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第二章 朱南国
結ばれる信頼
しおりを挟むそれまで真一文字に結び続けていた口を開いたのは、彼だった。
「まて! 香卦良、朱己は……必ず、復活できるのだな?」
葉季が不安そうな顔をしながら立ち上がる。見渡せば、師走とヴィオラ以外不安気な顔をしていた。
「……葉季」
香卦良は顔を曇らせながら、葉季を見つめた。対照的に少しばかり苛つきを見せるヴィオラを、師走が牽制した。
「ヴィオラ。急くな。……貴様等に一つ判断材料を与えてやる。眞白……漆黒の牙は、センナの分裂後、長きに渡る潜伏期間を経てそれぞれのセンナが強さを増している。再び一つに戻った時どうなるか……想像に難くない」
師走から制されたのが予想外だったのか、一瞬瞠目したヴィオラは、何か言いたそうに口を開きかけて、一旦閉じた。暫く考えた後、再び口を開いた。
「五珠は元々力量差はなかったと言われているけど、今はあからさまに差があるわ。あたしたちだって、一人で完全体の眞白に勝てるかと言われれば……まず無理。そこに黄金の果が加わるなんて、かなり分が悪いわ。封印が解かれた朱色の雫がいれば、勝算は跳ね上がるけど」
師走は肯定も否定もしなかったが、私の方へ向けてきた刺さるような視線とは裏腹に、柔らかい口調で問いかけてきた。
「今この場で、封印の解除の是非を選ぶ権利があるのは、朱己のみ。朱己、貴様次第だ。貴様はどうする。あの深層心理で、貴様は何を見、何を得た」
真っ直ぐ私を射抜く彼の目は、相変わらず深紅に輝いていた。
あの深層心理で。私は、何を見た。勿論覚えている。答えはもう決まっているのだ。自分の本音にやっと気づいたのだから。
師走から目を逸らして、皆の方を向く。一様に暗い面持ちで、しかしもう皆答えなどわかっている、という空気があった。あえて言葉にするのは、何のためか。
全ては、私の心のためにほかならないのだ。
「……皆、聞いてほしい。私は、皆を本気で信じていなかったと思う。どこかで、裏切られたときに傷つかないように、失ったときに自分を責められるように、皆を信じないようにしていた。ごめん」
言い終わってから一度頭を下げた。
それでも、貫くと決めた想いが、今はある。
伝えるなら、今しかない。
「私は、強くなる。皆を守るためじゃない、私自身のために。だけど、私一人じゃ民は守りきれない。皆にも戦ってもらわなきゃいけないけど、皆のことを失いたくない。だから……皆と一緒に強くなりたい。皆と、実力の信頼で結ばれたい。私はセンナの封印を解いて、必ず扱えるようになる。私は必ず強くなるから、一緒に強くなってほしい」
弱さをさらけ出すことが、こんなに心拍数の上がるものだったなんて。自分の本音を吐き出すことが、こんなに勇気がいることだったなんて。いや、知っていたからこそ逃げていた。だけどもう逃げない。
不思議と肩の荷が下りたような感覚が降ってきたと同時に、隣にいる葉季が深く息を吐き出す。
「信頼されていなかった、というのは……正直応えるのう。……しかし、お主の本音を聴けてよかった。正直に話すのは、お主も辛かったろう、朱己」
「葉季……ええ、でも本音を受け止めてもらえるって、信頼関係があるって自信があったから言えたの。それも皆のおかげ。お礼を言うのは私の方よ」
真っ直ぐ見つめ合って感じる胸の高鳴りは、恋人としてではなく、今この瞬間に作り上げている、仲間としての信頼から来るものだろう。
葉季の隣で、高能が葉季の肩を叩いた。
「ったく! 本当に仕方ねえやつだぜ朱己はよ! 葉季、俺らも負けてられねーな」
「ああ、高能。ヴィオラに扱かれねばなるまい」
他のみんなも、一様に頷いていた。重荷に思っていたものは不思議と消え去り、皆となら乗り越えられる、強くなれるという自信だけが残った。やっと、同じ方向を向けた気がしたのだ。
私の中のわだかまりがなくなったことがわかったのか、ヴィオラはあからさまににやけている。
「あら、やっといい感じの音になったわね、朱己のセンナ。ねえ、師走……あ、噛まなきゃわからないかしら? んふふっ残念ねぇ」
「ふん……噛まずとも予想がつく。香卦良、もういいだろう」
師走から名を呼ばれた香卦良は、音もなく立ち上がると、私の方へ向かってきた。同時に、父が他の皆を離れた場所へ移動させる。
「朱己。すまない、辛い思いをさせる」
「大丈夫、覚悟はできてるわ」
そうだ、覚悟を決めろ。私。
守るための力を手に入れるために。
香卦良が私のセンナに触れた瞬間、空間が激しく揺れた。
瞬時に私達のところへ来た師走は、防御の膜を張ると舌打ちしながら一点を睨んでいた。皆の方を確認すると、父が皆を守っている。
「……思っていたより早いな、ヴィオラ相手しろ。朱色の雫の解除が先だ」
「相変わらず扱い雑なんだから! 香卦良、解除急いで!」
首肯く香卦良は、私のセンナを握りしめる。不思議な力の流れが、私のセンナを包み込んでいく。ぐにゃりと歪む違和感に、思わず顔が歪んだ。
「解除を許可する」
甲高い耳鳴りと共に、体がきしみ始める。引きつる痛みというよりも、酷く強い重力を浴びて骨が砕けていくような、抗いようのない激痛が駆け抜けていく。
「……ぐ……っ」
目の前で閃光が弾けたが、自分から出たものなのか、戦っているヴィオラの能力なのかは、もうわからなかった。
「朱色の雫。貴様の覚悟を見せろ。そして、思い出せ」
師走が囁いた言葉を最後に、声にならない叫びを上げた。赤く染まる視界が、私に死を告げているようで、酷く恐ろしかった。
ーーー
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