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第三章 最終決戦

願い一つだけ

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 千草はわしの顔色を見ながら、少し言いづらそうに口を開いた。

「さて、これからだが……お前は、朱色の雫ミニオスティーラに殺されそうになっている。どうする、漆黒の牙ニゲルデンスとして力を目覚めさせることができれば、生き残れるが」
「いや、それは望まん」
「……そうか。惜しいな。会ったばかりだが、俺はお前が好きだ。亡くすには惜しい」
「かたじけない。千草」

 朱己がわしを殺すならば、わしはそれを受け入れよう。なんせ、わしはすべての元凶である漆黒の牙ニゲルデンスのセンナを分け与えられている。
 奴は朱己を利用することだけを狙っておるし、わしがいることで不利益な方向にしか進まぬ。
 だが。

「一つ、お願いがあるのだが……良いか? 千草」
「ああ、俺にできることなら」
「ありがとう」

 わしは千草に、一つだけお願いをした。これは、賭けだ。最後の。
 朱己、けして諦めるなよ。わしも、お主の力になれると信じておる。

ーーー

「待ちなさい! 朱己!」

 ヴィオラの声が聞こえた瞬間にはもう、私の刃は葉季を貫いていた。深く突き刺すと、刀を伝って彼の温かい血が私の手に触れる。腹部を突き刺したまま、刀を捻った。

「ぐっ……っ」

 彼を愛しているからこそ、譲れないことがある。
 葉季を漆黒の牙ニゲルデンスの支配から開放し、ヴィオラを助ける。

「ほう……朱己、容赦ないな」
「葉季には眠ってもらう、貴方の支配はさせない」
「確かにその傷では使い物にはならんな。だがいいのか? 放っておけば、死ぬぞ」
「葉季が死ぬ前に、貴方を倒す」

 漆黒の牙ニゲルデンスと対峙しつつ、葉季の体を光琳へ預けた。

「光琳、葉季をお願い。下がってて」
「わかった。無理はしないでね、朱己。」

 彼の光属性は、私よりも強い。だが、彼のセンナは崩壊する病気故に、あまりにも酷使しすぎることは死を招く。ヴィオラもけして甘く見てはいけない傷を負っている。ここにいる味方のうち、戦えるのは私だけだ。

「今のお前では、勝てぬ」
「それでも勝つわ、私は長だもの」
「……ふ、あの頃の白金の灯プラティニルクスと同じようなことを言う」

 あの頃の、がどの頃かは知らないが、随分と気味の悪い笑みを浮かべた漆黒の牙ニゲルデンスの視線から逃れようと、背後へ回った。

「私の前世、先代の長と貴方は、主従ではないの?」
朱色の雫ミニオスティーラの記憶がないというのは本当のようだな」
「質問に答えて! 貴方の望みは何? この朱色の雫ミニオスティーラの力を使って何をしたいの?」
「答えるには、対価が必要だ」

 対価。
 一瞬悩んでしまったのは、私の落ち度だ。
 首めがけて斬り込まれるのを寸前で避ける。
 首を降った方向から、拳が飛んでくる。
 拳を手で受け止め、勢いのまま身を翻した。
 受け止めた手と反対の手で鳩尾を刺す。
 数歩後ろへ下がり、舌打ちをした。

朱色の雫ミニオスティーラ、その程度か?」

 軽く舌打ちをしたのは、全く攻撃が効いていなかったからではない。そもそも攻撃がなかったことにされているからだ。漆黒の牙ニゲルデンスとの間に謎の空間があるような、不思議な感覚。攻撃しても届かない、触れているはずなのに触れられていない。

朱色の雫ミニオスティーラ
「……なに」
「気づいているにも関わらず、行動しないのはなぜだ」
「貴方に触れられないとしても、倒す方法はある」

 睨んだままの私をあざ笑うように、玄冬は声高らかに笑った。

「ははははは! お前は随分と純粋らしい。触れずしてどうする?」

 触れずして、殺す方法。そんなもの、一つしかない。睨む先にいる漆黒の牙ニゲルデンスは、くつくつと笑っている。私にはできないと思っているのだろう。

「ある。貴方には負けない」

 けして手を触れずに。
 
「ほう。ならば、先にお前の弱点を壊してやろう」
「させない!」
「させぬ」

 私の言葉と被るように、突然降ってきた言葉。
 私の刀に被さるようにして出現した炎が、酷くゆっくり映った。眼の前に降り立った、長いもみあげと真紅の瞳。

「し……師走……」
「何を勝手に、殺されそうになっている?」
「いや、あの、え?」

 敵の面前で、硬直してしまった。
 何故。
 カヌレとの戦いで死んだのではなかったか。
 甲型爆弾を仕掛けられたのを、先程のことのように覚えている。あのとき最期の別れをあっけなく終わらせたヴィオラは、今私の隣で深いため息をついていた。

「遅いわよ師走! 待ちくたびれたわ!」
「ああ、少し手こずっていた」

 驚きのあまり、うまく言葉が出せないが、彼を認識した瞬間に湧き上がる自信。これこそが私の本音なのだろう。今は純粋に、彼が無事だったことが嬉しい。

白金の灯プラティニルクス……どういうことだ。ああ、そうかお前……」
「無論」

 目を白黒させるばかりの私の背中を、ヴィオラが強めに叩いてきた。

「忘れたの? 昔言ったでしょ、師走にはカヌレの技は効かないって」
「……あ!」

 そうだ。ヴィオラと初めて会い、同盟の締結をしたあの日、地下道で確かにヴィオラは口にしていた。「師走には効かないのよ」と。

「師走のセンナのもう一つの能力。それはセンナへの直接攻撃に対する無効化よ」

 彼らを前に、私は見事に言葉を失っていた。
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