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第二章 朱南国

心を壊すこと

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 ヴィオラの出してくれた地図には、既に戦闘が開始しているところにはバツの記号が書かれていた。

「マヌンは間違いなくストラを攻める。我等テシィには最後まで手を出さん。睦月一人居れば守りは十分だ」

「そうね、テシィとヴィーには手を出さないが彼女の信条だからね……まあ、今どうかはわからないけど。……曆の面々は、各々の持ち場で戦闘開始してるわね」

「たまに戦わせてやらんと、曆の面々は何かと文句を言う。このくらいが奴等にとっても丁度いい」

 二人で淡々と話を進める最中、父が静かに口を開いた。

「ヴィーへ行かせてほしい」

「……そう言うと思ってたわ」

 ヴィオラが小さく溜息をついて、師走へ視線を移す。どうやら父の目論見は理解しているようで、師走は目を伏せ暫く考えてから、父へと視線を移した。

「……良かろう。ヴィオラ、ここで引き続き諜報してくれ。我が壮透をヴィーまで連れて行く」

 父と視線を交えながら頷き合う師走の腕を掴んで、咄嗟に引き止めた。

「待って、私も行く。お願い」

 元はと言えば、師走との同盟を組む狙いの一つは、ヴィーに行くためだった。まったくもって当時と状況は変わってしまったが、ヴィーに行き、眞白の本当の狙いの端だけでも掴みたい。ついでに白蓮伯父上を何とか開放し、味方を増強したい。
 師走は私の魂胆を理解しているようで、溜息をつき私の腕を振り払うと、好きにしろと言った。

「朱己、こっちは心配いらないから安心していってらっしゃい。師走のことよろしく頼んだわよ。ヴィーにいても、あたしの声は聞こえるようにしとくから」

「ええ、ヴィオラ。ヴィーに行くのは緊張するけど、頑張るわ。ありがとう」

 ヴィーの周囲には何やら不思議な壁があり、中との通信ができないと夏采殿が言っていた。しかし、それさえも五珠の一人、紺碧の弦ラズリナーブスには、大したことない壁なのだろうか。まだ見ぬヴィオラと師走の底力に対して、畏敬の念を抱かずにはいられなかった。

ーーー

「はあ! んん~疲れたのよね。ばっきばきに心壊したいのよねぇ~!」

 目の前にいる作り物の人形に、まるで独り言を聞かせるかのように話し続ける。作り物の人形とはいえ、意識も感情もあるため、実質人のようなものだ。
 特に、失敗作の烙印を押された彼女は、やけに人間味のある霊獣だ。

「銀朱様……もうおやめください」

「はぁ? 朱公、あんたわかってんのよね? あんたどっちの味方? 言っとくけど、あんたが帰る場所なんてないのよね!」

「帰る場所など求めてはいません! しかしながら、私は朱己様の側近。銀朱様の敵です」

 気に食わない。どれだけ痛めつけても泣き言一つ漏らさないのだ、この女ときたら。この女の利用価値は、朱己たちの居場所を把握することでしか得られないもの。もう朱己の臣下たちは死んだ。残るは、あたしからしたら大したことないビライト兄弟と、目の前の女。
 途中から自分がいるせいで何かしらの情報が漏れていると気づき始めたこの女は、自らビライトにやってきた。馬鹿なのか頭がいいのかわからないが、自己犠牲を払う頭はあるらしい。

「朱己様は負けません。貴女には……ぐぅっ」

「さっきからうっさいのよね!」

 何度か蹴り飛ばしても、けして私を睨むのをやめない。拘束してあるため反撃はしてこないが、仮に反撃してきたとしても、私がこんな出来損ないに負けるわけがない。なんたってあたしは銀朱。朱己に並ぶ能力の持ち主にして、最強の人造センナ。

「死にたくないなら黙ってるのよね。……ん、カヌレ様?」

「銀朱。面白いのが完成したから、お披露目しにきたのぉ! どお?」

 突然部屋に入ってくるやいなや、私達に見せつけてきたものが予想外過ぎて目が点になる。目の前の朱公は、青ざめた顔をしていた。

「じゃーん! 名付けて、デンちゃんに完全改良されたよーちゃんでーす!」

 先程の戦いで虫の息になっていた男を、カヌレ様が連れ帰ってきて何やらいじったらしい。完全に瞳孔は開いているし、意識はなさそうだが、あやつり人形状態ということだろうか。

「うわあ……これ、本人? まさか殺さずに回収してたのよね? カヌレ様」

「本人よぉ! ミーニョが苦しむ顔が見たくってえ! 心壊すには、もってこいじゃない? どうせこの子のセンナはもう壊れる寸前だし、デンちゃんにちょっと増強してもらって、ミーニョと一戦交えるくらいは保つようにしてもらったわ」

 弾けるような笑顔で、人差し指を立てて説明している。見るからにとても楽しそうだし、実際楽しいのだろう。カヌレ様は朱己に固執している。朱己ではなく、あえてミーニョと呼ぶ理由は知らないが、心を壊して死へと突き落としたいのだろう。
 思わず私でさえ苦笑いしてしまう。

「それにしても……デンちゃん、て、まさか……」

漆黒の牙ニゲルデンス、だからデンちゃんよ!」

 あだ名のネーミングセンスは謎だ。だが、長年の付き合いから生まれたものだろうし、いちいち突っ込まないほうがいいだろう。
 朱己さえ殺せれば、いや朱己のセンナさえ手に入ればそれでいい。父様の狙いを叶えるためなら、なんだって犠牲にしてみせる。

「さあて。早速仕掛けてこようかなぁ~!」

「カヌレ様、あたしが行ってくるのよね! 別に疲れてないし、任せてなのよね!」

 カヌレ様は暫く考えたあと、にんまりと笑ってよーちゃんを差し出してきた。

「じゃ、頼んだわよぉ! 銀朱」

 語尾に音符がついているようだ。
 あたしも段々楽しくなってきた。
 朱己の絶望に歪む顔が、早く見たい。
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