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第二章 朱南国
別れは笑顔で
しおりを挟むーーここからは、一人しか出られない。
「兄上、笑っている場合じゃないでしょう!」
「笑わずしてどうする。……朱己、早く行け」
「そんな! 伯父上、みんなで出ましょう、手立てはあるはずです!」
瀕死の三人を置いて、私だけ助かれというのか。思えば、この空間、先程から何やら崩壊し始めている。確かに時間はなさそうだ。焦る気持ちを抑えながら、最善の方法を探す。
「カヌレは、爆弾がすべて爆発したらこの空間が消えるように仕向けていたはずだ……もうじき消える。早くしろ……それに、俺たちはもう助からん」
首を縦に振ることができずにいると、白蓮伯父上の声がした。
「……それもそうだね、朱己。行きなさい」
「そんな……白蓮伯父上まで!!」
いつもどおりの、綺麗な笑顔で背中を叩いてくる白蓮伯父上は、もう意志が固まっているようだった。時雨伯父上の隣りにいる父も、重ねるように口を開く。
「どう見ても、朱己、お前しか助からない」
「父様……」
それぞれが頷く中、私だけ迷っていた。
見かねた父が、少し語気を強めて私を諌めるまでに、そう時間はかからなかった。
「朱己! お前は、朱南国の長だろう! 紫西の壊滅、青東と黒北の長の死。もう旧ナルスをまとめられるのは、お前しかいない」
「……はい」
わかっている。いつもここで迷っている場合ではないときに、こうやって迷ってきた。何度も何度も、もう迷わないと思いながら。
立ち上がり、手を握りしめると、父が微笑んだ。
「胸を張れ、お前は私の自慢の娘だ」
「父様……」
こみ上げる何かを、必死に飲み込み笑顔を作った。
最期に目に焼き付けるのは、笑顔がいい。すると後ろから、いじらしい声が聞こえてきた。
「あれ、壮透。さいごだからって随分と優しいんだね? さすが子煩悩」
「白蓮兄上……」
父はすでに動けないようで、ただ目を細めながら白蓮伯父上を睨んでいた。白蓮伯父上はけたけたと笑い、まるでもう体力が残ってないようには見えなかった。
時雨伯父上に目をやると、すでに顔以外はほぼ灰になっていた。
「時雨伯父上……ありがとうございました」
「……礼を言われるとはな……朱己、忘れるな。民というものは、弱い者、力を持たぬ者というのは、稚拙でくだらぬ、信じられぬようなことこそを信じるものだ。烏合の衆となり信じたとき、それほど厄介なものはない」
「ああ、……だからあんなくだらない噂を吹聴してたんですか……兄上」
「ああ、くだらぬだろう。だが、一番効果的だ。一番恐れるべきは、力を持たぬ者なのかもしれぬ」
時雨伯父上の行動のすべてを、許せる訳では無い。だが、これから先民のことを理解する上で、おそらく今伯父上が言ったことは必要なことだ。
伯父上に一礼して、最早ほぼない顔へと視線を合わせる。
「今のお礼は、華音姉様と、項品の分です。最後に一つだけ教えて下さい。華音姉様は、どちらに?」
「……カヌレに、聞け。あの女が連れ去った」
嫌な予感が頭の中を駆け巡る。私が考えていることが父や伯父上たちにもわかったようで、少し顔が暗くなる。
白蓮伯父上の拍手の音で、我に返った。
「ほら、朱己。行きなさい、もう時間はないよ」
「あ……はい。すみません」
「なるようにしかならない。あ、一つだけ……葉季を、頼んだよ」
「っ……はい……!!」
最期は笑顔で。そう決めたのだ。
見送ってくれる三人は、皆笑顔だった。
彼らに残る最後の私も、笑顔であるように。
「朱己、必ず生きろ。国のために、自分のために」
「はい!」
背を向けて空間の割れ目まで走る。崩壊が本格化している空間の割れ目に、無理矢理穴を空ける。腕をねじ込み、激しい痛みを伴いながら、それでも突き進み続けた。
「カヌレ……!!」
残るは、カヌレーー黄金の果と、漆黒の牙のみ。必ず倒して、早く終わらせよう。この長きにわたる憎しみの連鎖を。
「くっ……ううっ!!」
切り刻まれる腕を、強引に横に開き、通れる幅を広げていく。地面を蹴り、思い切り空間の割れ目に飛び込んだ。体中が悲鳴をあげるが、構っている暇はない。必ず生きて、戻る。約束したのだから。
―――
激しい衝突。黄金の果の力は、ただセンナを爆弾に替えるだけではない。センナと同価値の宝石を生み出すこともできれば、センナを食べることもできる。
「ただ食べてるだけじゃ、ないのよねえ……」
あたしの最たる能力。手をかざし、杏奈とかいう女が使っていた五感支配で、ここにいる奴らの動きを封じた。流石にプラティとラズリンには効かないが、それは五珠だから仕方ないだろう。
そう、黄金の果の真の力は、食べたセンナの能力が使えるようになること。
「あ~ん、やっぱりプラティ達には効かないか~。そりゃそうよねぇ」
「ちっ……ヴィオラ」
「わかってるわよ、はい」
ラズリンが面倒くさそうに手を叩けば、五感支配にかかっていた者たちは皆開放されたようだった。そんなのは予想の範疇だから構わない。そう、あたしがこの能力を使った狙いは一つ。
「思い出して、仲間を殺されたってこと! ね? ミーニョの取り巻きさんたち! いじめるのも楽しいけど……ちょっと飽きてきちゃったわ。そろそろ死んでくれるかしら?」
「……どうだろうな」
プラティが、少し微笑んだのが見えた。きっと他の人は気づかない程度の微笑み。あたしだから気づいたの。どういうこと? あのプラティが、微笑むなんて。
「プラティ……?」
口にした瞬間だった。
憎い色が見えたのは。
「……はぁ、は、はぁ……っ……カヌレ……」
「……あらぁ、ミーニョ」
「朱己!」
そう。その顔が嫌いなのよ。
いつも被害者面。なんであんたが被害者なのよ。
そのムカつく心ごと、壊したくなるでしょ?
一瞬であたしの首に刀を当てたミーニョは、鋭くあたしを睨みつけてきた。
「やるならやれば?」
「……やる前に一つ教えて。華音姉様を、どうしたの?」
怪訝そうに眉をひそめた。華音? 華音……誰だ?
しばらく考えて、思い出した。爆弾に替えた女のこと。
「ああ……あの女ね。あんたの姉だったかしら?」
「ええ」
「食べても良かったけど爆弾に変えたわ。あんたがさっきまでいた空間に、大量にしかけてあったでしょ? 気づかなかった? 大好きなミーニョへの餞別よ」
なんてね。
大っっっ嫌いなあんたへの餞別よ。死んでくればよかったのに。あんたは、当たり前のように家族を見殺しにして、自分だけ帰ってきたのね。
「……わかった」
いい顔してるじゃない。
もっと絶望に突き落としてあげるわ、ミーニョ。
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