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第二章 朱南国

ヴィーの密命

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「……紺碧の弦ラズリナーブスと、白金の灯プラティニルクス……」

 なんて綺麗な名前だろう。呆気にとられる自分を律しながら、頭の整理をする。類稀なるセンナである五珠のうち、三つが同じ空間にいることが、とても特異であることは想像に難くない。

「というわけで、香卦良。朱己の封印を解いて頂戴。ポンコツが勝てる相手じゃないわよ、指名手配犯は」

「無駄死にさせたくなければ、封印を解け、香卦良」

 二人から詰め寄られているのに、香卦良はうんともすんとも言わない。微笑むことも、眉をひそめることもなく、ただ黙って一点を見つめていた。

「……壮透。いいな」

「ああ。我々にできることは、もうない」

 眉を一瞬だけひそめて、父ははっきりと口にした。
 私の隣で葉季が酷く顔を歪めていた。

「叔父上……! 香卦良、封印を解いたら……朱己はどうなる? 体が無くなっては、輪廻に回収されてしまうのではないか?」

 彼の声は少し揺れていた。嫌な予感がするのを、必死に抑えるように。

「……朱己の体は保たないかもしれん、が」

 痺れを切らしたように、机を叩きながらヴィオラが荒々しく被せてきた。

「保つわけないでしょおが! いいのよ、体なんて何回滅んでもどうせ復活できるんだから。今の朱己の体が保つわけないのよ、人寄りの体が」

「……人寄りの体? ……師走は人種が違うからわかるけど、ヴィオラも人寄りでしょ?」

 首を傾げると同時に、ヴィオラからの鉄拳が飛んできた。

「バカ! 本当ポンコツ! 人寄りに見せてるだけよ、ばーっかね!」

 痛い。かなり痛い。遠慮がないとはこのことか、と思ってしまうほど痛い。少し涙目になりつつもヴィオラを見上げれば、心底呆れたような顔がさらに色濃くなっていた。

「あたしや師走は人じゃない。そもそも人が五珠を持って生まれてくるなんて方が稀。生きていられるのが稀。いい? あんたも眞白も稀なのよ。まあ眞白は人じゃなくなるために死んだのかもしれないけどね。この宇宙界には、人と天、そして獣がいんのよ」

 私が首肯くのを待ってから、ヴィオラはまた口を開いた。

「人ってのはなんの能力もなく、寿命も短い。あんたたちのとこの民は人。あんたたちは人間て呼んでるけどね。天はあんたたちみたいに能力がある奴ら。ここにいるのは皆天。そして、獣。能力の有無は関係なく、人じゃない姿形をした全ては獣。なんだけど、長いときの中で人寄りの天、獣寄りの天ってのも生まれてきたの。あんたたちは人寄りの天。あたしは生粋の天。師走は獣寄りの天。わかった? だからあんたたちは弱いのよ。体も力もね」

 感心したように何度も頷けば、ヴィオラはまた深いため息をつき、私の父を睨みつけた。

「ちょっと壮透! あんた本当になんっっにも教えてないわけ!? バカなの!?」

「教えてない。特段困らない」

「困ってんのよ! 今! 話が通じなくて! あたしが!!」

 ああもう! と言いながら頭を掻きむしるヴィオラは、大層怒っているように見えた。相反するように父はずっと澄ました顔をしている。

 そして、ヴィオラを宥めるように香卦良が重い口を開いた。

「すまないヴィオラ、説明かたじけない。葉季、朱己は肉体が朽ちても輪廻へは組み込まれない。輪廻に回収されるのは、条件がある。……と、話がそれるな、先に本題を話す。ビライトでついに眞白の復活を確認した。名を玄冬げんとうと言うらしい。さっきヴィオラが言ったとおり、眞白はセンナ自体を強靭にするために、あえて体を一度滅ぼし、時間をかけてセンナを育て上げてきたんだ。はるか昔、眞白が簡単に死んだのはそれが狙いだったんだろう。もとより人だった眞白は、輪廻の中で人以外の体を手に入れることも狙った」

 香卦良の言葉に目を見開いたのは私だけじゃない。

「ふ、復活……香卦良の施した封印が解けたの?」

 香卦良は首を横に振ることも、首肯くこともしなかった。代わりに口を開いたのは紅蓮様だった。

「恐らく、封印のままだ。朱己のセンナと同じ状況だろう。だが、さらに問題がある。我々が回収できていない眞白のセンナが、眞白の元へある可能性が高い」

「……我々が持っているセンナも、回収にくる可能性が高いですね」

 私の言葉に、父が反応した。

「一回取りに来て回収に失敗しているからな、兄上が」

「……!! 時雨伯父上ですか!? 父様は、伯父上のあの強襲の目的が……センナの回収ということを、ご存知だったんですね」

「ああ、朱己、お前の回収とともに、と考えたほうが自然だからな。……いや、推測も入っているが」

 事実と推測が、数珠のように繋がっていく。
 時雨伯父上は、眞白ーー今の玄冬の元で、眞白の完全なる復活を目論んでいるのだ。
 なんのために?
 封印を解くために私を使う予定なのかもしれない。いや、伯父上の目的は、もっと深いところにあるのかもしれない。
 どんどん早くなる鼓動を感じながら深呼吸した。それと同時に、香卦良が再び口を開く。

「眞白の完全復活は防がねばならない。今度こそ世界が、この宇宙界が滅ぶ。五珠でなければ止められない。ヴィーからの密命でもある、必ず我々で止める……いや、頼む。と言うべきだな」 

「そうね。あたしたちもヴィーから頼まれてるわ。国際指名手配犯の抹殺、及び事後処理を」

 頭の後ろで手を組みながら、目を瞑っているヴィオラは、腕を上へ押し上げながらあくびをし始めた。
 対照的に微動だにしない師走へ視線を移す。

「師走も?」

「無論。我は一人でも遂行する、ヴィーの長からの密命だ。元々貴様等が取り逃がしたことが原因とはいえ、五珠の一人であるならば頷ける。貴様等如きでは皆殺しになるだけだ」

 こんなに腹立たしくなることを言われているのに、誰も何も師走に言い返せないのは、言わずもがなということなのだろう。
 師走はあえてなのか、更に言葉を重ねる。

「ナルスという国を作った初代長、類稀なる力という傘に守られてきたナルス、同じくして守られてきた十二祭冠。貴様等の力ではない。貴様等が力をつけぬ以上、どこで志半ばのまま野垂れ死のうと、助けはせん。勝手に死ね」

「……今の発言は必ず撤回させるわ」

 思っていた以上に、強い口調で啖呵を切ってしまった。だが、相変わらず師走は気にしていないようで、香卦良の方へ視線を向けた。

「口だけは達者になったようだな。……香卦良。そろそろ封印を解け、今話すべきことは話した」

 香卦良は重く頷いた。少しだけ瞳に影がさしているように見えた。

「皆、封印を解除するときには必ず防御しろ。いいな」

 香卦良が、私の前まで足を進める。
 一歩一歩、ゆっくりと。

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