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第二章 朱南国

急く想い

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ーーー

 テシィでの一日は、本当に中身が濃かった。曆は本当に戦いが好きだ。私の周りに戦いが好きで仕方がない、という人は高能くらいだったため、あまり馴染みがなかったが、意外といるようだ。

「葉季たち……大丈夫かしら」

 窓の外は、一面銀世界だ。テシィでも雪は降るのだと、変なところで感心してしまった。
 元々大して睡眠は必要ないが、センナの封印が解かれてからというもの、本当に睡眠を取らずとも何とかなっている。
 どんどん曆と対戦しながら、この扱いに慣れたほうがいい。早く慣れて、早く帰らなければ。……いや、彼らが無事で居てくれる自信はある。まずは自分の力を最大限……等と考えていると、いつの間にか目の前に不機嫌な顔の彼がいた。

「おい」

「ひっ……師走! いつもどこから現れてるのよ」

 心拍数が跳ね上がるのを必死に抑えながら、師走を少し睨みつけた。少し面倒くさそうに顔を歪める彼は、一度ため息をついてから寝台に腰掛けた。

「気配くらい読め。一々声をかけるのは面倒だ。それより……貴様のセンナを少し読ませろ」

「センナを? またなんで……いいけど、噛んだり口付はやめて。他の方法はないの?」

 盛大に舌打ちで返され、思わず怯んだ。しかし、ここは強い心でいかなければ……と、己を奮い立たせる。
 暫く私を睨みつけた後、彼は諦めたように小さく息を吐き出し、寝台を軽く二回叩いた。

「できぬこともない、早くこちらへ来い」

 言われるがまま、彼の隣に腰掛ける。思えば、少しずつ彼に思っていることを言えるようになってきた気がする。彼が考えていることはまだよくわからないが。
 彼は私の頭を引き寄せると、私の髪の毛を片手で退かし、首に唇で触れてきた。

「っ」

「力を抜け。そのままでいろ」

 結局口で触れるではないか、と悪態が口から零れそうになった。きっと私の意図が伝わらなかったのだろう。抱きしめられたまま、首に唇を当てられた状態で大人しく終わるのを待つ。以前も少し感じたが、彼の匂いはひどく懐かしい。先代の記憶なのだろうが、センナに宿る思い出が呼び起こす、本能的な心地よさなのかもしれない。目を瞑り、終わるのを待った。
 しばらくすると、彼が唇を少しだけ離して呟いた。

「……貴様の伯父、時雨と言ったな」

「ええ」

「わかっていたが、やはり眞白……いや、玄冬、漆黒の牙ニゲルデンスのもとにいるな。奴の能力の一部がなければ、貴様のセンナを暴走させることはできん。封印されていたとしても、まかり間違っても貴様は朱色の雫ミニオスティーラだ」

 予想はついていた。ビライトと聞いた時点で。伯父上の研究結果と言うには、出来すぎていると思っていた。

漆黒の牙ニゲルデンスが持つ特殊能力は、自分のセンナの分裂、そして増殖、移植。時雨に自分の能力の一部を渡したと考えるのが妥当だな……気になることもあるが」

 私を抱きしめる腕に力が籠もった気がした。気がしただけで、すぐに離されたため、彼の真意はわからないし私の勘違いかもしれない。

「暴走させる力があるということ? それとも……伯父上の力……研究結果と、玄冬の力が相性がよかったとか? それで、相乗効果になって……」

「……今は、そう考えるのが妥当だな。センナの暴走は簡単には出来ん。反対の属性をぶつけるとか、その程度で暴走させられるものではない。ましてや、まかり間違っても五珠のセンナ相手に」

 師走は淡々と五珠のセンナのことを説明してくれた。また自分の知識不足で、伯父上の紙束を信じ、惑わされていたのか、私は。いや、伯父上の紙束は、当時伯父上が見つけた正しい情報だったのかもしれない。でも、それだけではないと伯父上は気づき、眞白ーー玄冬の力を借りたということか。わからない。伯父上は、いつ知った? ビライトにいる玄冬が、眞白だと。
 いや、眞白だと知っているのか? 父様は、伯父上が知っていて眞白の分裂したセンナを取りに来たと言っていたが、それは本当か?
 気がつけば、隣りにいる師走の腕を強く掴んでいた。

「師走、お願い。私に五珠のことをもっと教えて。知識が足りないの、これでは太刀打ち出来ない。貴方とヴィオラに、またおんぶにだっこになってしまうわ」

「……貴様が我が物になるなら、教えてやってもいいが?」

 顔をしかめていると、短くため息をついた彼は私の腕を払って立ち上がり、部屋をあとにした。
 暫く一人で考えていると、何やら胸騒ぎがする。そして、胸騒ぎが現実と知るまでに、そう時間はかからなかった。
 私の部屋の扉が乱暴に叩かれ、少し焦ったように睦月が入ってくる。

「朱己! 朱南及び紫西が襲われました。現在安否は不明です」

「なん……誰からかはわかる?」

「わかりません、ただ酷く甘い匂いが漂っているとの情報有り」

 宣戦布告を受けたのだから、当たり前といえば当たり前だ。呑気にしている場合ではないのだ。
 私は部屋から飛び出すと、少し前に出ていった師走を追いかけた。尤も、彼の部屋は隣の部屋だが。

「師走!!」

「なんだ、騒々しい」

 鬱陶しいと言わんばかりの顔で睨まれる。そもそも、彼は弱い者には興味がない人だ。私が今焦っている理由も知った上で、この顔をしているに違いない。
 それでも。勢いよく頭を下げて、服を握りしめた。

「私ができることならする。だから私にセンナの本当の扱いを教えて!! お願いします、時間がないの。嫌な予感がする」

 無言でいる師走は、今何を考えているのだろう。
 きっと、弱い奴は野垂れ死ねと言っていたとおり、助ける気などないのだろう。彼は、眞白ーー玄冬殲滅という目的が達成できればいいのだろう。
 頭を下げたまま、唇を噛み締めた。

「師走、朱南にいる皆も、紫西の皆も、国は変わったとしても私にとって大切な民であり、臣下なの。危機的状況を見て見ぬ振りをするなんて、心に反することはできないわ」

「……貴様が死なずに生き残れる保証はないが、それでもいいな」

 彼の言葉に、反射的に顔だけ上げた。相変わらず仏頂面だが、視線はしっかり交わった。

「……! ええ、お願い! 先代とも約束したの。朱色の雫ミニオスティーラを扱えるようになると。貴方の力が、私には必要なの」

「ならば、ついてこい」

 そして、彼に導かれるまま空間へと入っていった。
 私には時間がない。もう、誰も失いたくないのだ。

「皆、どうか無事で……」

 センナを扱いきれない私は、役に立たない。早く、強くならなければ。早く。早く戻って、この不安を払拭したい。早く。力をつけない限り、私の不安は払拭されないと、強く感じていた。
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