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第二章 朱南国

最優先のための

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「朱己!! 何してるの、早く行って!!」

 カヌレの攻撃を受けると同時に、聞こえた彼女の声で我に返る。

「瑪瑙……!! でも!」

「でもじゃない!! 貴女は長でしょ、貴女は民を守るのが仕事で、責任でしょう!!」

 彼女が叫んでいる。初めて見たかもしれない、彼女がこんなにも感情的な姿を見るのは。震える手で私とカヌレとの間に割って入ってきた彼女は、少しだけ私の方を見て続けた。

「私達が仮に死んだとしても、私達の力量不足は私達の責任よ。貴女の責任じゃない。自分のせいにしないで、私達の責任を奪わないで!!」

「……っ!! 瑪瑙……」

 気がついたときには、葉季に肩を叩かれていた。この場に似つかわしくない、いつものような笑顔で。

「朱己、わしも瑪瑙に同感だ。わしらは十二祭冠、わしらがここは担う。さ、早く行け!」

 何故私は、葉季と対照的な顔をしているのだろう。誇りに思うべきだ、こんな仲間に囲まれたことを。
 なのに。
 葉季も瑪瑙に加勢し、二人が私をカヌレから遠ざけるように突き飛ばした。瑪瑙がカヌレの攻撃を受けながら、必死に叫ぶ。

「貴女を守るのが、私達の役目! 貴女に長の仕事をさせるのは、私達の責務よ……!!」

「朱己!! 民を頼むぞ、長!」

 カヌレが怒りをあらわにして、二人を弾き飛ばす。それぞれ左右の壁に激突した二人になど目もくれず、私のところへ向かってくる。

「ごちゃごちゃと……行かせないわよお!!!」

「させませんわ!!」

 大きな水の鎌。彼女とぶつかり合って、目の前で飛沫が上がる。

「妲音……!!」

「何してるんですの、早くお行きなさい!! 民に犠牲を出したら、覚悟はよろしいですこと? ヴィオラ、師走! 頼みましたわよ!!」

 ヴィオラがため息をつき、私の名を呼ぶ。
 わかっているのだ、私だって。私がすべきこと。
 信じろ、ここにいる皆を。自分の臣下を。
 
「みんな……任せた……っ!!」

 踵を返すと同時に目の前に現れた、私の唯一無二の対。

「朱己、お前を殺すのは俺だからな。勝手に死ぬんじゃねえぞ!!」

 頷いて彼の横を通ると、背中を拳で軽く叩かれた。
 私の、対。
 私を殺すのは、高能だけだ。
 高能も加勢しに駆け出した。私の目の前にはヴィオラと師走がいる。

「高能、皆! ここは、お願い!!」

 振り返らない。
 信じろ。皆を。
 生きて。心のなかで、何度も祈った。

 黒い龍は既に民のところへ辿り着いているかもしれない。一気に国全土へ力を巡らせ、敵の気配を探るとともに、結界を立ち上げる。
 分裂した黒い龍諸共、結界の外に空間を作り上げ、誘い込んだ。
 師走とヴィオラは一緒に来てくれ、師走は曆に国を任せていると言ったものの、ヴィオラがどうなのか気になっていた。朱南と紫西がこの有様だ。戦闘になっていてもおかしくはない。

「ヴィオラは国は大丈夫なの?」

「問題ないわ。特殊なパーツ渡してあるから、全部状況は聴こえてるしね。うちも臣下は優秀よ」

 なるほど。ヴィオラがセンナに触れずとも、彼の耳に届くように仕掛けがしてあるのか。……つまり私もやり方によっては、全土を見渡せる千里眼のような能力を身につけられるのでは? 等と思ってしまったが、今はやめておこう。見えないほうがいいこともあるかもしれない。今は。頭を横に振り、顔を叩いた。

「……ありがとう、二人とも」

「なーに、気にしなくていいのよ。同盟国だしね。ねぇ? ねぇ~」

 ヴィオラが笑いながら師走の方を覗き込む。師走は暫く無言を貫いた後、ため息をついて曆へ連絡を始めた。

「……曆へ告ぐ。現刻を以てテシィは朱南およびストラと同盟を締結。敵国はビライト、マヌン、青東、黒北。各自戦闘配置へ付け。テシィの防護指揮は睦月に一任する」

「師走……!」

 ヴィオラはニヤついているが、師走からはため息が聞こえる。まだ本当は少し揺れている私を見て同盟を迷っていたのだろうか。

「……貴様が先程、カヌレから側近を守り続けていれば、同盟は組まなかった。民の安全確保をしたらカヌレを叩くぞ」

「ええ! ありがとう、師走」

 師走は目を合わせずに静かに構えた。
 黒い龍は渦のように巻き上がりながら、私達のところへ一目散に突っ込んでくる。
 師走が一歩前に出ると、白金色の炎が龍を象った。黒い龍に噛みつき、絡み合うようにして空の上で激しく攻防を繰り広げている。黒い龍は分裂を繰り返し、白金色の龍を包み込んだ。師走は手を何度か握ると、龍の大きさが増幅した。

「貴様は民の安否を確認しろ。先程見当たらなかった貴様の側近、そして兄、その弟が散っているはずだろう」

 私の頭がまだ落ち着いてないのを見兼ねて指示をくれるのは、きっと彼なりの優しさなんだろう。首肯いて彼らに念を送る。

『兄様、光琳、朱公。無事ですか? 返事を。各位の状態を連絡ください』

『こちら光琳。今百夜様と手分けして民を誘導中だよ。朱己、無事で良かった』

『ありがとう、あなた達も無事で良かった。黒い龍が行かないよう結界は張ったけど、保つかわからない。更に結界より安全な空間を作り、民を一時的に避難させてください』

『御意!』

 残るは朱公だ。朱公。返事をして。どこにいる? 無事なのか? はやる気持ちを抑えながら、彼女からの連絡を待つが、一向に返事がない。
 彼女は旧ナルスの範囲なら、簡単に念を飛ばせる。念が届いてないのだとしたら、他国にいるか、既に危機的状況ということになる。顔が曇る私に、師走は事務的に尋ねてきた。

「どうだ」

「側近と連絡がつかない。他二人は民を誘導中」

 私も彼に目を合わせることなく、龍同士の激しい戦いを見つめながら答える。師走は少し考えたあと、横目で私を見た。

「……貴様の側近、確か時雨が造ったモノだったな」

「ええ」

「貴様らの動きが、筒抜けだった可能性が極めて高い。側近が望もうと望まなかろうと、自覚があろうとなかろうと。時雨が漆黒の牙ニゲルデンスの元にいたならば、尚更」

 師走を見上げれば、彼は相変わらず仏頂面だ。

「それなら返事しないのは意図的かもね。もしまだ味方なら、ビライト側に下手に聞かれるよりいいし、もし敵ならもう聞く価値さえないだろうし」

「側近を信じるか信じないかは貴様の勝手だが、民への影響を判断基準にしろ。常に民の生命の安全確保が最優先だ。仮に民へ被害が拡大するようならば殺せ」

 冷たい視線が突き刺さる。そのとおりだ。覚悟など、とうの昔に決めたのだ。

「ええ」

 朱公。
 それでも私は、貴女を。
 最後の最後まで、側近とすることを選んだ。
 どんな理由であれ、どんな思惑があるとしても、最悪の場合の覚悟もしている。

 どんな未来でも、貴女を信じると決めた私が責任を取る。
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