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第二章 朱南国
自分の存在意義
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ーー「爆弾を調べろ」
私は先程父から頼まれた件で、苦い過去を思い出していた。ビライトの乙型爆弾。
枝乃の件があってから、私達はビライトの爆弾について血眼になって調査した。結果、ビライトでは爆弾を開発していて、あれは試作品だったということがわかった。そして、爆弾は宇宙界の中で、ビライトの主力商品として出回っていることを知った。
枝乃を攫い、甲型の爆弾を使った人物が誰なのかはまだわかっていない。そして、実はナルスにも爆弾が輸入されていたことを、昔、五家会の資料を読み漁っていたときに知った。特に、当時は丙型が安価で破壊力もあることから人気だったようだ。対して、甲型は開発途中であまり出回ることはなかったが、一部の筋では取引があったとか。
ナルス内にいた者が味方とは限らない、今の私には嫌というほどわかっていることだ。
枝乃のことを殺した犯人。
それさえも、時雨伯父上の顔がよぎる。
事実として発覚していない以上、濡衣の可能性も零ではないため、あまり考えないようにしているが。
枝乃が亡くなって、もうすぐ十年になる。
早く、犯人を。
歩きながら頭を横に振った。今は、ビライトが爆弾をどこに輸出しているか、紫西に爆弾を浴びせたのがどこの誰なのかを調べるのだ。
それでも、それが少しでも枝乃の事件の解決の糸口となれば。
爆弾を見れば嫌でも思い出す、あの過去を。
どうか。どうか。もう二度と。
胸に手を当てて、心を落ち着かせるように深呼吸した。
ーーー
「……というわけで、ビライトへ行ってきてほしい」
目の前にいる彼女らに託すことにした、ビライトの調査。二人に目を向ければ、二人とも笑って頷いてくれた。
「朱己様、お任せください。戦闘になだれ込むことが無いよう、心して行ってまいります」
「うん、朱公。あなたの力は信頼してるけど、無理はしないで。気をつけてね」
選んだのは、朱公と神奈。
隠密行動に特化した朱公の特性と、限りなく相乗効果が見込める神奈の霧。
「朱己姉、本当に物流調査だけでいいの?」
「ええ、本当はお願いしたいこともあるけど、今回のこの件は急ぎだから。これに専念して、すぐに連絡してちょうだい。危ないと思ったら、何も得られなくてもすぐに帰ってきて」
ただでさえ、隠密行動というのは身の危険を犯す行為だ。相手にとって、露呈すればひとたまりもない情報を取りに行くのだから。隠密行動が相手に露呈すれば、同じように自らの命も危機に瀕する。
「わかった! じゃあ、早速準備して行ってくるね」
「ええ。くれぐれも、気をつけてちょうだい」
笑顔で部屋を出ていく彼女たち。
待つ側の辛さはここにある。
扉が閉まってからも、しばらく扉を眺めていた。
「……おい」
「ん?」
気がつけば、いつの間にか隣りにいるガタイのいい男。
「ん? じゃねえよ。お前今、俺がいる事忘れてただろ! 俺最初から部屋に居たからな! ほら、頼まれてたやつ」
高能が眉間に深い皺を刻みながら、こちらへ書類を手渡してくる。
「あ、ありがとう! 助かったわ」
書類にさっと目を通す。
“旧ナルス 隠密室センナ格納庫 現状報告書”
もう、隠密室はない。三条家は、時雨伯父上との戦いの最中に七宝殿が何者かに暗殺され、残りの者たちもことごとく助からなかった。
時雨伯父上に破壊の限りを尽くされた中央も、一番頑丈なセンナの格納庫は無事だったようで残っていたのだが、国が分断されたことにより、どこの国が引き取るのか、という話になっていた。
「青東や黒北に引き取らせたら、マヌンに渡しかねない。もう壊されてたらと危惧したけど、朱南側にずらしておいて正解だったわね」
「あれマジで大変だったぜ……葉季にも百夜にも礼言っとけよ」
格納庫はそう簡単には動かせない。葉季の風と、兄様の土木の力で朱南側へ半ば無理矢理移動してもらった。かなり骨が折れる作業だったはずだ。今、朱南側に移動させた格納庫は、兄様の力によって完全に木々に包まれてわからなくなっている。荒れ果てた土地に木々では怪しすぎるため、兄様や妲音の力を駆使して、民が生活に困らないよう土地の整備や土を肥えさせ、水を循環させられるよう水路を作り、荒れ果てた南の土地を改良中だ。
南の土地の活かし方は、ヴィオラ率いるストラから情報をもらい、少しずつ取り入れている。
「ええ、そうだ、何か欲しいものある? 褒美……みたいなもの」
「褒美か……ああ、じゃあ久々に十二祭冠で戦おうぜ!」
思わず言葉を失う。
そうだ。彼はそういう人だった。
目を輝かせて、褒美くれるんだよなと言ってくる。
「……考えておくわ」
「よっしゃーー!」
両手の拳を突上げ、心底嬉しそうに笑っていた。今の私とは対照的な顔だ。しかし、最近は国の立て直しで余裕もなく、自身も修行などしていなかったため、丁度いいかもしれない、等と思ってしまう。
少し雑談をしていると、高能がいきなり真面目な顔をした。どうしたのかと尋ねる前に、彼が口を開く。
「朱己。今更だが、二条家や四条家という考え方が無くなっちまったし、なんなら二条家は自害できないってのは嘘だったんだろ。俺はもう対としてなんの価値もねえんだよな」
「高能……」
私たち五家にとって。二条家にとって対は絶対だった。
互いに存在意義であり、価値だった。
そう教えられてきたし、それはお互いにしかわからない、絆のようなものでもあった。
けして相容れない存在。されど、お互いがいなければ、お互いに存在することを許されない、唯一無二の存在。
彼はゆっくり言葉を選ぶ。
「だけど、お前がもしこれから先、長として間違った方向に進むようなことがあれば、俺が必ずぶった斬る。必ず、お前の後始末はつけてやる。お前がどこにいようと、独裁者にはさせねえ」
目を瞠る。
「高能、これからも……対でいてくれるの?」
「あったりまえだろ! ほっとけばすぐ無理するような長、ほっとけるかよ! 俺の業務上の主は杏奈だが、お前の対は俺しかいねえ」
どこかで、杏奈にも遠慮があった。
彼女の側近が、私の対であることに対して。
私と杏奈に、同時に何かが起こったとき、彼が困るだろうと。杏奈が彼にいてほしいときに、私に何かあったら、彼は私のところに来てしまうかもしれないと。
「お前はごちゃごちゃ考えてるんだろうが、お前に何かあったとき助けるのも殺すのも、止めるのも死ぬまで全部俺だ。俺には難しいことはわからねえ。だが、俺のことは俺が決める」
「そうね。ありがとう、高能。私が道を踏み外したら、ちゃんと止めて頂戴」
少しだけ頬が緩んだ。
眉間に皺を寄せたままの彼は、少しして盛大に溜息をつくと、立ち上がった。
「だから、安心して突っ走れよ。お前のことは、何かあれば絶対に俺が殺す。お前のために、俺は生きる。必ず」
「うん。必ず」
物騒なことを言われているのに、心が軽くなる。
独裁政治をするつもりはないが、気が付かないうちに、そうなってしまっている可能性もある。
それを止めてくれる人がいる。勿論、みんな止めてくれるだろうが、明確に、命をかけて止めてくれる人がいるだけで、こんなに心強いとは。
「じゃ、褒美は十二祭冠対戦で! 頼んだぜ!」
「……それは、要相談で」
「おい!」
「わかったわかった」
怒りつつも部屋を出ていく高能の背中に手を振った。
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