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第三章 最終決戦
五珠のプライド
しおりを挟む睨み合う私と玄冬の間に、突然現れる影。
「っざけんじゃないわよ、玄冬……あんたの相手は、あたしよ」
「ヴィオラ、その傷で動いたら……!」
「うっさいわねあんたも! 五珠を舐めんじゃないわよ」
ヴィオラを包む空気が変わった。何か、悍ましい気配と不協和音が、辺りを支配していくかのようだった。
ヴィオラの頭の渦巻き模様の痣が、全身に広がっていく。
「ほうヴィオラ、早速死ぬ気か?」
「あんたの遊び相手は、あたしがしてやるって言ってんの。無駄口叩いてると舌噛むわよ、子どもの相手なら手負いくらいが丁度いいってこと。わかんない?」
間違いなく、今この瞬間の最強はヴィオラだ。視える力量差が歴然だ。なのに、ヴィオラが全く気を抜かない。ヴィオラに隙がないということは、玄冬がまだ全く本気を見せていない、ということに他ならないだろう。つまり、まだ視えていない力が、玄冬にはある。
獣のように動く玄冬は、無秩序を具現化したような存在だ。師走のときも獣のようだと戦慄したが、玄冬のそれは何かが違う。無形だ。ヴィオラがなぎ倒しても、まるで骨がないように体をくねらせて、攻撃が効いてないように涼しい顔をしている。
「そういえば……カヌレの自爆はどうだった」
「……なにがよ」
「奴の記憶を、師走が戻したんだろう。酷なことをする。カヌレは朱己への感情が整理できなくなったんだろうな」
「……私への、感情?」
ヴィオラが更に気配を濃くしていく。ヴィオラが纏う気が霧となり、視界不良になる。すぐにヴィオラが私を玄冬から遠ざけるための、故意的なものだと気づいた。
「ヴィオラ……!!」
「カヌレが記憶を戻された後、なんで最期自爆したのかなんて知らないわよ。元々する気だったんでしょ? ただ、一つ教えといて上げるわ」
八本の弦がヴィオラの指を起点に張り巡らされている。反射して一部だけ輝く弦は、見ているだけで何か音が流れてくるかのようだ。
「……相変わらずだな」
「カヌレは師走が好き過ぎたこと、朱色の雫のことが妹のようで可愛かった過去を、敵として恨むために消してもらったのに、師走に記憶を戻されたわ」
「恨み通させてやればよかったものを、あえて思い出させ、恨みきれなくなったカヌレの心を揺らしたことで自爆へ追い込んだ……酷なことだな」
「婚約者のあんただってそうなることわかってて行かせたんだから酷よ」
ヴィオラが指で弦を引くと、玄冬の体が八つ裂きになる。
鮮血が舞い散っているのに、まるで逆再生を見ているように散った血が戻っていく。
「相変わらず面倒くさい奴ね! なんなのよ八つ裂きのままでいなさいよ!!」
「阿呆だな。それに、俺が婚約者だったのは前世、眞白の頃だ。朱色の雫の片割れへのあてつけにな。形だけで愛もないもない」
「そんなのは知ってるわよ。カヌレーー玲が曆を取られた腹いせでしょ。どうかと思うけど」
五珠の二人がお互いに悪態をつきながら、じゃれ合うかのように殺し合いをしている。私はといえば、相変わらず情報量が多く置いてけぼりを食っている。だが、現時点でわかったことは三つ。
一つ目は前世ーー初代長の一人が、師走の前世である曆と恋仲だったこと。二つ目は、もう一人の初代長はどうやら漆黒の牙である眞白となにかがあったということ。そして三つ目、カヌレは眞白を初代長から奪い婚約者となったこと。
カヌレは私を恨むために記憶を消してもらったが、先程の戦いで師走から戻された。「酷なこと」というのはつまり、私を恨み続けられたほうが心の安定になったということだろう。罪悪感は心を蝕み弱くする。師走はそれを狙ったのだろう。
カヌレが、記憶を捨ててまで私を恨みたかったのは師走のーー前世の曆を想う故。だが捨てたはずの記憶を呼び起こされ安定を失うほどには、きっと彼女の中に私への一握りの情が残っていた。
心を左右するには十分過ぎる、一握りの心が。
「仲間……」
師走が最後に言った言葉を、頭の中で何度も反芻する。師走はきっと、彼女に思い出してほしかったのだ。私への情を通して、仲間として生きる道を。
眼の前で繰り広げられる二人の殺し合いは、けして避けられないとしても。
「朱色の雫は記憶を引き継いでいないのか? ヴィオラ」
「知らないわよ! あんたが変なことしたんじゃないの?」
「知らん。俺のせいにするな……だが、それなら好都合。解除されては困る」
なんだ? 二人の会話がきな臭い。眉をひそめて聞き耳を立てていると、玄冬と目があった。
「朱己、お前はまだ解除が使えないんだな」
「解除……?」
「……!! 朱己、それ以上言っちゃだめよ!!」
「ヴィオラ、無駄だ。どの程度記憶を引き継いでないのか、理解した」
玄冬は口の端を釣り上げると、ヴィオラの弦を引きちぎりながら私との間合いを一気に詰めてくる。
「解除がないなら、今殺すに限る」
「ぐっ……!!」
センナの封印の話なら、香卦良に解除してもらった。だが、その場にヴィオラもいたのだから、今二人が話している解除は別の話だろう。ヴィオラが焦っているのも何か理由があるのだろうか。
玄冬が私の胸に腕を突き刺して、センナを握り込む。激痛と強烈な吐き気が這い上がってくる。
「朱己!! ……っの!!」
ヴィオラが弦を強く引いた瞬間、玄冬の腕が切断された。だが、玄冬の腕が私のセンナを握ったまま残っていて、相変わらずの激痛に顔を歪めた瞬間、玄冬の手が弾け飛んだ。開放されてしゃがみ込む私を、玄冬が目を見開きながらただ見つめていた。
「……ほう、ほう」
「朱己、大丈夫!? 下がりなさい!!」
玄冬は復元した手を何度か握りながら、感覚を確かめるているようだった。ヴィオラが私の前に来ると、私を一瞥して小声で口早に言った。
「まだあんたじゃ相手できないわ。下がって、葉季から距離を取って頂戴」
「葉季から?」
「いいから早く!」
今の私では勝てない。深手のヴィオラを戦わせる理由は、私にある。まだ何かが足りない。師走との特訓で得た力では、まるで赤子の手を撚るかのような扱いを受けた。まだ足りないのだ。
なんとかして、深層心理に行って、記憶を引き継ぎたい。私になにができるのかを知りたい。以前は深層心理へ師走が連れて行ってくれていたが、私は一人で行けないのか?
私も、戦いたい。皆のために。
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