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第一章 ナルス
夏采の奪還(上)
しおりを挟む眼の前の夏能殿に我々が驚きを隠せないでいるのと同時に、奥で伯父上が夏能殿に冷たい視線を送っていた。
「夏能。いや、市松。どういうつもりかな」
夏能殿は面倒くさそうに伯父上を見て、頭を掻きながら口を開く。
「宣戦布告は長にするもんだ。こいつらじゃねえよ。それとも殺して壮透を煽るつもりか?」
「ほう……庇ったように見えたのは気の所為か? 市松。壮透への土産のために、というには少し苦しい言い訳だな」
「おいおい。残念ながらそんなんで揺らぐようなやつじゃねえ、ここで殺してもなんの得もねえからだよ。バーカ」
面倒臭そうにしながら我々を一瞥する夏能殿の目は、よく知っているいつもの夏能殿だった。
思わず名を呼ぼうとしたが、母が俺の喉から出る音を奪って声を止める。反射的に母を見れば、母は首を動かすことなく目だけでこちらを見ていた。
「そちらに寝返ったわけではないのか? 市松」
「時雨。わかってんだろ」
試すように笑う伯父上の瞳は、夏能殿を捕えて離さない。感情のない声で夏能殿が答えると、伯父上はまた笑っていた。
何がなんだか、ついていけないと言わんばかりに目を白黒させていたら、母から念が送られてくる。
『百夜。ここで戦うのは得策ではありません、あの銃弾は能力製、それも対空間用。この空間にいる限り逃げ場はなく、少々相手にするのは疲れます。次の合図で、ここからに離れます』
どこへと聞くのは野暮だ。しかし、どこへ。そんな自問自答を繰り返しながら母を見れば、母は笑顔だった。
『大丈夫、夏能殿を見ていてください』
もうなるようにしかならない、と半ば諦めながら夏能殿を見れば、夏能殿は背中で、伯父上からは見えない位置で指を立てていた。
三。
ニ。
一。
次の瞬間、夏能殿が振り返る。
闇属性をまとった手で思い切り地面を殴りつけた。
反射的に打撃を母と跳んで避ける。
生まれる空間の歪み。
思わずたじろげば、母が服の鈴を鳴らし、そこにいる全員の動きを封じる。
『行きますよ! 歪みに飛び込んで!』
先に飛び込む母に続き、歪みに飛び込む。
ビライトに来るときに通った空間のような、ぐにゃりとした通路だった。
「あーあ、頭いいな法華は。うまいこと避けられた挙げ句、逃げられちまったぜ」
遠くで夏能殿の声がする。
夏能殿。まさか。
いや、まだ真意はわからない。
だが、恐らく母にはわかっているのだろう。
母を横目で見れば、母は難しい顔をしていた。
やはり夏能殿は、味方ではないのか。敵なのか。
考えても、答えは出なかった。
ーーー
「せーのっ!」
と言って潜った空間。
その先は、暗い広間のような場所だった。
運良くなのか、三人とも一緒のところへたどり着いていた。目を見合わせて、頷く。
『ここはどこなのかしら』
『少し風で探知してもらうかの』
葉季は手を翳すと、そよ風のように周りへ吹いた。少し経ったあと、葉季の元へ風が帰ってくる。
『近くで血の匂いがするのう。この先だ』
慎重に移動すると、そこには肉片が散らばっていた。思わず目を瞠る。むせ返るほど充満している、血と肉の匂い。鼻と口を手で覆った。
「朱己。よく来た」
ぞわりと悪寒を感じて、声の方を見れば時雨伯父上と夏能殿がいた。
高能と葉季が直様目の前に出てくる。
「騎士気取りか、ふたりとも」
にたにたと笑う伯父上とは対象的に、無表情でこちらを見る夏能殿。
手を握りしめながら構えれば、時雨伯父上の後ろには複数人の銃を構えた人たちがいる。
「鹿の子。朱己は生かして捕まえろ。あとは殺しても構わん」
伯父上は後ろへ下がり、複数人の銃部隊が前に出る。鹿の子と呼ばれた者が複数人のうちの誰なのか全くわからないが、どうやら状況は芳しくないらしい。
気がつけば夏能殿は時雨殿の方へ移動していた。
何かを言いたげな夏能殿に、伯父上は虫けらを見るような目で肉片を見ながら言った。
「私にはまだやることがある。時間を稼いでもらえればそれでいい……千鳥が思った以上に持たなかった。あの役立たずが」
「仲間なのに……」
伯父上の発言に、自然と苛立ちを覚える。
きっとここに散らかっている肉片は、千鳥と言うのだろう。足元に肉片とともに転がるセンナには、微弱な力しか感じない。もう少し経てば何もせずとも灰になって消えるだろう。
「おい時雨!」
夏能殿の声を無視して伯父上は消えた。
やることとはなんなのか。苛立ちを覚えながら、目の前の銃部隊を睨む。自分たちが置かれてる状況も至極悪いことに変わりはない。
葉季が少し眉間にしわを寄せながら呟いた。
『この銃を構えている奴ら、センナを感じないのう』
『確かにそうね、葉季』
『どういうことだよ? センナが無いなんてあり得るのか?』
『これらは能力で生み出されているだけのもので、実態はないのかも。どこかにいるはず』
そして目の前には、夏能殿もいる。
こちらを睨んでいるようにも見える。
そりゃあそうだ、こちらに仲間を二人殺されている。
『とりあえず、こいつらをなんとかしないとね』
『任せろ!』
そう言って高能が勢いよく飛び出した。
高能目掛けて数多の弾丸が飛び出す。
高能の動きに合わせて弾丸が列をなして壁に埋まっていく。
「雷夏!」
クナイをいくつか飛ばして人形を取り囲む。
銃を構える人形たちはことごとく雷の餌食となり、砕け散った。
そして砕け散った人形たちは、またぬるぬると自分で破片を集めて元の姿へ戻っていく。
「なんだ、こりゃ」
高能の口から出た言葉に激しく同意する。
一体、どうなっているのだろう。
それから、高能は何度も技を変えては人形を破壊するが、同じように戻っていく。
『能力者を探さないときりがないわね』
どうやらこの人形に限界はない。そしてこの弾丸にも、限界はないようだ。まるで空間自体が敵かのように。
『高能、人形を引き付けておいて、能力者をこちらで探す!』
こちらの姿が見えるところにいる。
高能の姿を捉えて、あらゆる方向に追っていける。この広間は、太い柱が四本。
『高能、試しに柱に隠れて!』
高能はこちらを横目で見ると、弾丸の雨を避けながら柱の影に入り込んだ。
弾丸は止まない。高能の頭すれすれをミシン目のように撃ち抜いていく。
『分かった、ありがとう!』
柱の影も含めて、死角がない。それは考えられる場所は二つ。
『葉季! 風で天井を端から端まで切り刻んで! 私は床をやる! 空間中が敵の攻撃可能範囲かもしれない!』
『この空間自体か、相わかった!』
葉季もわかったのか、飛び上がると天井へ向かって技を仕掛ける。
「風華!」
激しい花吹雪のような風が、天井を完膚なきまでに破壊していく。さすがとしか言いようがないその様を見ながら、床に向けて手を差し出せば、床一面炎の海へと変わった。
その瞬間、どこからかうめき声が聞こえてきた。
「うぐ、うぅううぁ」
そして銃を乱射し始める人形たち。
高能が弾丸を雷で撃ち落とすが、次々に撃ち込まれる弾丸は一向に減らない。
「しゅ、き、は殺さナイ」
うめき声の主が、確かに言った言葉。
「う、ぐううぅぅうぅぅう」
崩れ落ちる天井、崩壊する床。
瓦礫に巻き込まれそうになるのを炎の膜で防御すれば、葉季も風で防御しているのが見えた。
『高能! 無事か!』
高能を探すが見当たらない。人形の操り主であるうめき声は、叫びながら崩れる床とともに下の階へ落ちていく。
「高能!」
念を使わずに叫べば、下に落ちた瓦礫の中から声がする。
「いってえ! 防御ミスった!」
瓦礫の上に立ち上がる高能を見て安堵するもつかの間、彼の後ろに謎の影。
「高能! 後ろ!」
私の声に高能が気づいたときには、その影は最後の力と言わんばかりに力が荒れ狂い、制御不能になっていた。
「まずい!」
葉季とともに高能のところへ移動した瞬間、その影は眩い閃光とともに大爆発を引き起こした。
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