上 下
53 / 239
第一章 ナルス

六芒の千鳥と宣戦布告(上)

しおりを挟む

 洞窟の中を覗くと、いくつかの空間が折り重なってできているようで、一歩空間へ踏み入れればどこかへ飛ばされそうだと予想がつく作りだった。
    闇属性で空間自体を無効化しながら進むことも考えたが、右手の義手は先の籠目との戦いで破損、何より義手の中の闇属性の護符も使った。
 自分の闇属性を発動させてもいいが、センナの消耗はできるだけ抑えたい。
 目を瞑って少し考えていると、隣で葉季が念を飛ばしているようだった。
 
『父上、皆、聞こえますか。ご無事ですか。こちらは籠目を倒し、全員無事です』

 白蓮伯父上だけでなく、私達にも念を飛ばしている。
 確かに、口に出して下手に聞かれるよりは、私達も念を飛ばした方がいいわね。
 念は、一度会ったことがある者に対して飛ばすことができる。念の使い方に慣れさえすれば、一度に複数人を選んで飛ばすことも可能だ。
 葉季の呼びかけに、伯父上からの返事はない。
 
『夏采殿と白蓮伯父上も念が届かないと言っていたし、もしかしてこの洞窟内の別々の空間や、洞窟外と内にいると、念が遮断されるのかしら』

 試しに隣で念を送れば、葉季たちには届いているようで、そろって頷いていた。
 つまり、いくつかの空間から成るこの洞窟も、同じ空間内なら届くかもしれない。

『空間にどう入るかのう? 何か罠があるかもしれないが』
『それもそうだな。入った途端、全員別々の空間に飛ばされるとかありそうだよな』

 恐らく、伯父上や母、兄も同じように考えたはず。

『……』

 私は、離れたところにいる朱公と、葉季の側近の戒に念を飛ばした。

『朱公。戒。聞こえる?』
『はい、朱己様』

 二人は、我々と同じく洞窟の外にいる。我々とも離れた場所で外を見回り、いざというときにはナルスへの帰路を父と繋ぐことになっている。

『今から中へ入る。恐らく二人とは連絡が取れなくなるから、四日経っても誰も出てこない、もしくは私達のうち誰かが出てきた場合には、すぐに父様と繋いで』
『御意』

 戒の短い返事のあとに、朱公からお気をつけてと聞こえてきた。
 はぐれないかはわからないが、葉季と高能と腕を組んで、葉季の陣の中に入ってから、空間へ入ることにした。

『せーのっ!』

 意を決して、三人で飛び込んだ。

ーーー

 朱己達と別れてからすぐ、母と伯父上と、洞窟の中へ入った。
 空間がどこへ続いているかわからないため、もしはぐれた場合には出口を探すこと、と言うことだけ決めてそれぞれ潜った。

 その結果、伯父上だけ別の空間へ行ったようで、母とは同じところへ出た。

『百夜。どうやら、白蓮は私達とは違うところへ行ったようですね』

 隣にいる母からの念に、頷いて答える。
 母の服には鈴がついているが、隠密の力のせいか全く音がしない。
 母の属性は、音が主で、次いで隠密と五感。完全に暗殺向きな能力だ。

『母上、ここは嫌に静かですね』
『ええ、なにやら……』

 わずかに殺気を感じ、立ち止まる。
 隣の母も同じようで、笑顔のまま立ち止まり、気がつけば背中合わせの配置になるように移動していた。
 相変わらず、臨戦態勢に入るのが早い。
 母とあまり戦闘を共にする機会はないが、たまにある非番の十二祭冠同士の対戦や、十二祭冠を決めるための祭典での戦いぶりは何度も見ている。
 完膚無きまでに相手を叩きのめす攻撃と、相手がかろうじて意識を保てる境界を狙い、計画的に攻めることのうまさで言えば横に並ぶ者はいないだろう。
 母の笑顔の裏にある本性なのかは、まだ知らないが。
 目の端で母の姿勢が低くなる。

『来ます。百夜、構えて』

 母は地面を蹴ると、一瞬で遠くの壁まで飛んだ。
 母とは反対側の壁に跳べば、さっきまで居た場所がマグマのように溶けていく。

「……これは」

 顔をしかめれば、遠くにいる母から念が飛んでくる。

『百夜。眉間のシワが、壮透に似てきましたね』

 母の方を見れば、笑顔でこちらを見ながら眉間を指さしている。そのうち心でも読まれそうだ。白蓮伯父上とは違う、読めない笑顔。
 いや、最早すでに読まれているのかもしれないが。

『相手は、どうやら炎系のようですね。……私が相手します。百夜は下がっていてください』

 母は目立つ地面へと降り、目を瞑って敵を待つ。
 母の真後ろに音もなく突如現れた、小さな影。
 母に突き立てようとした刃は、母には届かない。母の背後は、目に見えない音の波が防御しているからだ。

「随分と、手荒な歓迎ですね」
「ちぇっ、おばさん気づいたの? 感がいいね!」

 母を襲ったやつは、見るからに子どもだ。齢五つくらいの、幼児と言ったほうが表現としては近い。

「お名前は?」

 母の笑顔の質問に、幼児は顔をぶすっとさせて、いかにも気に食わないと言わんばかりに口を尖らせた。幼児故の命知らずで不躾な質問にも、母は怒ることなく笑って答える。

「おばさん、人に聞くときは自分から名乗るもんじゃないの?」
「あらら、すみません。私は法華です。あなたは?」

 母がしゃがんで幼児を見上げる。
 幼児は笑いながら、目深に被っていた帽子を取ると、可愛らしい顔で母を見下ろした。

「僕は千鳥ちどり。六芒の一人! おばさんは朱己じゃないんだね」

 母はまだ笑顔を崩さない。目は笑っていない。
 千鳥と名乗ったその幼児は、とびきりの笑顔で母に言った。

「それじゃあ、殺していいってことだね!」

 次の瞬間、母が燃えた。
 思わず目を瞠った。
 千鳥は子どもらしい、無邪気な笑いをたたえている。

「きゃはははははは! 弱いねぇ、弱いねぇー!」

 そして見上げてきた。俺の居場所が最初からわかっていたように。

「次はお兄さんだよー!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

私の運命は高嶺の花【完結】

小夜時雨
恋愛
運命とは滅多に会えない、だからこそ愛おしい。 私の運命の人は、王子様でした。しかも知ったのは、隣国の次期女王様と婚約した、という喜ばしい国としての瞬間。いくら愛と運命の女神様を国教とするアネモネス国でも、一般庶民の私が王子様と運命を紡ぐなどできるだろうか。私の胸は苦しみに悶える。ああ、これぞ初恋の痛みか。 さて、どうなるこうなる? ※悲恋あります。 三度目の正直で多分ハッピーエンドです。

ずっとあなたが欲しかった。

豆狸
恋愛
「私、アルトゥール殿下が好きだったの。初めて会ったときからお慕いしていたの。ずっとあの方の心が、愛が欲しかったの。妃教育を頑張ったのは、学園在学中に学ばなくても良いことまで学んだのは、そうすれば殿下に捨てられた後は口封じに殺されてしまうからなの。死にたかったのではないわ。そんな状況なら、優しい殿下は私を捨てられないと思ったからよ。私は卑怯な女なの」

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...