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第二章 朱南国
執着と愛と対
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「返せ。偲を」
「無理なお願いですね、兄上」
どうして今ビライトの工場で、兄上と戦っているか。答えは簡単だ、私が姉上ーー偲のセンナを、香卦良から預かっていることが知られたからだ。血眼になって姉上のセンナを探していた兄上にとって、私が持っていることは腸が煮えくり返るほどの事実だろう。
私を攻撃するが、けして当たらない。兄上がわざと外しているのだ。姉上のセンナを、まかり間違っても傷つけない様に。
「早く渡せ」
「何故そこまで姉上のセンナにこだわるのです? 兄上!」
「答える理由はない!!」
何かあるはずだ、理由が。なんとなくわかっているが、確信に至らない。
明確に掴める根拠がないと、兄上には勝てない。そして大概、明確な根拠は側近である夏采と共に見つけてきた。いや、彼が私の無茶振りな指示を常に完遂してくれていたおかげだ。彼がいない今、自分だけで、しかもビライトで兄上の思惑を理解することが、果たしてできるのだろうか。
兄上は躍起になっている。何としてでも、姉上のセンナを手に入れたい理由とはなんだ。
兄上は昔から、姉上に固執していた。双子として虐げられてきたからだ、と思っていた。互いに、互いしか理解者も味方もいない環境。我々弟たちが理解を示したところで、そんなものは兄上にとっては嫌味でしかなかった。だが、不思議だったのは、姉上が兄上に依存しないことだった。
姉上に執着する兄上。兄上に依存しない姉上。相対する二人の、それぞれの思惑はなんだったのか。わからない。わかりそうで、喉の奥まで出かかっているのに、言葉として口から出てこない。
「白蓮!!! 渡せぇえぇええええぇえ!!!」
「兄上!!」
突如聞こえた声が、私と兄上の間に割って入ってきた。
「壮透……!!」
思わず目を見開けば、目の前の弟は頭だけ少し振り返り、短く頷いた。
ーーー
ヴィオラが捩じ込んだ空間の穴を潜り、まず目に飛び込んで来たのは大きな工場。
そして、工場内で戦う二人の伯父上だった。真っ先に父が止めに入り、一気に緊張感が走る。
「壮透……邪魔をするな」
「時雨兄上。お言葉ですが、止めざるを得ません」
白蓮伯父上と、時雨伯父上の間に割って入った父の顔は、私からは見えない。しかし、今父が辛くないはずはないのだ。引き返せない人生の中で、お互いという歯車が噛み合わなくなったのだから。合わなくなったならば、外すしかないのだ。
白蓮伯父上は静かに問う。
「兄上、此処はなんの工場です?」
「答える義理はない。理由もない」
「あります。私たちには知る権利がある。偲姉上もそうだ。私たちに何を隠しているんです」
時雨伯父上が鬼の形相で睨みつけている。
白蓮伯父上は怯む様子もなく、いつの間にか父の隣まで進んでいた。
「姉上と、この工場。何か関係があるんですか?」
「白蓮。これ以上はお前でも許さん。お前たちは邪魔をするなというのがわからぬのか」
「私のことは許していただけなくても結構。真実を答えてください」
痺れを切らしたように、時雨伯父上が暴風を巻き起こす。
反射的に、空間を作り出す要領で透明な壁を出現させ、風を避けた。
「姉上が、兄上のその姿を望んでいるとは、私は思えません」
「白蓮!!! お前に、お前に何がわかる!!!!」
化け物のような翼が生え、体中に人造センナが埋め込まれた姿。顔つきも更に鬼に近づいている。
誰が見ても化け物と答えるだろう。
風の威力が上がり、思わず目を細めると、ヴィオラが音波で壁を新たに作り上げてくれた。
「朱己、忘れないで。あたしたちの目的は、漆黒の牙の滅殺。時雨に口を割らせたら、あたしたちは先に行くんだからね」
「ええ、私もそのつもりでいるわ」
例え、死人が出たとしても。
例え、大切な人たちが、傷ついたとしても。
ここにいる者たちは皆覚悟しているのだから。
いや、本当は最初から皆覚悟していた。覚悟したつもりで、出来ていなかったのは私だ。
ヴィオラはあえて釘を刺してくれたのだろう。
「ヴィオラ、ありがとう」
「何よ改まって、気持ち悪いわね。やめて頂戴」
ヴィオラが眉間に皺を寄せながら、私を一瞥した。緊迫した空気の中、思わず笑ってしまう。何故か、ヴィオラの顔を見て不思議な懐かしさを覚えた。
「不思議。昔も、こうやって笑っていた気がするわ、なんとなく懐かしい感じがするの」
「……笑ってたからね」
「そっか、覚えてないのが残念だわ」
ヴィオラは私に視線を向けることなく、片手で音波の壁を張り続ける。記憶はないが、こうやって昔も守られていたのだろう。彼の前世にも、師走の前世である曆にも。
眼の前で繰り広げられている戦いを、どこか遠くで起こっている物語のように見ている自分がいる。今まさに、自分の父が、父の兄と殺し合おうとしているのに。
「父様……」
勿論もう退けない。お互いの信念を、お互いの正論を貫き通すしかない。少し前なら、家族で争うなんてと悲観していた。しかし今は、悲観というよりも、どこか諦めているような、自分にはこれから起こる全てを、ただ受け止めることだけしかできないと認識しているような感覚だ。
私の想いを知ってか知らずか、一歩後ろから葉季が名を呼んで、肩を叩いた。
「朱己、こんな時に言うのはなんだが、父上は時雨伯父上の狙いに恐らく気づいておる。だが、確信がないのだと思う、あの目は。夏采殿が居らぬからだろう」
「……なるほど。つまり、夏采殿を呼ぶことが出来れば……」
白蓮伯父上が、確信に至るだけの情報を、現在進行系で夏采殿が集めているとしたら。もしくは、もう集め終わっていて、後白蓮伯父上に言うだけだとしたら。
ふと、父の近くで構えてる夏能殿が目に入った。ヴィオラの音波の壁をすり抜けて、夏能殿へ瞬時に近づく。
「夏能殿!!」
「あ!? なんだ、いきなり!!」
「夏采殿がここに来られるよう、何か合図を出せませんか?」
「あ? ああ……そういうことか。それならもう、白蓮が出してるはずだぜ」
夏能殿が構えを解かないまま、顎で白蓮伯父上を指す。少し離れた位置にいる白蓮伯父上は、私を一瞥すると微かに微笑んだ。
「白蓮は抜け目ねえ奴だ。心配いらねえ。お前はお前の務めに集中しろ、朱己」
「……! ありがとうございます、わかりました」
さすがだ。これが、対であり側近である主従の連携。私と高能が、目指して辿り着けなかった場所。
少しだけ胸が締め付けられたが、頭を振ってヴィオラの隣へ戻った。
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