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第二章 朱南国

親と子(下)

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『させん』

 巨大な闇の波が凍りつき、一瞬で小さな氷の粒になって辺に舞った。母の前で、母たちを庇う父の姿。そして、父の登場を信じられないように見つめる項品。

『壮透……ウキルはどうしたんです』

『破壊した。傀儡諸共くぐつもろとも

 項品の後ろでため息をつく銀朱は、欠伸をしながら項品の肩を叩いた。

『ほらぁ、ウキルじゃ弱いのよね! オジさん相手じゃ無理だって。無駄死にぃ』

 項品は彼女を睨みつけると、肩に置かれた手を振り払った。銀朱は特段気にしていないようで、肩を回しながら笑っている。

『ウキルは僕の側近であり親友、唯一の理解者。彼を殺すなんて……父上、本当に……』

 項品が怒りに震えながら、創り上げる大きな鎌。彼の目に浮かぶ涙が、彼の本音を物語っていた。

『項品。民の命を脅かす敵ならば殺す。それだけだ』

『父上の、わからず屋!! 人殺し!! じゃあ僕のことも殺せばいいでしょう!!』

 銀朱が面倒くさそうに防御壁を目の前に作り出している。これから来る衝撃が予想できたのだろう。
 項品の鎌が雷のごとく振り下ろされた。
 項品の全ての力を乗せて、父と母へ向かう。
 私が感じている憤りなど、この場では意味を成さないとわかっている。それでも、願わずにはいられないのだ。家族で殺し合わずに済む方法を見つけたいと。

「なんで家族で戦わなきゃいけないの……項品……!!」

「家族というだけでそんなに強固な絆なら、なんの苦労もいらぬ。たかだか血を分けただけで、全てが理解できるとでもいうのか。……これも漆黒の牙ニゲルデンスの入れ知恵か」

 突如後ろから聞こえてきた声に、冷や水を浴びせられたような衝撃を受けて、立ちすくんでしまった。ゆっくり振り返ると、眉間に皺を寄せたままの師走と目が合う。
 
「入れ……知恵……」

「自身の研究のために、血を途絶えさせたくなかった眞白は、血で縛る方法を考えた。代々続くよう、教育で概念をねじ伏せた。血の繋がりがいかに価値があるかを語ってな。くだらぬ、国を守るなら血ではなく能力だというのに」

 ヴィオラが師走の方を向いて指を鳴らすと、師走が睨んで返す。どうやら口を慎めと言われたようだ。
 眞白の計画。私達も幼い頃から言われてきたことだ。という言葉。教育。家族こそ絶対で、親に認められることが何よりも価値があって。父からそう言われたわけではない。どちらかといえば、周りの五家の面々から言われてきたことだ。そうして、組織立って教育してきたのだ。昔から自分たちも教育されてきたことを。

「朱己。師走の言い方はどうかと思うけど、教育ってそういうものよ。あんたたち、施された側の責任じゃない。だけど、親子の絆っていうのを信じすぎた末路が、目の前の戦いなのかもしれないわね」

「親子の絆……」

 自分たちの人生で、何が正解なのかなど、もうどうでもいい。それでも、信じていたいものだけは無垢に信じていたかった。
 きっと、弟もそうだったのだと思う。

 弟の鎌が何度か振り下ろされ、父が魂解きの構えをしたのが見えて、思わず息を呑んだ。

「父様……!!」

 やめてくれ、とは言えない。目の前の弟は反逆者であり、父と母を殺そうとしている敵。父もそう思ったから、せめて苦しまないように、一思いに魂解きをしようとしているのだろう。手を握りしめて、目の前の惨劇を見守ることしか出来ない。
 父の左手が、項品を貫いた。はずだった。

「……なんで……」

『……く、う……、壮透、すみ、ませ……』

 父の手は、項品の目の前で母を貫いた。
 母が苦悶の表情を浮かべる中、母の後ろにいる項品はただ目の前で起きた事柄を見つめている。母から止めどなく溢れる血が、みるみる血溜りを作っていく。その場に崩れ落ちる母を抱きかかえる父の顔は青ざめていた。

『法華……!!』

『貴方、に……子殺し……させたく、なかっ……』

 口元を抑えてよろけた私を、師走が無言で肩を掴んで支えてくれた。手が震えて、うまく言葉も紡げない。
 母にとっての家族。父にとっての家族。少しずつ違っていたとしても、きっと似通っていた。ただ、徐々に乖離していって、最終的に父に子殺しをさせたくなかった母と、子殺しを覚悟した父の、相いれぬ想いを想像するだけで、吐き気がする。
 想い合う家族が、報われない。誰も幸せになれないではないか。

「……母様……」

 次の言葉が、出てこない。
 それは弟も同じようで、崩れ落ちた母を見つめながら、呆然と立ち尽くしているのが見える。銀朱が項品をつついても、反応がない。両親に認めてほしかっただけなのだ、彼は。失いたかったわけじゃないのだ。きっと。

『項品。貴方は、大切な子ども……よくここまで強く、……頑張り、ました……ね』

『は、母上……』

 項品の目から大粒の涙が溢れたのを、父も母も私も見つめていた。全てが終わるまで泣かないと決めたばかりなのに、力を入れないと涙が溢れそうになる。

『法華、もう喋るな、保たない』

『そう、ですね。……言い残す、ことなく……ごほっ……貴方と夫婦で、幸せでした。子どもにも恵まれて……幸せ、で』

 父の手の中から零れ落ちるように抜けた母の手は、地面に着く前に灰になった。同時に、微笑んだ母の顔も、灰になって消えた。灰に縋るように這いつくばる項品は、泣き叫ぶように乱れている。

『母上……母上! 母上!! すみません……すみません……僕は、僕は……!』

『項品。もう何も言うな』

 父が項品の肩を掴む。涙でぐしゃぐしゃになった彼の顔は、狡猾さなどどこにもないただの子どもだった。

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