138 / 239
第二章 朱南国
最優先のための
しおりを挟む「朱己!! 何してるの、早く行って!!」
カヌレの攻撃を受けると同時に、聞こえた彼女の声で我に返る。
「瑪瑙……!! でも!」
「でもじゃない!! 貴女は長でしょ、貴女は民を守るのが仕事で、責任でしょう!!」
彼女が叫んでいる。初めて見たかもしれない、彼女がこんなにも感情的な姿を見るのは。震える手で私とカヌレとの間に割って入ってきた彼女は、少しだけ私の方を見て続けた。
「私達が仮に死んだとしても、私達の力量不足は私達の責任よ。貴女の責任じゃない。自分のせいにしないで、私達の責任を奪わないで!!」
「……っ!! 瑪瑙……」
気がついたときには、葉季に肩を叩かれていた。この場に似つかわしくない、いつものような笑顔で。
「朱己、わしも瑪瑙に同感だ。わしらは十二祭冠、わしらがここは担う。さ、早く行け!」
何故私は、葉季と対照的な顔をしているのだろう。誇りに思うべきだ、こんな仲間に囲まれたことを。
なのに。
葉季も瑪瑙に加勢し、二人が私をカヌレから遠ざけるように突き飛ばした。瑪瑙がカヌレの攻撃を受けながら、必死に叫ぶ。
「貴女を守るのが、私達の役目! 貴女に長の仕事をさせるのは、私達の責務よ……!!」
「朱己!! 民を頼むぞ、長!」
カヌレが怒りをあらわにして、二人を弾き飛ばす。それぞれ左右の壁に激突した二人になど目もくれず、私のところへ向かってくる。
「ごちゃごちゃと……行かせないわよお!!!」
「させませんわ!!」
大きな水の鎌。彼女とぶつかり合って、目の前で飛沫が上がる。
「妲音……!!」
「何してるんですの、早くお行きなさい!! 民に犠牲を出したら、覚悟はよろしいですこと? ヴィオラ、師走! 頼みましたわよ!!」
ヴィオラがため息をつき、私の名を呼ぶ。
わかっているのだ、私だって。私がすべきこと。
信じろ、ここにいる皆を。自分の臣下を。
「みんな……任せた……っ!!」
踵を返すと同時に目の前に現れた、私の唯一無二の対。
「朱己、お前を殺すのは俺だからな。勝手に死ぬんじゃねえぞ!!」
頷いて彼の横を通ると、背中を拳で軽く叩かれた。
私の、対。
私を殺すのは、高能だけだ。
高能も加勢しに駆け出した。私の目の前にはヴィオラと師走がいる。
「高能、皆! ここは、お願い!!」
振り返らない。
信じろ。皆を。
生きて。心のなかで、何度も祈った。
黒い龍は既に民のところへ辿り着いているかもしれない。一気に国全土へ力を巡らせ、敵の気配を探るとともに、結界を立ち上げる。
分裂した黒い龍諸共、結界の外に空間を作り上げ、誘い込んだ。
師走とヴィオラは一緒に来てくれ、師走は曆に国を任せていると言ったものの、ヴィオラがどうなのか気になっていた。朱南と紫西がこの有様だ。戦闘になっていてもおかしくはない。
「ヴィオラは国は大丈夫なの?」
「問題ないわ。特殊なパーツ渡してあるから、全部状況は聴こえてるしね。うちも臣下は優秀よ」
なるほど。ヴィオラがセンナに触れずとも、彼の耳に届くように仕掛けがしてあるのか。……つまり私もやり方によっては、全土を見渡せる千里眼のような能力を身につけられるのでは? 等と思ってしまったが、今はやめておこう。見えないほうがいいこともあるかもしれない。今は。頭を横に振り、顔を叩いた。
「……ありがとう、二人とも」
「なーに、気にしなくていいのよ。同盟国だしね。ねぇ? ねぇ~」
ヴィオラが笑いながら師走の方を覗き込む。師走は暫く無言を貫いた後、ため息をついて曆へ連絡を始めた。
「……曆へ告ぐ。現刻を以てテシィは朱南およびストラと同盟を締結。敵国はビライト、マヌン、青東、黒北。各自戦闘配置へ付け。テシィの防護指揮は睦月に一任する」
「師走……!」
ヴィオラはニヤついているが、師走からはため息が聞こえる。まだ本当は少し揺れている私を見て同盟を迷っていたのだろうか。
「……貴様が先程、カヌレから側近を守り続けていれば、同盟は組まなかった。民の安全確保をしたらカヌレを叩くぞ」
「ええ! ありがとう、師走」
師走は目を合わせずに静かに構えた。
黒い龍は渦のように巻き上がりながら、私達のところへ一目散に突っ込んでくる。
師走が一歩前に出ると、白金色の炎が龍を象った。黒い龍に噛みつき、絡み合うようにして空の上で激しく攻防を繰り広げている。黒い龍は分裂を繰り返し、白金色の龍を包み込んだ。師走は手を何度か握ると、龍の大きさが増幅した。
「貴様は民の安否を確認しろ。先程見当たらなかった貴様の側近、そして兄、その弟が散っているはずだろう」
私の頭がまだ落ち着いてないのを見兼ねて指示をくれるのは、きっと彼なりの優しさなんだろう。首肯いて彼らに念を送る。
『兄様、光琳、朱公。無事ですか? 返事を。各位の状態を連絡ください』
『こちら光琳。今百夜様と手分けして民を誘導中だよ。朱己、無事で良かった』
『ありがとう、あなた達も無事で良かった。黒い龍が行かないよう結界は張ったけど、保つかわからない。更に結界より安全な空間を作り、民を一時的に避難させてください』
『御意!』
残るは朱公だ。朱公。返事をして。どこにいる? 無事なのか? はやる気持ちを抑えながら、彼女からの連絡を待つが、一向に返事がない。
彼女は旧ナルスの範囲なら、簡単に念を飛ばせる。念が届いてないのだとしたら、他国にいるか、既に危機的状況ということになる。顔が曇る私に、師走は事務的に尋ねてきた。
「どうだ」
「側近と連絡がつかない。他二人は民を誘導中」
私も彼に目を合わせることなく、龍同士の激しい戦いを見つめながら答える。師走は少し考えたあと、横目で私を見た。
「……貴様の側近、確か時雨が造ったモノだったな」
「ええ」
「貴様らの動きが、筒抜けだった可能性が極めて高い。側近が望もうと望まなかろうと、自覚があろうとなかろうと。時雨が漆黒の牙の元にいたならば、尚更」
師走を見上げれば、彼は相変わらず仏頂面だ。
「それなら返事しないのは意図的かもね。もしまだ味方なら、ビライト側に下手に聞かれるよりいいし、もし敵ならもう聞く価値さえないだろうし」
「側近を信じるか信じないかは貴様の勝手だが、民への影響を判断基準にしろ。常に民の生命の安全確保が最優先だ。仮に民へ被害が拡大するようならば殺せ」
冷たい視線が突き刺さる。そのとおりだ。覚悟など、とうの昔に決めたのだ。
「ええ」
朱公。
それでも私は、貴女を。
最後の最後まで、側近とすることを選んだ。
どんな理由であれ、どんな思惑があるとしても、最悪の場合の覚悟もしている。
どんな未来でも、貴女を信じると決めた私が責任を取る。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
私の運命は高嶺の花【完結】
小夜時雨
恋愛
運命とは滅多に会えない、だからこそ愛おしい。
私の運命の人は、王子様でした。しかも知ったのは、隣国の次期女王様と婚約した、という喜ばしい国としての瞬間。いくら愛と運命の女神様を国教とするアネモネス国でも、一般庶民の私が王子様と運命を紡ぐなどできるだろうか。私の胸は苦しみに悶える。ああ、これぞ初恋の痛みか。
さて、どうなるこうなる?
※悲恋あります。
三度目の正直で多分ハッピーエンドです。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる