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第二章 朱南国
心の奥底
しおりを挟むーー貴様の心の問題だ。
一体どういうことなのだろうか。私の心の問題とは。眉をひそめながら師走を見つめても、師走とは目が合わない。
「師走……」
「黙れ、いいから下がっていろ。足手まといだ」
全く譲らない師走に少しだけ苛立ちを覚えつつ、口を真一文字に結んだ瞬間だった。
私と師走の真横に、カヌレが降ってきたのは。
降ってきたなんてものではない。衝撃で床がごっそりなくなるほどの、隕石のような登場だ。
師走が間一髪私を抱え飛び上がったため無傷で済んだが、師走は小さく舌打ちをすると、私をヴィオラめがけて投げつけた。
「わっわああっ!!」
「ちょちょちょっ!! 師走!! 危ないでしょおが!!」
「邪魔だ、下がっていろと言っている。邪魔だてするなら貴様も殺す」
「またそんなこと言って……ったく」
ヴィオラが私を横に下ろすと、カヌレと師走を透明な結界で囲んだ。
「あの二人じゃ世界がいくつあっても足りないわ。少し空間内で暴れてもらいましょ。まあ、空間が耐えられるならだけど」
「ヴィオラ……師走は、なんで私に戦わせないのかしら。カヌレは私を狙ってるのに」
「……なんでかしらね」
ヴィオラを見上げると、全くの無表情で師走たちを眺めていた。その姿に少しだけ目を見開くと、ヴィオラは私の視線に気がついたかのようにため息をついた。
「師走は、ああ見えて責任感の塊。そして過保護。師走になる前からね。曆の頃から……いや、もっと前からなんでしょうけど」
「責任感……過保護……」
「あんただからよ。朱己。朱色の雫一人に、背負わせるのを良しとしないのはいつだって白金の灯よ」
ヴィオラをただ見つめることしかできず、否定も肯定もできなかったのは何故だろう。
ヴィオラの言葉が予想外過ぎたからなのか、それとも、私の代わりに目の前で殺し合いをしてくれている、師走の想いを少しばかり理解しかねているからなのか。私だけに背負わせることを良しとしないから、私では殺されると言ったのだろうか、彼は。いや、彼の性格からして違うだろう。では、なんだ。彼が、私とカヌレを戦わせない理由は。きっと今、師走の中で私に対する懸念があるはずなのだ。
目の前で繰り広げられる師走とカヌレの戦闘を見つめた。
「プラティ! あたしは絶対譲らない。プラティを誑かしたミーニョは許さない!!」
「……何度言ったらわかる」
目にも留まらぬ速さでぶつかり合う二人が、狭い結界の中で殺し合う理由。紛れもなく私だ。
カヌレは、私が師走――白金の灯を誑かしたと言った。誑かすということは、男女のやり取りがあったということなのだろう。対して、師走はそれを否定した。師走は今までの記憶を司る立場故に、嘘を付くとは思えない。私をかばっているとも思えなくもないが、彼の性格からして庇うために嘘と取られるような受け答えはしないだろう。
師走は、私に戦わせない理由を「私の心の問題だ」と言った。私が、何を想っているか。カヌレに対して。
「……私は仇をとりたい」
「朱己……」
「カヌレは、皆の仇だから……どこかで、私が殺すって思ってる」
「そうね」
師走たちの戦いを見ながら、ヴィオラが肯定してくれた。
呟くように自分の気持ちを吐き出しながら、まだ見えない師走の懸念を探る。仇を取るのが駄目なのか? 恐らく違う。心の問題だというからには、この先があるはずだ。
目を瞑り、考え込む私に光琳が口を開く。
「朱己、兄上の仇だった時雨様と戦ったとき、仇を取ると思って戦った?」
「え、いや。時雨伯父上と戦ったときには、時雨伯父上しか見えてなくて……偲様の願いのためにも伯父上を止めなきゃ、しか考えてなかったわ。そうよね、元はと言えば、こうちゃんの仇をとるために伯父上を追っていたのに……」
「それじゃないかな」
光琳が頷きながら微笑んだ。
それ、とはなんだろうか。
私がまだ見えていない答えを、葉季が理解したように言葉にした。
「そうか、仇を取るという怒りにのまれると、視野も狭くなり心は怒りに囚われる」
視界が明るくなるように、思考の霞が晴れていく。目を見開き、葉季と光琳に向き直った。
「私たちは心が資本だから、復讐をする、仇を取ることを強く願えば、自分の上限値を自ら設定することになる……! こうちゃんの仇をとるために、という思いを昇華させることができたから、最期伯父上と向き合えたのね」
「そういうことだろうな」
だから師走は、仇を取ると心の奥底で怒りを抱えたままの私が、カヌレの相手をすることを良しとしなかったのだ。
私の隣でヴィオラが小さくため息をつく。
「言ったでしょ、朱色の雫一人に、背負わせるのを良しとしないのはいつだって白金の灯よ。あんたの怒りも、苦しみも悲しみも、全部あんたの糧にしてあげたいのよ」
「ヴィオラ……うん、ありがとう」
私が自分で自分の心を超えなければ、師走は安心して私を戦わせることができない。カヌレを許すことができない怒りは、私自身にも向いている。守りきれなかった、私自身にも。
手を握りしめると、葉季が上から手を重ねてきた。
「朱己。お主が守れなかったから、皆が殺されたのではない。言ったはずだ、わしらは皆、覚悟の上だ。お主が背負うな。瑪瑙も言っておったであろう」
「……!!」
葉季を見上げると、葉季だけでなく光琳も私を見つめて微笑んでいる。ふたりとも気づいていたのだ、私の怒りの矛先に。
「自分を許せるのは自分だけよ、いつでもね」
「ヴィオラ……」
「心って単純じゃないから、簡単にはいそーですかってできないもんよ。だけど、きっかけがあれば簡単に切り替えることができるのも、心なのよ。今あんたに、葉季たちがきっかけをくれてるんだと思うけどね」
少しずつ見えてきた自分の心が、完全にさらけ出された瞬間だった。許すことで、自分が責任逃れしたいだけなのではないかと思っていた。いつまでも忘れないようにと、傷を背負っていくつもりだった。
でも、背負うというのはそういうことではない。また前にたどり着いた答えを、怒りで見失うところだった。葉季の手を握りしめながら、自分の心にある怒りを、自分自身の不甲斐なさを受け入れることから始めなければ。
「ありがとう、みんな」
「何度でも立ち止まれ、わしらは常に共にいる」
「そうだよ、朱己。一緒に進もう」
笑顔で頷き合う私達と対照的に、怒りでまみれた顔で殺し合う彼女と、淡々と相手をする彼が目の端に映る。
隣でヴィオラが目を瞑り、私に一言
「目、閉じなさい。潰れるわよ」
と言った。同時に目を突き抜けるような閃光が、辺りを包んだ。
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