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第二章 朱南国

敷居を跨ぐ

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ーーー

「がはっ……ぐっ!!」

 ーー炎が私の身を焼く。避けられない。
 まとわりつくように、業火が巻き上がる。私の炎などたかが知れていると言わんばかりに、どす黒く燃える炎は、まるで恨み辛みを具現化したかのような、心身ともに逃げ場のない炎だった。

「うっ……ぐ、うぅっ」

 このままでは、燃えてしまう。
 抵抗すればするほど、私の炎は負けていく。

 熱い。痛い。爆ぜるような皮膚の痛みは、何度経験しようと慣れるものではない。

 ーー抵抗しなければ、楽になれるのか。

 馬鹿な考えだ。抵抗しなければ死ぬ。
 私はここで終わるわけにはいかない。死ぬわけにはいかない。

 ーー落ち着け。冷静になれ。ここは空間だ。必ず終わりがある。
 空間は、ある一定の広さに区切ったもの。ここも、師走が作り出した空間にすぎない。空間全体に、私の炎を張り巡らせてみたらどうなる?

「根比べ、か」

 体が燃えていく中で、笑うことになるとは思わなかった。不思議と、まだ死なないという自信がある。勿論、今気を抜けば呆気なく死ぬはずだが。
 大きく深呼吸して、師走の炎を押し返すように炎を練り上げていく。それでも私の炎が押されていることに変わりはないが、何もしないで死ぬよりはましだ。
 

「くっ……うあぁあ!!」

 師走の炎は、まるで溶岩のようだ。押し返しても流れ込んでくる。息をする間も与えずに、隙から流れ込んできては私を飲み込んでいこうとする。

 ーーこれじゃ、私のセンナが先に空っぽになる!!

 何か方法はないのか。この地獄から脱却するための方法は。
 息ができないことよりも、体中が燃やされて耐え難い苦痛を味わっていることよりも。今私が手も足も出せないのが、心底悔しい。

「……私の、センナ……」

 自分の体を必死に治しながら、治したそばから焼かれていく体は、さながら永遠の苦しみを味わっているようだ。
 闇の右手で炎に触れても、消えない師走の炎。無効化できない炎。確実に死を運んでくる、炎。

「死ねない……」

 ーー所詮、その程度か。

 きっとここで倒れたら、きっとここで死んだら。
 皆は、私の報復合戦を持ちかけるかもしれない。そして朱南は木っ端微塵になるだろう。文字通り、朱南は滅ぶ。
 民を、二度と犠牲にしないと誓ったんだ。
 私が長だからじゃない。私が、失うのが嫌だからだ。
 私が決めた、私の意思だ。

 これが、私の本音。

 ーー私の、センナ。私の願いのために、力を貸して。

 私の国を、民を、大切な人たちを守れる力を。私の望みは、紛うことなく。

「生きる……!!!!」

 そして、私は炎に飲み込まれ、抵抗する中で意識を失った。


ーーー


「……う、ん」

 見知らぬ天井。
 ーーここ、どこなんだろう?
 体は痛くない。最後の記憶が業火の中だっただけに、体が無傷であることを自覚した瞬間、急いで体を起こした。

「目覚めたか。随分と長く寝ていたな」

「し、師走……ここは……」

 寝台の隣で椅子に腰掛けながら、書物を読む師走は、なんてことはないと言わんばかりに、私を一瞥して書物へ視線を戻した。

「貴様は自力であの空間を破壊した。故に国を跨がせた。ここは客人の部屋だ」

「……! どうやって……」

「そんなこともわからず寝ていたのか」

 ……記憶は、業火に包まれたところで途切れている。
 ーー生きる!!!!
 叫んだあとの記憶がない。
 傷はすべて治っている。
 違和感なく動く体を、不思議な感覚で見回した。
 師走は書物を近くの小さな机に置くと、音もなく立ち上がりこちらを一瞥した。

「来い」

「え、はいっ」

 転がり落ちるように寝台から降り、師走の後を着いていく。
 長い廊下を抜けると、美しい全面硝子張りの部屋に着いた。硝子の向こうには晴天が広がり、また硝子にも反射し、まるで空の上に居るようだ。

「貴様のセンナは、死が近づくと限定的に解除され、また封印されるようだな。つくづく不可解だ」

「……それは、誰かが故意的にそう仕掛けたということなのかしら」

 誰が、なんの為に?
 できるとすれば父様か、白蓮伯父上だと思うが、ここまで私のセンナに細工できるのならば、最早人工的なセンナの研究など、完成しているのではないか。

 ーーいや待て、人工的なセンナ?
 まさか、時雨伯父上だとでも言うのだろうか。私のセンナに細工した人は。
 頭の中を駆け巡る想像が多すぎて、思考の許容量を超え始めている。
 私が悶々と考えていると、目の前の彼は構うことなく手を軽く振った。彼の手が目の端に写り、彼の方へ視線を移す。

「貴様の先程の映像を見せてやる」

「映像?」

 彼の背後の硝子張りの壁に、映し出された映像。火だるまになって藻掻く私が、崩れ落ちる瞬間だった。

 張り裂けるような、耳をつんざく甲高い音と共に、私から四方八方に広がる光の筋。
 光は師走へ到達し、そのまま空間をも破壊した。
 師走の目の前に現れた、見えない壁に激突した無数の光の筋は、打ち上げ花火のように激しく炸裂した。

 やがて、煙が晴れると。映像の中の私は、師走の腕の中に抱えられた状態で気を失っていた。

「これが一部始終だ。貴様のセンナの封印を一時的に解除し、貴様のセンナは我を狙った。だが、扱いを知らぬ力は霧散する故に、我に傷を負わせる程の力にはならなかった」

「……」

 信じられない。
 私のセンナが、封印されていることも。私の記憶がないところで、力を発揮していることも。
 突きつけられる現実は、酷く夢物語のようだった。
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