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第一章 ナルス
生まれ変わっても
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白蓮と法葉が戦い始めて、しばらく経つが、互いに全く隙がない。
激しく激突する水と氷。あるいは霧、霜。
法葉が繰り出す水は鋭い刃へ変化し、白蓮に斬りかかる。しかし、本気になった白蓮を傷つけることはできない。そして同じく、法葉の鉄壁の守りは、白蓮でも崩せない。
どちらかの体力が底をつくか、あるいは同時か。
法葉との約束もあって、ただ見つめるしかできない自分を情けなく思う。それは俺の兄貴も同じようで、苦虫を噛み潰したような顔をして自身の主の名を呼んでいた。
「白蓮……」
兄貴の主が、この世で一番大切にしているのがこの法葉だ。こんな結末は、勿論誰も望んでいなかっただろう。
白蓮との決別を防ぐために、早く兄貴を回収して全員で戻る予定だったのに。法葉が一枚上手だったか。自分の不甲斐なさにため息をつきながら、頭を掻いた。
「法葉、終わりだよ」
白蓮が、法葉の腕を掴んだ。
法葉が技を出そうとしても出せないのを見ると、力が尽きたというよりは、白蓮の闇属性で無効化されているのだろう。
「もう、止めよう」
「……妾が、それを望まぬとしてもか?」
掴まれていない方の腕を、思い切り白蓮の胸に突き刺した。
背中から突き出た法葉の手には、白蓮のセンナ。
「ごほっ……まさか……」
「白蓮!」
血を大量に吐く白蓮。
「なんで法葉がセンナに触れるんだよ……!」
兄貴が信じられないと言わんばかりに動揺している。それもそのはず。元々法葉は全属性ではない。
「時雨に渡した香卦良の研究結果が、こんなところで役に立つとはのう」
目を細める法葉は、徐々に白蓮のセンナを握る手に力をこめていく。
「法葉、やめろ!」
叫んだと同時に、白蓮に今まで見たことがない程鋭く睨まれ反射的に息を呑んだ。
「……やっぱり君が、盗んだのかい。あれを」
白蓮は肩で息をしながら、法葉の手を握り直した。
「そうじゃ。考えてみい、二条家の書斎に入れる者なぞ限られておろう?」
得意げに笑顔で話す法葉を見て、白蓮は笑顔を見せた。
「……前から、怪しいと、思っていた。でも、信じてたんだ。君の想いに気づかないふりをして、……勝手にね」
白蓮は朱己を一瞥して、また法葉を見た。
「朱己があんなに隠密室のケツを叩いて改良した、対能力者用の結界がことごとく効かなかったり、試しに君にしか話していないことが兄上に露見していたり。それでも、勝手に信じていた。夏能みたいに、勝手に潜り込んでくれてるのかと」
その言葉に目を見開いた。
白蓮、俺にも気づいてやがった。俺と壮透しか知らないことを。
気づいていただけじゃない。確信するために試していたとは。そして、そこまでしても、信じていたかったのだ、妻を。
見ているだけなのに、まるでセンナを掴まれているかのように苦しくなる。
「騙されておるとわかっていながら、妾を野放しにするとは……よほどの大うつけ者じゃな」
無表情で白蓮を見上げる法葉と対照的に、白蓮はずっと笑顔だ。
「君のことになると、いつだって大うつけ者だよ」
血を流しながら、似つかわしくない言葉を吐き出す白蓮の脳内は、どこまでも法葉一色なのだろう。
だが、そろそろ白蓮が限界なのは見ていればわかる。センナがむき出しになっている時点で、センナの消耗速度は一気に跳ね上がるのだから。
「父上……!」
葉季の声に、白蓮が反応したように見えた。
「葉季……」
首だけ振り返れば、葉季を見てまた微笑んだ。
「葉季、幸せになりなさい。私のようにね」
葉季が目を瞠る。
まるで今生の別れのような言葉に。
法葉の方に向き直れば、音もなく法葉を抱きしめた。
「腹が決まったか? ……ぐっ!」
背中から、法葉のセンナを掴む。
法葉が大量に吐血すれば、白蓮の白い服が赤く染まった。
「どうせなら一緒に逝こう」
「こ……の……っ」
白蓮は容赦なく法葉のセンナを握りつぶした。
その場にぐしゃりと倒れ込む法葉を見て、白蓮は驚いたように目を見開いていた。
「……なぜ、潰さなかったんだい。私の、センナを」
白蓮の胸からするりと抜けていった法葉の血塗れの手を握りしめながら、法葉を抱き上げる。
葉季が直様母と父の元へ走っていった。
続くように、皆が駆け寄っていく。
「……妾に埋め込まれた後付のセンナは、未完成品じゃ。掴むことはできても、握り潰すことは、……魂解きを使う事は、できぬ」
小さく笑う法葉は葉季へ目を向けた。葉季が直様手を握れば、法葉は優しい笑顔を浮かべた。
「母上……」
今にも泣き出しそうな葉季の手を握り返して、法葉は息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。
「葉季、泣くな。妾は妾の願いを、叶えたまで。すまぬな、ずっと見せなかった両親の諍いを、最後に見せることになるとは……。朱己、葉季を、頼む。……法華、そちにも、すまぬな」
葉季は顔をぐしゃぐしゃにしながら首を横に振る。葉季の隣で朱己も涙を流しながら頷いた。
法華は涙を浮かべながら、笑顔で頷いていた。
「法葉……」
白蓮は涙こそ流さないものの、顔にいつもの笑顔などなく、今すぐ消えてしまいそうな背中をしていた。
「白蓮。……うつけ者じゃ。最早引き返せまい」
法葉が白蓮に向けて笑った。
白蓮は目を瞠ると、しばらく固まってから笑顔になった。
「君から、笑顔を初めて向けられた気がするよ」
「そうかも……しれんの」
「法葉、……生まれ変わっても、また私の妻になってくれるかい」
白蓮の言葉に、法葉が目を見開く。
瞳に涙を溜めて。
「じゃから、大うつけ者だと……言うんじゃ。じゃがそちの、そういうところ……嫌いでは、ない」
センナを潰されて死んだ者は、消滅する。二度と生き返ることも、輪廻することもない。そうだとしても、白蓮はそう言いたかったのだろう。
法葉がおもむろに握られていた手を離し、懐から何かを取り出す。
「最期の土産じゃ。……急いで、ナルスへ帰れ。妾とて、時間稼ぎにすぎぬ」
法葉が白蓮に手渡したものは、あの刻印がされた石。
「これは……」
白蓮が聞こうとすると、法葉はまた大量に吐血した。
「法葉!」
「妾は、最後まで、こちら側よ。……行け、時雨の思惑は、ナルス」
「法葉……愛しているよ、ずっと。君が誰の味方だろうと、何者だろうと。永遠に君だけを愛している」
「ふ、わかっておるわ……はく、れん」
法葉は、言い残して静かに逝った。
全身が灰になり消え去った彼女は、灰さえも散り消えて跡形も残さない。
白蓮の背中がこんなに小さく見えたのは初めてだ。しばらく目を瞑っていた白蓮は、深呼吸すると石に各属性をぶつけ始めた。
石が力に反応し、映像を映し出す。
「やぁ、白蓮。思ったより、時間がかかったな。さすが杜若と言ったところか。こちらは、ナルスにビライト軍を進行中だ」
映像に現れたのは時雨。
全員が目を見開く中、白蓮だけは映像を睨みつけていた。
「……兄上。法葉を時間稼ぎに使って……」
発言に今まで見たことのない怒りを含ませながら、白蓮は時雨を見る。
「ナルスは負ける。大量虐殺を見せてやろう」
時雨はナルス上空で指を鳴らし、ナルスの中央を木っ端微塵に爆破した。
「!」
「時雨! 民を巻き込むな!」
思わず叫べば、時雨はこちらを見ずに答えた。
「戦争はそんな甘いものではない。煩わしいコバエが居なくなれば、国も作りやすいというもの
血が滲む程握りしめた手のひらを、柱に思い切り叩きつけた。壮透たちが危ない。
「一刻も早く、帰りましょう! 伯父上」
朱己の言葉に、白蓮は無言で頷く。
この洞窟の空間をすべて俺と兄貴の闇属性で無効化すれば、すぐに出口に辿り着いた。
外で待っていた朱公と戒に、壮透までの道を繋いでもらう。
戻ってきたナルスは、地獄絵図だった。
ナルスは、十二祭冠が五人と、壮透。それから、十二祭冠それぞれの直属部隊が百人程度ずつで、合わせて五百人程。
対する時雨率いるビライト軍は、およそ十万。
見るからに圧倒的不利な状況を、むざむざと叩きつけられていた。
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