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第二章 朱南国

守るためなら

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 ほくそ笑む銀朱を訝しむように画面を見つめると、父の手の中で光り始める甲型爆弾。

「まさか……!! 父様、爆弾が!!」

『……!!』

 センナを握り潰す前に、時限が到来した。
 爆弾が光り輝いたということは、着火されたということ。もう爆弾を止める術はない。
 叫んでも父には届かないが、父も気づいているようで、空間を立ち上げた。
 父から可能な限り遠ざけるためか、神奈は銀朱を蹴り飛ばし、父が作り上げた空間へ入り込んで、父の手にある爆弾へ手を伸ばす。

『壮透様!! 項品との約束です。お願いします!!』

『神奈、ならん』

 父が答えると同時に、神奈の霧に包まれる父の手と甲型爆弾が付いたセンナ。父が反応したときには一歩遅く、父の手が瞬時に腐食し、零れ落ちるようにして転がった項品のセンナを、神奈が握りしめて空間の奥へ移動する。

『壮透様、ご無礼をお許しください。項品は、お任せを。空間を閉じてください、民のために』

「!!」

 父が目を見開く。
 私も息をつまらせた。
 父が、いや私達が一番断れない言葉を、神奈は知っている。神奈の目の前にいるのが父でなく私だったとしても、彼女は同じように言葉を選んだはずだ。
 父が苦虫を噛み潰したような顔で、握りしめた手を空間へ向けた。同時に閉められる空間。

『ありがとうございます』

 そう聞こえた気がした。

 項品のセンナを大切に握りしめた神奈が、霧に包まれた状態で空間を閉じられた直後。
 激しい爆発音と共に、赤い霧が広がるのが見えた。

「か、神奈……」

 その場に崩れ落ちる私の背中を、ヴィオラが擦ってくれている。
 父が空間をすぐに解除したが爆弾は塵と化し、神奈のセンナも崩れ落ちるように灰になった。

『はあ、傑作なのよねぇ! カヌレ様に頼んで彼女だけ近くにぽいしてもらって正解だったのよねぇ』

 笑い続ける銀朱が、指で目を擦り涙を拭いた。

「神奈を、あえて殺さなかったのね」

 私が怒りを殺すように手を握りしめると同時に、目の前の画面の中一帯が氷の世界になった。

「父様……!」

 父が、静かに怒っている。
 過去に例を見ないほど。
 静か過ぎて耳が痛くなるほど、父の造り出した氷の世界は静かで、何者の布擦れの音さえも許さない緊張感があった。

『満足か』

『んん~項品もウキルも、最初からこっち側として認めてないし。どうせなら楽しませてほしかったのよね! はあ、思っていた以上だったのよねぇ』

 まただ。湧き上がるものが、怒りじゃない。
 怒り以上に、辟易している自分がいる。
 何もできなかった自分にも、人の命で楽しんでいる彼女にも。
 彼女は欠伸をひとつこぼして、髪の毛を手で払うと父の立つ場所を火の海へと変えた。氷の世界に現れた炎は、水を生み出し氷を溶かしていく。父は顔色一つ変えることなく、静かに怒りをたたえていた。

『逃がすと思うか』

『このあたしが逃げられないとでも? あたしの今日の役目はここまで。じゃあね!!』

『させん』

 父の氷が銀朱の体を支配するようにまとわりつき、動きを封じていく。確実に仕留められるように。死が近づいているはずの銀朱は、全く怯える素振りもなくにたにたと笑っていた。

『……この体、このセンナ。壊したいなら壊してもいいのよねぇ? 痛くも痒くもないから』

『何?』

 父の手が一瞬止まった瞬間、銀朱は激しく火の粉をちらして炎を巻き上げ、氷から抜け出した。

『きゃはははは!! 父様の研究は、あんたたちには到底理解出来っこないのよね!!』 

 一瞬の隙を付いて逃げ出す彼女を、父はあえて追いかけなかったように見えた。殺せたのだ、父は。だが殺さなかった。

「父様……急いで行かないと!!」

「待ちなさい、朱己。壮透をこっちに呼びなさい」

「え?」

「あっちに行くより、来てもらったほうが安全よ。まだ罠があるかもしれないしね」

 ヴィオラが心配している内容は、動揺している私の頭でもすぐに理解できた。ありとあらゆる建物が破壊され、見晴らしの良くなった朱南と紫西。そして、今敵が近くにいるとすれば、限りなく紫西ということだろう。
 幸いなことに、朱南も建物こそ壊されているものの、我々が作った簡易的な空間がある。そして、空間から紅蓮様の空間へ行くことも可能にしておいた。父に空間へ来てもらったほうが安全で、かつ薬乃たちけが人の避難もできる。

「父様、聞こえますか。こちらへ、お越しください」

 念を送って暫くは無言だった父が、わかったと一言溢して私達の空間へ入ってきた。

「……ありがとうございました」

「礼を言われることは何もしていない」

「いえ、……母様と項品は……」

 その先の言葉を紡げない。
 救われた?
 わからない。
 杏奈、瑪瑙、高能に続き、神奈、母様、そして項品を失った。
 私の采配の不手際だ。カヌレからのダメージがなければ、父も母ももっと思うように戦えたはずだ。カヌレとの戦いのあとに氷瀑を使った父が、まだ動けるだけ奇跡なのだから。
 終わったことをくよくよと反省しても仕方ないと言われるかもしれないが、父になんと声をかけたらいいのかわからずに、俯いてしまった。
 一呼吸置いた後、聞こえたのは父の声だった。

「朱己」 

「は、はい!」

 緊張した面持ちで父を見つめると、父は真っ直ぐ私へ視線を向け、いつも通りの声音で呟いた。

「民の避難指示、ご苦労だった。私でもお前と同じ判断をしただろう。お前の臣下たちも良くやった。胸を張れ、でなければ彼らが浮かばれん」

 父の言葉に、一縷の雫が伝い落ちた。
 涙ではない。目から何か落ちただけだ。
 泣かないと決めた。すべて終わるまで。
 
 父の言葉が、心に刺さって抜けない。温かい言葉が、今はただ受け止めるのも辛い。失ったものが大きすぎて空いてしまった穴に、父の言葉が入り込んで、凍らせたい心が溶かされていく。

「今は小休止だ。また戦いになる。今のうちに休んでおけ」 

「……は、い」

 乱暴に目を擦って、頬を叩く。
 ヴィオラが背後から私の瞼に手を当て、何も言わずに冷やしてくれた。短く礼を言うと、ヴィオラは小さく溜息をついた。

 無言でいる師走は、相変わらず眉間に皺が寄っている。師走が手をたたくと、銀朱が放っていった火の海と、一面の氷の世界が消え元通りの瓦礫の山になった。
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