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第二章 朱南国
修行の始まり
しおりを挟む葉季は私より先に目が覚めていたようだが、布団から出ずに、私が目を覚ますのを待ってくれていた。
「おはよう、朱己。よく眠れたか?」
「おはよ、大分眠れたわ。ありがとう」
葉季の隣でしっかり熟睡し、心身ともにかなり整ったことを自覚した私は、我ながら単純だなと笑ってしまった。
いつものように朝の支度を整えて、会議室へ向かった。今日からしばらく朱南をあけることになる。
既に会議室にはみんなが揃っていて、少しばかり緊張した雰囲気があった。
「朱己、西は気性の荒い者が多いと聞く。本当に気をつけてくれ」
「ありがとう、杏奈。大丈夫、ちゃんと同盟結んでもらえるように努めて来るわ」
杏奈は心底心配そうにこちらを見つめている。
私も顔は笑っているものの、心の中が穏やかかと言えば、そうではない。
ーー私も不安なんだな。
自分のセンナを扱えていないことを自覚した。
自覚しただけで、どうしたらいいのかはまだわからない。
私に、私のこのセンナを扱えるだけの能力があるのかも、まだわからない。
考えれば考えるほど嵌っていく思考を、無理矢理止めて、皆の方を見た。
「私がいない間、引き続き葉季に代行は任せます。でも、何か異常事態があれば、すぐに連絡して。すぐに戻ってくる」
「御意。して、どのくらい国をあける?」
葉季が真面目な顔をして問う。それもそのはず。不在代行の責任は重い。
そして、私が答えようと口を開いた瞬間、聞こえるはずのない声が、割って入ってきた。
「一月。朱己は半月と言ったが、半月で終われるかは朱己次第だ」
「師走!! どこから入って……」
扉に背を預けて、腕を組みながら、顔だけこちらに向けている。
「あの程度の結界で、守っているつもりか? 笑わせるな。貴様らは、あの大国ナルスの十二祭冠だったんだろう。所詮、国の肩書に守られていただけで、その程度ということか。朱己、貴様がセンナを扱えぬのも頷ける」
顔色も変えず、声音も変えずに彼は吐き捨てるように言った。
完全に殺気が空間を満たしている。
ここにいる全員が、彼に敵意と殺気を向けているのがわかる。
「我が用があるのは朱己のみ。貴様らに用はない。朱己、早くしろ」
視線だけこちらに向けて、心底面倒くさそうにしている。
ーーこの言葉選び、わざとね。
流石に耐えかねて言い返そうと立ち上がった時、重ねるように私の片割れが口を開いた。
「師走、とおっしゃいましたわね。私は朱己の双子の姉、妲音と申しますわ。確かに、私達はあなたの足元にも及びませんわね」
いつもなら、騒ぎ立てるだあろう姉は、至極冷静に、しかし湧き上がる怒りを隠すこともなく、静かに言葉を紡いでいく。
「ですが、私達の長である朱己まで間接的に侮辱する発言は、撤回なさってくださいますこと? 私達の力量と、朱己については関係ありませんわ」
「貴様らが弱いから、朱己が本気を出せぬのだろう」
駄目だと思いつつも、気がつけば言葉は勢いよく口から飛び出していた。
「違う!」
皆の視線が集まる。
ーー我慢しなきゃいけないのに。いや、我慢してられるものですか。
「師走。私の力量不足を、皆のせいにしないで。私がセンナを扱えるようになったら、前言撤回してください」
「扱えるようになれば、考えてやる。価値がないと思えば履いて捨てる。馴れ合いなどいらん」
思っていたより言葉は冷静に言えた、と我が事ながら内心驚いていた。
師走はこちらを一瞥すると、さっさと来いと残して姿を消した。
「……本当に行くのか、お前」
「朱己……私はあの人は嫌い」
高能と瑪瑙は、複雑な思いが混ざりあった顔をしていた。
深呼吸して、できるだけ心を落ち着かせて。
「行く。国を守るための、力をつけないとね」
私自身のためにも。
狙われる身であるなら、皆を巻き込んで失うのは嫌だ。自分の身も、国も、皆を守れるようになりたい。
でも、まだ納得してなさそうな顔をする皆に、一言付け足した。
「でも、本音を言えば……不安はある。あるけど、この不安は、自分自身のセンナを知らないことには解消されないと思う。彼の力が、今の私には必要だと確信してるから……必ず、一片だけでも掴んで帰ってくるから、信じて待っていてほしいの」
私が今どんな顔をしているのか、鏡があるなら見てみたい。きっと言っていることと、全く似つかわしくない顔をしていることだろう。
そして私の言葉を、彼が明るい声音で、肯定してくれた。まるで、私の背中を押すように。
「良いではないか、わしらも踏ん張らねばなるまいて。力量不足は、わしらの課題でもあろう。師走に侵入されたにも関わらず、誰も気付けなかったのは事実故な」
葉季の言葉に皆黙り込んだ。
たった今、目の当たりにした事実を言われては、ぐうの音も出ないということだろう。
「そうですわね、葉季のおっしゃるとおりですわ。朱己、いってらっしゃいませ。必ず、生きて帰ってきてくれなくては嫌ですわよ?」
「ええ、ありがとう。行ってきます。じゃあ、あとはお願いします」
葉季を見れば、いつものように自信に満ち溢れた笑顔で頷いてくれた。
皆を見渡せば、様々な顔色を湛えながらも行ってこい、と言ってくれた。
肯いて会議室を出れば、先程と同じように壁に背中を預けたまま、腕組みしている師走が待っていた。
「遅い。我を待たせるとは、国ごと消されたいのか?」
「ごめんなさい。でも国は消させないわ」
暫く睨み合った後、師走が腕を掴んできた。
「乗れ。貴様はまだ移動が遅すぎる。時間の無駄だ」
「わっ……」
相変わらず強引に抱えられ、また驚異的な速さで移動し、気がつけばテシィに着いていた。
「貴様はまだ国は跨がせん。この空間から出れるようになるまではな」
「……ここは」
いつの間にか、師走が作ったであろう空間にいた。この前と違うのは、師走がいることだ。
「ここで、貴様にセンナの扱い方をわからせてやる。扱えぬようなら死ぬことになると心得よ」
「ええ。よろしくおねがいします」
ーー私のセンナ。朱色の雫。
このセンナなどんな秘密があるのか、それを父様達がどうして隠したかったのか。
私自身が、理解しなければ。
構えると同時に、師走が姿を消した。
ーー始まる。
それは、経験したことのない悪寒だった。
時雨伯父上と対峙したときにも感じなかった、全ての毛が逆立つような、命の危機を目の当たりにした草食動物のような。
ーー気を抜けば、死ぬ。
まさにそれを、今突きつけられているのだと。
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