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第二章 朱南国
貴方なんて
しおりを挟むーー私の対を苛めないでいただけますか、王夏様。
「白蓮……」
「お久しぶりです、王夏様」
「死んだと思っていたのだけど……そう。朱己、貴女ね」
一気に場の空気が変わるのがわかる。
白蓮伯父上が戻ってきてくれたこのタイミングも私達にとっては最高にして最悪だ。
「おい、朱己! どういうことだよ?」
「夏采殿、話すと長くなります」
「そうだよ夏采。というか、なんだいそのやられようは。私の対だろう? もっとしっかり戦っておくれ」
「白蓮……てめぇ……」
明らかに苛立ちを見せている夏采殿だが、まとう空気が夏の空のように晴れていく。自陣の空気が晴れていくのとは反比例して、王夏様の空気はどんどん底なし沼のように淀んでいく。
「白蓮。もう一度死んでもらいましょうか」
「貴女の相手なら、適任を連れてきていますよ」
そう言って、後ろへ視線を送る白蓮伯父上。皆一様に白蓮伯父上の視線の先へ目をやり、そして瞠目した。
王夏様の手から、鞭が滑り落ちる。
「ぐ……紅蓮……」
「久しいな、王夏。お前が裏切り、姿を消して以来か」
「私が裏切った……? 先に裏切ったのは貴方でしょ?」
何やら雲行きが怪しくなっている。完全に蚊帳の外になった私を、白蓮伯父上が手招きして呼んだ。
「朱己、あの二人に手を出してはいけない。あの二人の問題だからね。……それにしても、最後の最期で、兄上に助けられてしまうとは、私も兄上も人の子だった、ということだね」
「はい、伯父上。……そうですね、それからヴィオラにもお礼を言わなければなりません」
そう、カヌレに落とされた空間での時雨伯父上との戦闘後、私は一人で空間から出てきた。ただし、白蓮伯父上と父のセンナを持って。
『……朱己。偲のセンナ復活のために作った、肉体復活を極限まで早める装置がある。センナに残った分しか肉体を復元できないが、それを使え。俺はここで死ぬ。流石に全員出たらカヌレにバレる』
『ほとんど今の私達のセンナには見込みがない、ここで兄上と生を終えますよ』
『……いえ、一つだけ、方法があります』
三人が私を見て目を見開く。私は自分の手を広げると、一本の弦を見せた。手を音属性で満たすと、拡声器のようになり、弦からヴィオラの声がした。
『聞こえる? センナ回復の秘薬があるわ。あんたたちのセンナが保つかは知らないけど、試してみる価値はあるわよ。賭けだけどね』
『……朱己に一枚食わされるとはね。さすが壮透の自慢の娘だね』
『空間へ落とされる際に、ヴィオラへ弦を繋ぎました。こちらの会話が聞こえるように、そして出口を無理矢理にでも確保できるように』
弦の向こうからため息が聞こえる。恐らく人使いが荒いなどの文句を言いたいのだろう。
『一つ忠告よ。この秘薬は一人一回までしか使えないわ。連続では無理。最低でも次使うには百年は間を空ける必要があるわ』
『……なるほど、それくらいのダメージということだね。どうする? 壮透』
白蓮伯父上が笑いながら父に問いかける。父は小さく笑って、頷いた。
『娘の提案に乗りましょう。どうせ死ぬなら、試すだけ試します。生き返れるなら、運が良かったということで』
『珍しい、壮透が賭けに乗るなんて。そう思いませんか、兄上』
『ああ、そうだな』
最期に仲の良い兄弟に戻ったかのような、朗らかな時間だった。勿論、そんな呑気に話している時間はなく、もう出口は塞がり始めている。
『時雨、最後にセンナの装置の場所を教えて頂戴。そこに白蓮と壮透を送るわ』
『わかった』
『私は自力で出るわ、カヌレから怪しまれないように。父様と伯父上をお願い、ヴィオラ』
そうして、時雨伯父上と最期の別れを済ませた私達は空間から脱出した。後は皆が知るとおり、カヌレと師走の戦いが待っていた。
ヴィオラと肩を並べ、王夏様と紅蓮様の対峙を見つめる。
「ヴィオラ、ありがとう」
「別に礼を言われるほどのことじゃないわよ」
「私がお礼を言いたかっただけよ」
「あっそ。まあ、生き返った方が幸せかは、現時点ではわからないけどね」
そう、最期に家族に戻れた気がしたのだ。ただ、それだけ。だが、それだけのことが出来たのは、紛れもなくヴィオラと師走のおかげだ。たとえこれから先、死ぬよりも辛いことが待っているとしても。
「王夏様と紅蓮様の仲違いは、何とかなるかしら」
「ならないでしょおね。まあ、あたしには関係ないけど」
「……なんか自信あるみたいね、ヴィオラ」
ただ対峙している二人を真っ直ぐ見つめるヴィオラから滲み出た自信が気になった。だが、目をやることはしなかった。顔など見ずともわかったから。
「わかるわよ。男と女のもつれが、家族のもつれと同種なわけないでしょ」
「……そうね」
紅蓮様と王夏様は、何やら静かに睨み合っている。王夏様は落とした鞭を拾い、紅蓮様へ突き出した。
「貴方が二条家で、私が四条家で、私が貴方の対になって……こんなに誇らしいことはないと思っていた。……でも貴方は最初からわかっていたんでしょ?」
「ああ、四条家の成り立ちを知ったときにな。四条家でなければならん理由はないと」
王夏様が消えた。闇を残して。
違う、速すぎて見えなかったのだ、紅蓮様に仕掛けたのが。紅蓮様が王夏様の鞭を掴んでいる。
「それなら、あの時二条家と四条家の血が交わることが許されないなんて嘘も、全部ばらしてしまえば良かったじゃない!!」
「それは無理だ。俺は長としての最善を選んできた。それに間違いはない」
「長として正しければ、私のことなんて取るに足らないと言いたいのね?」
「そうだ。結果して、お前を失っても構わんと判断した」
王夏様の闇が深く濃く刻まれていく。燃えたぎる炎のような怒りとは裏腹に、夜の闇のように静かに深くなっていく闇の力。二人の力がぶつかり合い、辺りを爆風が吹き抜ける。腕で防御しつつも二人から目を離せない。
「……もしかして、王夏様は紅蓮様と……」
「そうでしょうね。まあ、最初からあたしはそんなことだろうとは思ってたけど」
目の前で始まった殺し合いが、どういう形で終わるのが最善なのかは、本人たちにしかわからない。
止めることは、許されない。
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