手を握りしめたのは、自分の至らなさが惨めだったからだ。力を開放しても、玄冬に操られた姉を助けることができない。
 否。今、この方法でしか助けることができない。
 一瞬で妲音へ駆け寄ると、背後にいる玄冬諸共刀で貫いた。

「……っ」

ーー一緒に、強くなろうね。
 あのときの言葉に嘘はない。

 腹を括れ、涙を零すな、心を揺らすな。
 私は、私は。

 顔にかかる血飛沫が温かい。
 すぐに妲音のセンナを握る。
 妲音の顔を見つめると、妲音が眉間に皺を寄せながら微笑んでいた。

「あり、がとう……朱己」

 全力で握り潰したセンナは灰のように舞う。

 違う。
 こんな別れがしたかったんじゃない。
 でも、謝ってはいけない気がした。
 彼女は私の謝罪が聞きたいわけじゃない。

「妲音……!」

 私の震える手を、玄冬が掴んで口に含んだ。
 反射的に振り払おうとしたが、玄冬の力が強すぎて腕が離せない。

「傑作だ。絶望の味がする」
「玄冬……!」
「そして残念だが、俺のセンナは灰になっても吸収できる。砕き損だな」
「吸収……?」

 妲音だった灰が、舞い上がり玄冬へと集まっていく。玄冬の呼吸に合わせて体へ取り込まれていくのを、驚きを隠すこともできずに見つめてしまった。

さいの分も合わせて、やっと戻ってきたな。力が」

 玄冬が片手を何度か振るだけで、地鳴りとともに地面が割れていく。光琳と葉季を小さな空間に入れて防御するも、空間ごと地面の割れ目に飲み込まれそうになっていく。空間を飲まれないように引き上げている最中、光琳が空間を割って出てきた。

「朱己、ごめん」
「光琳? 待ってどうするつもり!? 危ないわ!」
「妲音を救ってくれて、ありがとう」

 彼は、いつもどおりの笑顔だった。
 優しくて、軽やかな笑顔。
 だけど、瞳の奥に燃え滾る炎のような怒りが、私にそれ以上の言葉を許さなかった。

「朱己、あとは頼んだよ」
「待っ……!」
「妲音を一人にはしておけない」

 咄嗟に伸ばした手は届かなかった。後、関節一個程。指先が掠ることもなく、光琳の腕を取れなかった。

「光琳! 待って、やめて!」

 叫んだ声は、空中分解し彼には届かなかった。いや、届いていたとしても、今の彼を止められるような言葉などないのだ。
 既に玄冬の目の前まで行った光琳は、無表情で小さく呟いた。

「増幅、万倍」

 突然光出す彼の両手。
 眩い閃光が辺りを包み、玄冬を飲み込んでいく。

「光琳……!」

 もう止められない。
 それでも。
 私は、せめて光琳には生きてほしかったのだ。

 私の片割れの分まで。
 例えこれが、私のエゴでしかないとしても。

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