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第二章 朱南国

研究結果

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 夕刻。法葉ほうようが帰ってきた。

「おかえり。どうだい、いい花はあったかい?」
「うむ、綺麗な花があったぞ。ほれ、どうじゃ、さい様の好きそうな花じゃろう」
「ああ、そうだね、綺麗だよ。君にも似合う」
「五月蝿い、そちはいつも一言多いのじゃ」

 妾のために買った訳ではないのに、妾に似合ってどうする! と眉間に皺を寄せる彼女は、相変わらず姉上が一番大切なようだ。死して尚、こんなに想ってもらえる姉上が、心底羨ましいとさえ思ってしまう。

「そち、夏采かさいに妾の後を追わせておったじゃろ」
「ああ、買い物中に何かあったら困るからね」
「構うでない。この国の濁尉だくいに手出しするような命知らずなど居らぬじゃろ」
「ははは、すまない。そうだね。歴代最強の濁尉だからね、君は」

 私の言葉を聞いても、眉間に皺を寄せたままの彼女は、短くため息をつくとさっさと部屋を出ていった。入れ違いで夏采が部屋へ入ってくる。

「おい、白蓮」
「おかえり、夏采。どうだった?」
「時雨のやつ、ビライトの刻印があるやつと話してたぜ」
「ビライトの? なんでまた……。まさか」

 ビライト。北東にある隣国であり、何かと最近不穏な動きをしている国だ。数年前、壮透に長を引き継いだ頃に、宇宙界の秘密裏に行われた会議でビライトの怪しい話が上がっていた。
 なんでもビライト国内で、子どもを生贄にする儀式が爆発的に広がっていると。そして、宇宙界各国が持ち回りで見回りをすることになり、見つけて助け出したのが百夜びゃくやだ。
 ビライトの者たちは百日を過ぎると、首や腕等に刻印をする。故に、刻印があればビライトの者だとわかる。

「何か聞けたかい」
「それが、聞き慣れねえ言葉を使ってたぜ。でんす? とか」
「でんす? ビライトの言葉でもないね」

 なんだ、でんすとは。
 異国の言葉だが、宇宙界各国でもあまり聞かない言葉。知っているとすればヴィーのらい殿だが、簡単には教えてくれないだろう。だが、どこかで聞いたことがあるような。しばらく口元を押さえながら黙り込んでいると、夏采が僅かに動いた。釣られるように視線を上げると、扉を叩くこともなく法葉が部屋に入ってきた。

「白蓮。夏采をちと貸してくれぬか? 買い忘れたものがあった故、もう一度買い出しに行く」
「それなら私が行くよ、君と買い物に行きたいからね」
「断る。夏采が良いのじゃ。そちは来るな」
「夏采は私の大切な対だからね。どうしてもと言うなら……条件がある」

 隣で夏采が眉間に深い皺を刻んでいる。それもそのはず、夏采本人を度外視して、二人で取り合っているのだから。法葉は厳しい顔のまま、私を見つめている。私は対照的に、笑顔で人差し指を突き立てた。

「最近時雨兄上から定期の研究報告がなくてね。買い出しに行くなら、ついでに兄上のところに寄ってきてくれないかい? 私が行くと、嫌がられるんだ」
「定期の研究報告? なんじゃ、もらっておらぬのか?」

 怪訝そうに眉をひそめる彼女は、ため息をつくと仕方ないとこぼした。
 兄上の研究報告。センナの研究報告だ。ただし、私や壮透が香卦良かけらとセンナの研究をしていることは教えていない。あくまで、兄上独自の研究。そして、兄上が躍起になって研究をしているのは、姉上のセンナを使って姉上を復活させるため。
 本来、センナの研究などご法度。怪しい研究を二条家がしていると言われるのは困るため、兄上に定期で偽の研究結果を報告させることにより、五家会でも事なきを得ている。その偽報告とセンナ、両方の研究結果が届いていないのだ。
 センナは基本的にセンナの格納庫に格納され、まっさらな状態になり記憶も全て消された上で輪廻し、次の生を受ける。兄上は、姉上のセンナをそうしたくない。姉上を、姉上のまま蘇らせたい……それが兄上の狙いのようだ。しかし、何故そこまで執着するのかまだ理由はわからない。
 眼の前の彼女を見つめて、軽く微笑んだ。

「ああ、そうなんだ。兄上の想いはわかるけど、そんなご法度、許されてはいけないからね」
「いっそのこと、告発してしまえばよかろうに……そちの甘い部分じゃ。兄だからと……」
「どうせ研究してくれるなら、利用しない手はない。兄上も露呈する前に手を打つはず。仮にこちらに危害を加える方向に転ぶなら、……私も野放しにはしないよ」
「罰する大義名分……というわけか。そちの常套手段じゃのう」

 彼女は手をひらひらと振ると、夏采にゆくぞ、と言って部屋を出ていった。夏采は多少困惑しつつこちらを見、私が頷いて返すと彼女の後について行った。

「頼んだよ、夏采」

 わざわざ念を飛ばしてまで念押しする程でもない言葉が、口から溢れ宙を舞って消えた。
 法葉と夏采はしばらくして帰ってきたが、法葉が眠ったあとに受けた夏采の報告は、予想していたものとは違った。

「……なに?」
「時雨の部屋に入ったんだが、研究器具が一式なくなってた。どこにやったのかはわからねえが、怪しくねえか?」
「……法葉は、何か言ってたかい?」
「法葉も聞いてたぜ。実験器具は何処へやった? ってな。だが、俺がいたせいか時雨は笑って答えなかった。出せるところまでのレポートは出すって言うから、それは貰ってきたけどよ……」

 腑に落ちない様子の夏采が報告書を手渡してきたが、内容に軽く目を通しても、大した内容はなかった。

「何を考えている……? 兄上」

 思わず音を立てて握り潰した報告書は、見るも無惨なほどしわくちゃになった。
 ふと思い出したように夏采が報告を続ける。
 
「あと、マジで買い物は買い物だった。月命日用に買った花をいける花瓶買ってたぜ」
「そうかい。花瓶か……」

 本当に買い忘れただけか、と二人で少し苦笑した。
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