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第二章 朱南国
飴玉を頬張る(下)
しおりを挟む「まっ……」
声が思うように出せない。神奈に何をするつもりだ。人質か? 気持ちばかりが焦って、体が思うように動かせない。気が触れそうになるほどの甘い香りは、気を抜けば簡単に意識が飛びそうになる。
「手出ししたら、愛しの白金の灯に嫌われるわよ」
「え? なんでよぉ。この霧使い、別にプラティの特別じゃないでしょ? あたしお腹減ったのよねぇ」
髪の毛を掴み、気を失っている神奈の頬に爪を立てる。爪が滑る先から、血が滴った。ヴィオラが苛つきながら弦を弾くと、カヌレの手が止まった。
「なぁに。ラズリン、あんた本当にそっちの味方な訳ぇ? 増々気に食わないわ」
「さっきから言ってんでしょおが。あたしも、師走もね。次はあんたの頭を潰すわよ」
ヴィオラの一言に、彼女の目の色が変わった。同時に甘い匂いがより濃くなり、意識が保てなくなる。太ももに扇子を突き立てて、意識を強制的に繋いだ。周りを見渡すと、叔父上以外ほとんどの者たちが倒れ、意識がなさそうだった。
「ムカつくから、この霧使い食ってやる」
「あんた、本当悪食」
ヴィオラが弦を弾こうと構えた時、神奈の横から杏奈が飛び出し、カヌレに体当たりした。カヌレは意表を突かれたように目を見開き、神奈の髪の毛を離した。
「杏奈!! やめなさい!! あんたじゃ……!」
ヴィオラが叫ぶのと同時に、カヌレは杏奈の髪の毛を掴む。
「あんた、そういえばさっきも言うこと聞かなかったわよねぇ。ねえ、ちょっとはミーニョのこと話す気になった?」
「誰が。友を……売る真似はしない!」
杏奈の強い視線がカヌレを貫いた。五感支配の彼女の視線は、カヌレには効かないのか気にする素振りもない。
カヌレはあざ笑うように杏奈の胸を貫いた。
杏奈を貫いたカヌレの腕に、ヴィオラが弦を巻きつけ八つ裂きにする。カヌレは余裕そうにヴィオラに視線を移し、四方八方から濁流を生み出した。
ヴィオラの弦が網目状になり、結界となって濁流がわしらの元へ流れ込むのを防ぐ。
カヌレは手に力を込めたようで、杏奈が苦悶の表情を浮かべた。
「ぐっ……う、っ!!」
「杏奈!!」
後ろから高能が叫んでいるのが聞こえる。おそらく気合で繋いだ意識で名を叫んだのだろう。だが、さすがの高能でも体を動かすことは出来ない。かなりの危機的状況で、指一本動かせない自分を呪った。
どうする、どうしたらいい。こんな時、朱己ならどうする。
「ヴィオラ邪魔しないでくれるぅ? 目障りなのよぉ! この子死んでもいいの? ねぇ杏奈、教えてよ、今のミーニョのこと。そしたら生かしてあげるからさぁ」
「……何度も……言わせるな。私は友を、売る真似はしないっ……殺すなら、殺せ!」
叫ぶ杏奈を嘲笑うカヌレは、見るからに弱い者を潰すことを楽しんでいるようだった。
「ほら、早く命乞いしなよぉ! 情けなく跪いてさあ! 対の子も後で殺してあげるからさぁ!」
「誰が……! 高能、神奈、かん、なを!! 頼んだ……っ! 葉季……っ、朱己を……!」
「へえ。つまんなーい」
思い切り杏奈の胸から引き抜かれたそれは、紛れもなくセンナだった。杏奈の体はその場に崩れ落ち、血まみれのセンナがカヌレの手の中にある。
「ちっ」
ヴィオラが舌打ちをして手を止めた。堪らず力を振り絞ってヴィオラの足を掴めば、彼は怒り心頭の目をしていた。
「ラズリン! あんたの能力、今使ってみなさいよぉ! このセンナが砕け散ってもいいならねぇ! この子、ミーニョの特別な子なんでしょお?」
そういうことか。むき出しになったセンナに、直接ヴィオラの攻撃が当たれば、間違いなく砕けそうだ。ましてや、傷だらけで弱ったセンナなど。だからヴィオラは攻撃を止めたのだ。
カヌレは、杏奈と朱己の関係性を知っている。ヴィオラが手出し出来なくなるとわかって、杏奈を。神奈に手を出せば、杏奈が無理してでも起き上がると。杏奈はもう力が僅かしか残っていない。まかり間違っても、カヌレが負ける要素は無い。
「それにしても……絶望に満ちたいい香り。ふふふ、あはははは!! お腹空いたぁ」
カヌレは、見惚れるようにセンナを光に透かす。手を伝い落ちる杏奈の血を舐めとると、恍惚とした表情を浮かべた。
まるで飴玉を頬張るように、センナを口に放り込む。
「やめっ……!!」
わしらの叫びなど、カヌレにとっては更にセンナを美味しくするスパイスにしかならないようで、歪むわしらの顔を見るやいなや、彼女は心底嬉しそうに目を細めた。
暫く舐めた後。
飴玉を噛み砕くように、杏奈のセンナを。
センナを抜かれた杏奈の体が、激しく跳ねた。口の中で暫く咀嚼している間、杏奈の体が小刻みに震えた。カヌレの嚥下と同時に、杏奈の血まみれの体は、灰となった。
気がつけば、わしは必死に名を叫んでいたのだ。
「あ……杏奈……杏奈!! 杏奈……っ」
「……わざとね。カヌレ……目の前で」
「雑魚の割には悪くない味だわ! 次は誰食べようかな? ミーニョの対の子? ね、ラズリン」
狂気の沙汰を前に、わしの気が触れそうだ。朱己。わしらの敵は、狂っている。怒りからか、震える手を必死に握りしめた。こんなに簡単に仲間を目の前で殺されて。お主の、親友を。
守れなかったわしを、お主は責めるだろうか。
カヌレは笑顔で口元に付いた血を指で拭う。ヴィオラに近づくと、ヴィオラの口に人差し指を当てた。
「ラズリン。こんなに楽しいことって中々ないわ! ね、あんたは最後まで殺さないわ! 楽しませてね?」
「残念だけど、外道の相手はあたしの美学に反するのよ」
ヴィオラの声が、直接脳に響く。甘い匂いで飛びそうになっていた意識がはっきりした気がした。そして、ヴィオラが怒っていることも脳に直接伝わってきて、彼から目が離せない。
「なんで怒ってるの? ラズリン。もっと私に集中して? あ、それとも紫西が気になるの?」
「なん……! まさか、あんた……壮透、聞いてたわね!! 早く行きなさい、法華、夏能も!」
ヴィオラの言葉に、恍惚とした笑みを浮かべたカヌレ。対照的なヴィオラの、信じられないものを見る目が全てを物語っていた。
「今頃、楽しいことになってるわよぉ、紫西は」
「本当、そういうところが昔っから大っ嫌い」
「酷い! ラズリン、なんでそんな酷いこと言うの!? 私はただ……」
泣くように顔を両手で覆ったカヌレを、にらみ続けるヴィオラ。嫌な予感がする。なんだ、この底しれぬ恐怖の正体はなんだ。
「ただ……」
嗚咽が聞こえる。泣いているのか?
俄には信じがたい。何を考えている?カヌレは。ヴィオラはただ冷たい視線を彼女に落とし続けた。
「ただ……楽しんでお菓子集めしてるだけだよ? ミーニョのものはぜーんぶ壊して食べちゃいたいのぉ! 絶望に塗れたセンナは最高よぉ」
ぞっとするほどの笑顔で、カヌレはヴィオラのはるか後ろで倒れている叔母上を見つめた。
「あら、美味しそうな女がいるじゃない」
「させないわよ、外道。壮透! 早く行きなさい!」
叔父上は少し重そうに自身の体を引きずりながら、叔母上の体を担ぐと姿を消した。続くように夏能殿も姿を消す。紫西が、どうか無事でと願うことしかできぬ。
ヴィオラの両手に巻き付いている弦は、いつの間にかカヌレを捕らえていた。だが、ヴィオラはいつものような勝った顔をしていないし、カヌレは余裕そうに笑っている。
何がどうなっているのか、わしには理解ができなかった。唯一、カヌレが外道ということを除いては。
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