上 下
161 / 239
第二章 朱南国

執着と愛と対

しおりを挟む

ーーー

「返せ。さいを」
「無理なお願いですね、兄上」

 どうして今ビライトの工場で、兄上と戦っているか。答えは簡単だ、私が姉上ーー偲のセンナを、香卦良かけらから預かっていることが知られたからだ。血眼になって姉上のセンナを探していた兄上にとって、私が持っていることははらわたが煮えくり返るほどの事実だろう。
 私を攻撃するが、けして当たらない。兄上がわざと外しているのだ。姉上のセンナを、まかり間違っても傷つけない様に。

「早く渡せ」
「何故そこまで姉上のセンナにこだわるのです? 兄上!」
「答える理由はない!!」

 何かあるはずだ、理由が。なんとなくわかっているが、確信に至らない。
 明確に掴める根拠がないと、兄上には勝てない。そして大概、明確な根拠は側近である夏采かさいと共に見つけてきた。いや、彼が私の無茶振りな指示を常に完遂してくれていたおかげだ。彼がいない今、自分だけで、しかもビライトで兄上の思惑を理解することが、果たしてできるのだろうか。
 兄上は躍起になっている。何としてでも、姉上のセンナを手に入れたい理由とはなんだ。
 兄上は昔から、姉上に固執していた。双子として虐げられてきたからだ、と思っていた。互いに、互いしか理解者も味方もいない環境。我々弟たちが理解を示したところで、そんなものは兄上にとっては嫌味でしかなかった。だが、不思議だったのは、姉上が兄上に依存しないことだった。
 姉上に執着する兄上。兄上に依存しない姉上。相対する二人の、それぞれの思惑はなんだったのか。わからない。わかりそうで、喉の奥まで出かかっているのに、言葉として口から出てこない。

「白蓮!!! 渡せぇえぇええええぇえ!!!」
「兄上!!」

 突如聞こえた声が、私と兄上の間に割って入ってきた。

「壮透……!!」

 思わず目を見開けば、目の前の弟は頭だけ少し振り返り、短く頷いた。

ーーー

 ヴィオラが捩じ込んだ空間の穴を潜り、まず目に飛び込んで来たのは大きな工場。
 そして、工場内で戦う二人の伯父上だった。真っ先に父が止めに入り、一気に緊張感が走る。

「壮透……邪魔をするな」
「時雨兄上。お言葉ですが、止めざるを得ません」

 白蓮伯父上と、時雨伯父上の間に割って入った父の顔は、私からは見えない。しかし、今父が辛くないはずはないのだ。引き返せない人生の中で、お互いという歯車が噛み合わなくなったのだから。合わなくなったならば、外すしかないのだ。
 白蓮伯父上は静かに問う。

「兄上、此処はなんの工場です?」
「答える義理はない。理由もない」
「あります。私たちには知る権利がある。偲姉上もそうだ。私たちに何を隠しているんです」

 時雨伯父上が鬼の形相で睨みつけている。
 白蓮伯父上は怯む様子もなく、いつの間にか父の隣まで進んでいた。

「姉上と、この工場。何か関係があるんですか?」
「白蓮。これ以上はお前でも許さん。お前たちは邪魔をするなというのがわからぬのか」
「私のことは許していただけなくても結構。真実を答えてください」

 痺れを切らしたように、時雨伯父上が暴風を巻き起こす。
 反射的に、空間を作り出す要領で透明な壁を出現させ、風を避けた。

「姉上が、兄上のその姿を望んでいるとは、私は思えません」
「白蓮!!! お前に、お前に何がわかる!!!!」

 化け物のような翼が生え、体中に人造センナが埋め込まれた姿。顔つきも更に鬼に近づいている。
 誰が見ても化け物と答えるだろう。
 風の威力が上がり、思わず目を細めると、ヴィオラが音波で壁を新たに作り上げてくれた。

「朱己、忘れないで。あたしたちの目的は、漆黒の牙ニゲルデンスの滅殺。時雨に口を割らせたら、あたしたちは先に行くんだからね」
「ええ、私もそのつもりでいるわ」

 例え、死人が出たとしても。
 例え、大切な人たちが、傷ついたとしても。
 ここにいる者たちは皆覚悟しているのだから。
 いや、本当は最初から皆覚悟していた。覚悟したつもりで、出来ていなかったのは私だ。
 ヴィオラはあえて釘を刺してくれたのだろう。

「ヴィオラ、ありがとう」
「何よ改まって、気持ち悪いわね。やめて頂戴」

 ヴィオラが眉間に皺を寄せながら、私を一瞥した。緊迫した空気の中、思わず笑ってしまう。何故か、ヴィオラの顔を見て不思議な懐かしさを覚えた。

「不思議。昔も、こうやって笑っていた気がするわ、なんとなく懐かしい感じがするの」
「……笑ってたからね」
「そっか、覚えてないのが残念だわ」

 ヴィオラは私に視線を向けることなく、片手で音波の壁を張り続ける。記憶はないが、こうやって昔も守られていたのだろう。彼の前世にも、師走の前世であるれきにも。

 眼の前で繰り広げられている戦いを、どこか遠くで起こっている物語のように見ている自分がいる。今まさに、自分の父が、父の兄と殺し合おうとしているのに。

「父様……」

 勿論もう退けない。お互いの信念を、お互いの正論を貫き通すしかない。少し前なら、家族で争うなんてと悲観していた。しかし今は、悲観というよりも、どこか諦めているような、自分にはこれから起こる全てを、ただ受け止めることだけしかできないと認識しているような感覚だ。
 私の想いを知ってか知らずか、一歩後ろから葉季が名を呼んで、肩を叩いた。

「朱己、こんな時に言うのはなんだが、父上は時雨伯父上の狙いに恐らく気づいておる。だが、確信がないのだと思う、あの目は。夏采殿が居らぬからだろう」
「……なるほど。つまり、夏采殿を呼ぶことが出来れば……」

 白蓮伯父上が、確信に至るだけの情報を、現在進行系で夏采殿が集めているとしたら。もしくは、もう集め終わっていて、後白蓮伯父上に言うだけだとしたら。
 ふと、父の近くで構えてる夏能殿が目に入った。ヴィオラの音波の壁をすり抜けて、夏能殿へ瞬時に近づく。

「夏能殿!!」
「あ!? なんだ、いきなり!!」
「夏采殿がここに来られるよう、何か合図を出せませんか?」
「あ? ああ……そういうことか。それならもう、白蓮が出してるはずだぜ」

 夏能殿が構えを解かないまま、顎で白蓮伯父上を指す。少し離れた位置にいる白蓮伯父上は、私を一瞥すると微かに微笑んだ。

「白蓮は抜け目ねえ奴だ。心配いらねえ。お前はお前の務めに集中しろ、朱己」
「……! ありがとうございます、わかりました」

 さすがだ。これが、対であり側近である主従の連携。私と高能が、目指して辿り着けなかった場所。
 少しだけ胸が締め付けられたが、頭を振ってヴィオラの隣へ戻った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

魔法少女の異世界刀匠生活

ミュート
ファンタジー
私はクアンタ。魔法少女だ。 ……終わりか、だと? 自己紹介をこれ以上続けろと言われても話す事は無い。 そうだな……私は太陽系第三惑星地球の日本秋音市に居た筈が、異世界ともいうべき別の場所に飛ばされていた。 そこでリンナという少女の打つ刀に見惚れ、彼女の弟子としてこの世界で暮らす事となるのだが、色々と諸問題に巻き込まれる事になっていく。 王族の後継問題とか、突如現れる謎の魔物と呼ばれる存在と戦う為の皇国軍へ加入しろとスカウトされたり…… 色々あるが、私はただ、刀を打つ為にやらねばならぬ事に従事するだけだ。 詳しくは、読めばわかる事だろう。――では。 ※この作品は「小説家になろう!」様、「ノベルアップ+」様でも同様の内容で公開していきます。 ※コメント等大歓迎です。何時もありがとうございます!

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

半身転生

片山瑛二朗
ファンタジー
忘れたい過去、ありますか。やり直したい過去、ありますか。 元高校球児の大学一年生、千葉新(ちばあらた)は通り魔に刺され意識を失った。 気が付くと何もない真っ白な空間にいた新は隣にもう1人、自分自身がいることに理解が追い付かないまま神を自称する女に問われる。 「どちらが元の世界に残り、どちらが異世界に転生しますか」 実質的に帰還不可能となった剣と魔術の異世界で、青年は何を思い、何を成すのか。 消し去りたい過去と向き合い、その上で彼はもう一度立ち上がることが出来るのか。 異世界人アラタ・チバは生きる、ただがむしゃらに、精一杯。 少なくとも始めのうちは主人公は強くないです。 強くなれる素養はありますが強くなるかどうかは別問題、無双が見たい人は主人公が強くなることを信じてその過程をお楽しみください、保証はしかねますが。 異世界は日本と比較して厳しい環境です。 日常的に人が死ぬことはありませんがそれに近いことはままありますし日本に比べればどうしても命の危険は大きいです。 主人公死亡で主人公交代! なんてこともあり得るかもしれません。 つまり主人公だから最強! 主人公だから死なない! そう言ったことは保証できません。 最初の主人公は普通の青年です。 大した学もなければ異世界で役立つ知識があるわけではありません。 神を自称する女に異世界に飛ばされますがすべてを無に帰すチートをもらえるわけではないです。 もしかしたらチートを手にすることなく物語を終える、そんな結末もあるかもです。 ここまで何も確定的なことを言っていませんが最後に、この物語は必ず「完結」します。 長くなるかもしれませんし大して話数は多くならないかもしれません。 ただ必ず完結しますので安心してお読みください。 ブックマーク、評価、感想などいつでもお待ちしています。 この小説は同じ題名、作者名で「小説家になろう」、「カクヨム」様にも掲載しています。

裏庭が裏ダンジョンでした@完結

まっど↑きみはる
ファンタジー
 結界で隔離されたど田舎に住んでいる『ムツヤ』。彼は裏庭の塔が裏ダンジョンだと知らずに子供の頃から遊び場にしていた。  裏ダンジョンで鍛えた力とチート級のアイテムと、アホのムツヤは夢を見て外の世界へと飛び立つが、早速オークに捕らえれてしまう。  そこで知る憧れの世界の厳しく、残酷な現実とは……?  挿絵結構あります

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ
ファンタジー
とある片田舎で貧困の末に殺された3きょうだい。 その3人が目覚めた先は日本語が通じてしまうのに魔物はいるわ魔法はあるわのファンタジー世界……そこで出会った首が取れるおねーさん事、アンドロイドのエキドナ・アルカーノと共に大陸で一番大きい鍛冶国家ウェイランドへ向かう。 魔物が生息する世界で生き抜こうと弥生は真司と文香を護るためギルドへと就職、エキドナもまた家族を探すという目的のために弥生と生活を共にしていた。 首尾よく仕事と家、仲間を得た弥生は別世界での生活に慣れていく、そんな中ウェイランド王城での見学イベントで不思議な男性に狙われてしまう。 訳も分からぬまま再び死ぬかと思われた時、新たな来訪者『神楽洞爺』に命を救われた。 そしてひょんなことからこの世界に実の両親が生存していることを知り、弥生は妹と弟を守りつつ、生活向上に全力で遊んでみたり、合流するために路銀稼ぎや体力づくり、なし崩し的に侵略者の撃退に奮闘する。 座敷童や女郎蜘蛛、古代の優しき竜。 全ての家族と仲間が集まる時、物語の始まりである弥生が選んだ道がこの世界の始まりでもあった。 ほのぼののんびり、時たまハードな弥生の家族探しの物語

処理中です...