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第二章 朱南国

ギミック

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ーーー

 朱己が出て行って、二日が経った。

 頭を揺さぶる様な音波の攻撃は、気が触れそうになる。
 風で波長を歪める方法を模索している間に、背後から思い切り叩きつけられた。

「だっ」

「ちょっとぉ!! あんたたち、本当にやる気あんのぉ? そんなんじゃ半月どころか、一年経ってもあたしから一本も取れないわよぉ!!」

 ヴィオラは心底つまらなそうに椅子に座ったままメガホンを取っている。どうやら、拡声器というものらしい。ただでさえ大きいヴィオラの声が、かなりのボリュームで直接脳に届く。

「う、うるさい……頭に響く……。むしろ、やる気しかないとだけ言っておこう」

「そうですわね……力量なんて雀の涙程もありませんわね……」

 わしの横で立ち上がる妲音も、既に傷だらけだ。わしらの他、高能と瑪瑙も一緒に指導を受けているが、同じく傷だらけで見れたものではない。
 ヴィオラは首を回しながら、退屈そうにしていた。そして彼の口から紡がれる唐突な問に、首を傾げることになる。

「あんたたち、自分のセンナの強みってわかってる?」

「強み?」

 属性の話か?
 と返そうとして、言葉を飲み込んだ。そうではないと。
 センナの強み? なんだそれは。
 わからぬのはわしだけか? と思い辺りを見渡せば、皆一様に答えを持ち合わせていない、という顔をしていた。それを見たヴィオラは、また盛大にため息を吐き、肩をすくめた。

「属性に縛られ過ぎなのよ。例えば属性が炎の一強だったとして、センナが本当に水に弱いとか、移動速度が遅いとか、そんなことあると思ってんの?」

「……は?」

 ヴィオラはまだ理解しきれないわしらに、呆れるわね! と言いながら腰を上げて近づいてきた。

「朱己が前に暴走したわね。あれは本当に水をセンナにかけられたから、だと思ってんの? って聞いてんのよ」

「……そうではないのか?」

 わしらの反応に、肩をすくめながら呆れ顔を見せる彼は、半ば諦めているようにも見えた。

「はあ、そういうことね。んなわけないでしょおが。ギミックがあんのよ。あんたたち、本当に呆れるくらい情報操作されまくってるわね」

「ぎ、ぎみっく……?」

 毎度のことだが、ヴィオラと話してると、知らない単語が次から次へと出てくる。今日もついて行けていないわしらを見て、可笑しそうに笑っていた。そして彼は、稽古場の扉へ視線を移した。

「仕掛けよ」

「仕掛け……」

「そ。まああたしが教えて上げてもいいけど……もう起きてるんでしょ? 香卦良」

 その言葉に心底驚いて振り返れば、稽古場の扉が音もなくゆっくり開いた。

「久しぶりだな、ヴィオラ」

「香卦良……! お主、いつ起きて……!」

「本当、そういう所が憎めないのよね……香卦良。あたしから聞くんじゃ、この子たちの腹の虫がおさまらないでしょうから、香卦良から話したほうがいいわよ」

「葉季、すまない。……そうだな、私から話す」

 そして、香卦良はゆっくり口を開いた。

ーーー

 朝一から始まった稽古は、稽古なんてものじゃなかった。

「うぐっ」

「ほらほらどうしたんだい! 手も足も出ないじゃないか!」

 文字通り、なぶり殺しだ。
 霜月と呼ばれたこの女は心底楽しそうに、愉悦すら垣間見せて、私を嬲っている。

「はあ……っ、は、……くっ」

 息をする間さえ与えない攻撃。
 息をすれば即死する毒の霧。
 一瞬だけ、毒の霧から空気を守って息をしても、何も休まらない。

 私の命の危機が、センナ解除の鍵。
 それなら一層のこと、反撃せず倒れるまで攻撃を食らうのも有りか、と錯覚する。そんなことをすれば、倒れるどころではなく死ぬだろうが。

「考え事なんて余裕じゃないか!」

 激しく撃ち込んでくる槍を、避けることしかできない。
 避けてばかりじゃ居られない、どうすればいい。
 相手に攻撃を与えたくても隙がない。
 掻い潜って行く先は地獄だ。
 避けても何をしても、安心できない。
 避けた先の地面から、霜月が現れ頭を壁に叩きつけられた。

「がはっ」

「おいおい、そんなんじゃ死んじゃうよ? 朱色の雫ミニオスティーラ。本気を出しな」

 ーー本気。

 本気ってなんだ。
 深呼吸すれば、毒が肺を蝕んでいく。
 体中に毒が巡れば、結局は死ぬのだ。

 所詮はこの程度なのだ。私は、この程度だ。
 銀朱ぎんしゅとの戦いのときにも思った。だけど、それがどうした。
 そうだ、私は私で。
 私は、朱色の雫ミニオスティーラだかなんだかと呼ばれているが、そんなもの。
 
「……ったこっちゃ、ない」

「あん? なんだい」

 私の頭を押さえつけたままの霜月の腕を掴み、足を巻きつけるとそのまま霜月を押し倒した。
 簡易的に作った空間の中へ、そのまま引きずり込む。

「あんた、何する気……!」

 次の瞬間、けたたましい音とともに空間の中で大爆発が起きた。爆発に耐えかねた空間は破裂し、私と霜月が弾き飛ばされる。

 爆発で少し怪我を負った霜月が、私を睨んでいた。

「小賢しい真似をするねえ」

「……少しは、一矢報いることができたかしら」

 辺りに充満している毒の霧の粒子を、一斉に乾燥させて粉へ変える。粉を空間の中へ回収して、粉塵爆発を起こしたのだ。

 とはいえ、同じ手は使えない。それ以上に私には力が残っていない。辛うじて立っているだけの、情けない状態だ。

「次は、絶対……倒、す」

 薄れゆく意識の中で、彼女へ啖呵を切った。
 最後、誰かに受け止めてもらったような気がしたが、誰なのかはわからなかった。

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